第1話~ライセンスという名の不条理~
ダンジョンの外に出た瞬間、空気が変わった。
湿った石の匂いが消え、代わりに乾いた風が肺に刺さる。
それだけのことだった。
だが、その一歩で――弓使いが膝をついた。
「……おい?」
声をかけるより早く、魔法使いも同じように崩れ落ちる。
二人とも、顔色が一気に土気色へと変わっていった。
「毒、か……?」
ダンジョン内で受けた攻撃を思い返す。
浅い傷ばかりだった。致命的なものはない。
それでも、体の内側から何かが崩れていく感覚が伝わってくる。
「回復、できるか」
俺の声に、魔法使いはうなずいた。
焦りは見えるが、迷いはない。
彼女は詠唱を始めた。
魔力が集まるのが、はっきり分かる。
理論は正しい。術式も合っている。
――なのに。
詠唱が、途中で止まった。
「……待って」
彼女は何度も言葉をやり直し、指先を動かす。
だが、最後の一動作に入る前で、必ず止まる。
「どうした?」
「分からない……」
彼女は唇を噛みしめた。
「知識はある。でも……これ以上、進めない」
その言葉で、嫌な予感が確信に変わった。
「ライセンスは……?」
沈黙。
「……ノービスも、持ってない」
その瞬間、ようやく理解した。
この世界のライセンスは、段階制だ。
ノービス、ノーマル、マスター。
許可される行為は、段階ごとに厳密に分かれている。
回復魔法も同じだ。
ノービスでは、擦り傷程度。
ノーマルで、深い傷や内臓の損傷。
マスターに至ってようやく、失われた四肢すら繋ぎ止められる。
彼女は――
どの段階にも、立っていなかった。
「使えばいい、ってわけじゃないんだ……」
知識があってもだめだ。
魔力があってもだめだ。
許可がなければ、行使そのものが成立しない。
弓使いが、苦しそうに息を吸う。
「なあ……これ、治るんだよな……?」
答えられなかった。
「俺が、ガードを呼ぶ」
そう言って立ち上がろうとした瞬間、鋭い声が飛ぶ。
「動くな」
門番だった。
こちらを睨みつけ、すでに仲間を呼んでいる。
「違法魔法行使の疑いがある」
「使ってない!」
「疑いがあるだけで十分だ」
その間にも、弓使いの呼吸は浅くなっていく。
魔法使いは、詠唱をやめない。
分からない最後の一動作を、必死に探し続けている。
間に合わなかった。
弓使いが先に倒れ、
ほどなくして、魔法使いも動かなくなった。
勝っていた。
生きて帰ってきた。
それでも――結果はこれだ。
剣を握りしめても、何も変わらない。
ライセンスさえ取れば、なんとかなる。
そう思っていた。
だが違う。
ライセンスは、万能ではない。
判断を誤れば、その瞬間に意味を失う。
俺は、二人の死体を前にして立ち尽くした。
この世界では、
一つの判断ミスが、取り返しのつかない結果を生む。
そして、その判断を下したのは――
間違いなく、俺だった。




