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第19話~紙一重の勝利~

 ホブゴブリンは、想像以上にしぶとかった。


 盾に叩きつけられる一撃一撃が重い。

 大盾の男が踏みとどまるたび、床石が軋む。

「……くっ」


 盾越しでも衝撃は殺しきれない。

 それでも彼は前に出続けた。退かない。退かせない。


「今だ!」


 俺は声を張り、剣を振るう。

 斬撃が走り、ホブゴブリンの腕を裂いた。だが、致命傷には至らない。


 ――硬い。


 筋肉の密度が違う。

 ゴブリンの感覚で斬れば、必ず足をすくわれる。


 体勢が崩れた一瞬を狙い、短剣使いが懐に潜り込む。

 二度、三度。影のような連撃。


 ホブゴブリンは怒号を上げ、無造作に腕を振る。

 かすっただけで、空気が裂ける。


「下がれ!」


 俺が叫ぶのと同時に、盾が割って入った。

 重たい衝撃音。

 大盾の男の足が、わずかに後退する。


 ――まずい。


 魔法使いが詠唱を始めるが、距離が近すぎる。

 詠唱の時間すら、命取りになりかねない。


 俺は踏み込んだ。

 剣を振るう。斬撃を、あえて浅く飛ばす。


 狙いは傷ではない。

 注意を引くこと。


 ホブゴブリンの視線が、こちらに向く。

 その瞬間――


「今!」


 短剣使いが背後に回り込み、深く突き刺した。

 それでも、倒れない。


 怒り狂ったように暴れる巨体。

 盾が受け、剣が斬り、短剣が追撃する。


 全員が、限界に近い。


「――収束、放て!」


 魔法使いの声が、空気を切り裂いた。


 火球が直撃する。

 爆ぜる音と熱。


 ホブゴブリンは大きくよろめき、膝をついた。


 最後は、大盾の男の体当たりだった。

 盾ごと押し倒し、床に叩きつける。


 動かない。


 ……勝った。


 だが、誰も歓声を上げなかった。


 荒い息だけが、ダンジョンに響く。


「……ギリギリだな」


 短剣使いが、汗を拭いながら言う。


 俺は剣を下ろし、静かにうなずいた。


「トロルだったら……」


 言葉の先は、誰もが理解していた。


 攻撃力。耐久力。数。

 ホブゴブリン一体で、ここまで追い込まれる。


 ――足りない。


 連携は成立している。

 判断も、悪くない。


 だが、純粋な“力”が足りない。


 大盾の男が、盾を見下ろす。


「受けきれるかどうか……怪しいな」


 魔法使いも、苦く笑った。


「詠唱の余裕が、ほとんどなかった」


 俺は拳を握る。


 焦りが、胸を締め付ける。

 トロル戦は、まだ先だと思っていた。

 だが、この感覚を無視すれば、また誰かが死ぬ。


「今日は、ここまでだ」


 誰も反対しなかった。


 撤退の判断は、早かった。

 それだけが、今の俺たちにできる最善だった。


 ダンジョンを出る背中に、勝利の余韻はない。

 あるのは、明確な課題と、わずかな焦燥。


 ――このままでは、トロルには届かない。


 それだけが、はっきりしていた。

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