第21話~備えは刃よりも鋭く~
拾いエリアへと続く通路の手前で、俺たちは足を止めた。
ここから先は、トロルの縄張りだ。
天井は高く、通路は不自然なほど広がっている。
壁際には砕けた岩、折れた棍棒の痕跡。
無秩序に見えて、しかし確かに「何かが出入りしている」空間だった。
「……ここだな」
短剣使いが、しゃがみ込みながら床を指差す。
足跡は大きく、深い。
ゴブリンとは比べ物にならない重さが刻まれている。
「入口に近い。分断するなら、ここが一番いい」
俺はそう言って、荷袋を下ろした。
仲間たちが一瞬、こちらを見る。
「……お前、罠も持ってたのか」
大盾の男の声に、俺は小さくうなずく。
「ノーマルだ。
本職ほどじゃないが、設置と起動はできる」
それは、かつての俺なら“ついで”に取ったライセンスだった。
戦闘に直接関係しない。
そう思っていた時期もある。
だが今は違う。
罠は、敵を倒すためのものじゃない。
“選択肢を増やす”ためのものだ。
「じゃあ、配置を決めよう」
魔法使いが地図を広げる。
拾いエリアは円形に近い。
中央に開けた空間があり、周囲に崩れかけた柱が点在している。
「ここに誘導して、入口側で削る」
俺は指でなぞる。「奥に追い込まれたら撤退できない」
「罠は三段階だな」
短剣使いが即座に理解する。
まず――警戒用。
踏めば音が鳴る簡易罠。
トロルの接近を早めに察知する。
次に――拘束用。
足を取るワイヤーと落とし穴。
完全に止める必要はない。
一瞬、動きを鈍らせればそれでいい。
最後に――退路確保。
追ってきた個体を引き剥がすための崩落罠。
「設置、始める」
俺は深く息を吸い、集中する。
罠のライセンスは、直感に近い。
地形を読み、力の流れを感じる。
どこに重さがかかるか。
どこなら崩れやすいか。
指先で床をなぞり、魔力を微量に流す。
“ここだ”という感覚が、確かにあった。
「……この位置、いいな」
短剣使いが感心したように言う。
「踏ませたい場所が、はっきりしてる」
俺は苦く笑う。
「失敗した経験があるからな」
過去のダンジョン。
浅慮で突っ込み、仲間を失ったあの日。
あの時、罠の存在を軽視していた。
正面からぶつかることしか、考えていなかった。
大盾の男が、周囲を見張りながら言う。
「時間はある。
だが、焦るな」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軽くなる。
罠は一つずつ、丁寧に仕込んでいく。
音が鳴らないか。
視認されないか。
起動の条件は適切か。
魔法使いは、魔力の痕跡を薄くする補助を行う。
短剣使いは、わずかな違和感も見逃さない。
全員が、それぞれの役割を果たしていた。
「……よし」
最後の罠を仕込み終え、俺は立ち上がる。
拾いエリアの入口は、一見すると何も変わっていない。
だが、内側は別物だ。
踏み込めば、こちらの土俵。
無策で突っ込めば、命を落とす。
俺は剣に手を置く。
斬撃は、まだ決定打にならない。
だが、罠と連携があれば話は違う。
ライセンスは、力じゃない。
“準備を形にするための資格”だ。
「行こう」
誰も声を上げない。
ただ、静かにうなずく。
トロルとの戦いは、まだ始まっていない。
だが――勝負は、すでにここから始まっていた。




