第20話~足りないもの、得たもの~
ダンジョンを出た瞬間、胸に溜め込んでいた息をようやく吐き出せた。
夜気が冷たく、火照った頭を少しだけ冷ましてくれる。
ホブゴブリン戦――
思い返すだけで、背中に嫌な汗が滲む。
勝てた。
だが、それは“上手く噛み合った”からだ。
誰か一人でも判断を誤っていれば、誰かが死んでいた。
その現実が、重くのしかかる。
「……正直に言う」
焚き火の前で、俺は口を開いた。
「今のままじゃ、トロルは無理だ」
大盾の男は黙ってうなずいた。
短剣使いも、否定しない。
魔法使いは、少し悔しそうに唇を噛む。
「でも、何も得られなかったわけじゃない」
魔法使いが続けた。「少なくとも、問題点は見えた」
俺は、その言葉に救われる。
ホブゴブリン戦で分かったこと。
それを一つずつ、頭の中で整理する。
まず――前衛。
大盾の男は、よく耐えた。
だが、受けきるには限界がある。
トロルの棍棒を正面から受ければ、盾が砕ける可能性すらある。
「正面から受け続ける戦法は、危険だ」
そう言うと、大盾の男は苦笑した。
「俺も同意見だ。
受けるんじゃなく、“流す”必要がある」
次に――火力。
俺の斬撃は通じた。
だが、決定打にはならない。
ノーマルライセンスの限界。
振れ幅はあっても、マスターには届かない。
「斬る回数を増やすしかない」
短剣使いが言う。「一撃じゃなく、削り続ける」
そして――魔法。
詠唱時間。
これが、最大の壁だった。
「広域は使えない」
魔法使いは冷静に言う。「トロル相手じゃ、詠唱中に潰される」
なら、どうする?
答えは、単純だった。
「拘束だ」
俺が言うと、全員がこちらを見る。
「倒す前に、動きを止める。
完全じゃなくていい。
一瞬でいい」
短剣使いが、目を細める。
「罠、か」
「拾いエリアだ。設置できる場所は限られるが……使える」
さらに、俺は続ける。
「トロルは群れで来る。
だから、全員を相手にしない」
魔法使いが、はっとした顔をする。
「分断……?」
「そうだ。
入口側に引き寄せて、数を減らす」
これは、ゴブリンキング戦で得た教訓でもあった。
吸収させない。集まらせない。
戦う相手を、自分たちで選ぶ。
考えれば考えるほど、やるべきことは多い。
だが――
「……やれそうだな」
誰かが、ぽつりと言った。
それは、過信ではなかった。
根拠のない自信でもない。
“足りない”と分かったからこそ、見えた道。
俺は拳を握り、焚き火を見つめる。
ライセンスは、力だ。
だが、それだけじゃない。
判断を下すための材料。
命を守るための、道具。
ホブゴブリン戦で得たのは、勝利じゃない。
次に進むための、冷静さだった。
「準備しよう」
俺は言う。
「トロルは強い。
だからこそ――殺されないやり方で、挑む」
全員が、静かにうなずいた。
恐怖は、消えていない。
だが、それでいい。
恐怖を知ったまま前に出る。
それが、今の俺たちの戦い方だった。




