表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵を探る者たち〜過去の事件の考察配信だったはずが、事件の渦中に放り込まれる〜  作者: ゆりんちゃん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/9

Chapter.8 真相解明

 ピピル野ピピカが投下した、あまりに衝撃的な「真相」。 その言葉に、配信画面に映る誰もが、そして画面の向こうの視聴者も、思考を停止させていた。


 その中で、最初に我に返り、激しく反論の声を上げたのは栗栖あがさだった。


「そ、そんなわけないじゃない! 教団は十五年前に集団自殺で壊滅した! 生き残った信者たちも、警察の徹底的な調査と、その後の社会復帰支援プログラムで全員が一般社会に戻ったはずよ! 彼らが、かつての教祖やそれまでの教団に対して、もはや何の忠誠心も抱いていなかったって記録にもあるんでしょ!」


 彼女は眼鏡の位置を神経質に押し上げながら、早口にまくし立てる。 その声には、自らの論理と理性を守ろうとする必死さが滲んでいた。


 そうだ、その通りだ。 彼女の言うことは、これまで世間に公表されてきた「事実」そのものだった。


 しかし、必死に反論を続ける彼女は、ふとあることに気づき、言葉を止めた。 自らが発した言葉の違和感。 ピピル野ピピカが使った、たった一つの単語。


「……あなた、今…『教祖』ではなく『教主』と、言ったわね…? まさか…」


 その言葉に、ミティが「何が違うのよ」と疑問を呈する。 それに栗栖あがさは答えた。


「一般的に『教祖』はその宗教の創始者を指し、『教主』はそれを引き継いだ指導者を指すのよ」


 ピピル野ピピカが、肯定するようにうなずく。


「ええ。その通りです。彼らが忠誠を誓っていたのは、十五年前に死んだ教祖ではない。そして、それまでの古い教団でもない。生き残った信者たちが心酔し、付き従っているのは――“新しい教主”と、その教主の元で生まれ変わった、“新しい教団”なんです」


 栗栖あがさは、ピピカから告げられた「新しい教主」という言葉に、愕然とした表情で問いを重ねた。


「でも、一体誰が…。生き残った信者たちをまとめ上げて、そんなことを…」


 そこまで言った瞬間、彼女の脳裏に、かつてアンカールが語った事件の背景が、閃光のように蘇った。


 ――現状維持を望む母である教祖。それに対し、『表向きは一旦解散し、完全に地下に潜って活動すべきだ』と主張していた、娘。


 そして、もう一つ。 この配信が始まったばかりの頃、まだ誰も彼女を気に留めていなかった時に、ピピル野ピピカが投げかけた、あの素朴な、しかしあまりにも鋭い疑問。


 ――『娘さんが殺されたっていうのは、全部、信者さんたちの証言だけ、なんですよね…?』


 点と、点がつながっていく。 これまでバラバラだったパズルのピースが、恐ろしい絵を形作りながら、ピタリ、ピタリとはまっていく。


 なぜ、娘の死体は見つからなかったのか。 なぜ、信者たちの証言は、まるで口裏でも合わせたかのように一致していたのか。 なぜ、生き残った信者たちは、古い教団に忠誠心がないように見えたのか。


 栗栖あがさは、わなわなと震える唇で、信じられないといったようにつぶやいた。


「……まさか」


「ええ、そうです。あの集団自殺は、彼女にとって邪魔な母と、自分の派閥以外の信者をすべて排除するための、偽装工作でした。実行犯は、あの通報した信者。彼が毒を盛り、そこにいた全員が死に絶えた後、自身も死なない程度に毒を服用して通報したのです。そして、巻き添えを避けるため、他の自分の派閥の者たちには事前に用事を言いつけて外出させた。こうして、『唯一生き残った生存者』という彼の立場を利用した証言で、全ての罪を死んだ教祖一人に押し付けたのです。娘は自らを死んだことにし、かつての主張通り、教団ごと表の世界から完全に姿を消しました」


 ピピカは、彼女の察しを肯定し、続けた。


『マジかよ…』 『それが本当なら狂ってる』 『話のスケールがデカすぎる…』


 彼女の言葉に、誰もが息を飲む。 これまで信じられてきた事件の前提が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


 ピピカは、その沈黙を肯定と受け取ったのか、さらに話を続けた。


「表の世界から姿を消した彼らは、新しい教主、新しい教団として、ある意味“ケジメ”と言える行動を開始したんです」


「ケジメ……まさか、教団に害を与えた者たちへの…報復、ということなの?」


 栗栖あがさが、その不穏な言葉を繰り返す。 ピピカのアバターが、静かに頷いた。


「はい。その最初の標的が、ジャーナリストでした。ただし、最初の犯行ということもあり、外部に自分たちの仕業だと発覚しないよう、周到に計画を立てたのだと思います」


 その言葉に、栗栖あがさがはっとしたように付け加える。


「そうか…だから“失踪”だったのね。殺人事件となれば警察は本腰を上げて捜査する。でも、ただの行方不明なら、事件として扱われるまでのハードルが高い…! そして集団自殺から五年も経ってから行動を起こしたのは、警察やマスコミの監視の目が緩むのを待ち、組織の立て直しをしていたから…」


「ええ。そして、その計画が想定以上にうまくいってしまった。ジャーナリストが消えても、自分たちに捜査の手が及ぶことはなかった。その成功体験が、彼らをより大胆に、より凶悪な犯罪組織へと暴走させるきっかけになったんです」


 ピピカは肯定した。 ピピカは、淀みなく話を続ける。その声には、一切の感情が乗っていなかった。


「そして三年後、警察の捜査が自分たちには及んでいないと確信した彼らは、第二の事件を起こしました。次の標的は、かつてこの町で教団の移転反対運動の先頭に立っていた、あの女性議員です」


 その言葉に、それまで黙って話を聞いていたミティが、初めて鋭く口を挟んだ。


「……それはおかしいじゃない! もし女性議員が目的なら、なんで関係ない開発会社の社長が殺されなきゃいけないのよ! 罪を着せられた女性議員は、むしろ巻き込まれた被害者じゃない!」


 彼女の声が響く。 ミティの指摘はもっともだった。彼女はさらに続ける。


「それに、あんたの話が本当なら、最初の事件は隠密に行ったんでしょ!? なのに、なんの動機もない人間に罪を着せるなんて、一番警察に不審に思われて、自分たちの存在がバレるやり方じゃないの! あんたが言っていたことよ!」


 その熱のこもった反論に、ピピル野ピピカは静かに、そして冷たく答えた。


「――だから、全てが“逆”なんです」


「え……?」


「彼らの目的は、開発会社の社長を殺すことではありませんでした。被害者は、女性議員の親しい人間なら、誰でもよかった。本当の目的は、親しい人間を殺した濡れ衣を着せられたまま、犯人として死んでいく…その絶望を、彼女に味わわせることだったんです」


 そのあまりに歪んだ動機に、ミティは言葉を失う。 ピピカは続ける。


「そして、なぜわざわざ発覚しかねない危険な手段を選んだのか。その理由は――」


 そこで言葉を継いだのは、栗栖あがさだった。 彼女は、まるで長年追い求めてきた難事件の犯人像にたどり着いたかのように、確信に満ちた声で言った。


「……シリアルキラーの心理ね。連続殺人犯の中には、犯行を重ねるうちに、自らの万能感や優越感を示すために、あえて警察に挑戦するかのような手掛かりを残すようになる者がいる。それと一緒よ」


 彼女は、全ての謎が解けた、というように息をついた。


「これなら、あのジャーナリストの遺体をわざわざ土の中から掘り返して、教団跡地の廃墟に放置した理由もつくわ。自分たちがこれだけの事件を引き起こしたのだと、世間に広く知らしめるための……そういうことでしょう」


 栗栖あがさの完璧な推理が、全ての真相を白日の下に曝した。 狂信者による、歪んだ顕示欲に満ちた劇場型犯罪。 そのおぞましい全体像に、配信のコメント欄も、ゲストたちも、ただただ絶句するしかない。 ミティとルックも、唖然と立ち尽くしている。


 その沈黙の中、これまで議論の進行役を務めてきたアンカールが、静かに動いた。 彼女は何も言わず、配信画面の背景に設定されていた書斎の壁紙を、すっと解除した。


 そこに現れたのは、街灯の光が差し込む、どこかに停車している乗用車の車内だった。 突然の出来事に、コメント欄が『え?』『車内?』とざわめき始める。


 そのざわめきを打ち消すように、ピピル野ピピカが、悔恨の滲む声で語り始めた。


「服毒自殺に付き合うような信者が、後を追うことなく通報し、自分たちの教祖の異常な精神状態を、外部の人間にペラペラと親切に話す。そのことに、我々はもっと早く疑問を抱くべきでした。……そして集団自殺が偽装工作であると気づいた時には、すでに全てが手遅れでした。彼らは完全に地下に潜り、違法薬物を資金源にして、静かに、そして着実に活動を続けていたんです」


 彼女の声には、これまでになかった、人間的な感情がこもっていた。


「……本来なら、もっと早く彼らの凶行を止められた。ジャーナリストの方も、女性議員たちも、救えたはずだったんです」


 その、まるで懺悔のような言葉が響き渡った、その時だった。


 コン、コン。


 アンカールのいる車窓が、外から指で叩かれる音が、はっきりとマイクに拾われた。 アンカールは、音のした方を静かに一瞥すると、無言のままノートパソコンを動かし、カメラの視点をゆっくりと窓の方へと向けた。 そして、パワーウィンドウのスイッチを押し、窓を下げていく。


 開いた窓の向こうから、一人の女性が身を乗り出してきた。 彼女の手には、身元証明のために広げられた警察手帳が握られている。 そして、彼女は言った。


「――ようやく直に会えたわね、アンカール。それとも、“教主様”と、お呼びすべきかしら」


 その声。 その口調。 それは、誰もが聞き覚えのあるものだった。


 衝撃の事実に、コメント欄が意味を成さない文字の羅列で埋め尽くされる。 絶句するゲストたちを代表するように、アンカールが、穏やかな、そして満足そうな笑みを浮かべて答えた。


「……それは、こちらも同じ台詞だよ」


 彼女の視線が、ノートパソコンのカメラ……配信画面の向こうにいるはずの、小さなVtuberアバターへと向けられる。


「ピピル野ピピカ君。いや――“刑事さん”と、呼ぶべきかな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ