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深淵を探る者たち〜過去の事件の考察配信だったはずが、事件の渦中に放り込まれる〜  作者: ゆりんちゃん


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Chapter.5 開発会社社長刺殺・女性議員変死事件

 アンカールは、表情を一段と引き締め、次の議題へと移った。 画面のテロップが『開発会社社長刺殺・女性議員変死事件』に切り替わる。 その禍々しい文字列に、コメント欄の空気が変わるのが分かった。


「さて次は、この一連の事件がオカルト界隈で一気に注目されるきっかけとなった、あの事件について語ろう。ジャーナリストの失踪から、さらに三年後、今から七年前のことだ」


 アンカールは、事件の概要を静かに語り始めた。


「教団の本拠地跡地の開発計画に関わっていた、地元の開発会社社長が跡地で刺殺された遺体となって発見された。そして、その犯人とされる地元の女性議員が、後日、近くの川で水死体として見つかった事件だ」


 その説明に、栗栖あがさが記憶をたどるように呟いた。


「確かその女性議員って、十数年前に教団がこの町へ移転してくる時、先頭に立って反対運動をしていた人、でしたよね?」


「その通りだ。そして彼女は、その時の活動実績と、『町の忌わしき過去を消し去る』として跡地を再開発するという公約を掲げ、町議会議員に当選したんだ」


 アンカールは強くうなずく。


「なるほど。それで後援者の中に、例の開発会社の社長がいた、というわけですか……みたいな?」


 栗栖あがさの言葉に、アンカールは肯定的に返す。


「そういうことだ。そして、その開発計画が本格的に動き出そうとした、まさにその矢先に事件は起きた。廃墟となった教団跡地で、開発会社社長の遺体が発見されたんだ」


 アンカールは警察の捜査資料をなぞるように、淡々と事実を述べていく。


「死因は、胸部を刃物で数回刺されたことによる失血死。凶器とみられるナイフは、遺体のすぐそばに落ちていた。そして、そのナイフから検出されたのは、例の女性議員の指紋だった」


 コメント欄に『うわ…』『確定じゃん』という声が流れる。


「警察は彼女を最重要容疑者として付近の捜索を開始。数日後、下流の川辺に打ち上げられた彼女の遺体を発見した。逃亡の途中で足を滑らせ川に転落したのか、それとも罪を悔いての自殺か……それは、結局不明のままだ」


 アンカールは一度息を吸い込み、続けた。


「犯行が計画的か、衝動的か。そして何より、動機は何だったのか。警察による徹底的な捜査が行われた。凶器を現場に持ち込んでいたことから、社長を脅すか、何らかの危害を加える意図があったことは間違いないだろう。だが、指紋付きの凶器を現場に無造作に放置していったこと、そして容疑者本人の最期から、彼女がひどく動揺していた可能性は高い。おそらく、殺害までは考えていなかったのではないか、と結論づけられた」

「そして、最も不可解なのが動機だ。二人の間柄は金の流れから交友関係まで徹底的に調べられたが、特にこれと言ったトラブルの類は、ついに何一つ見つけることができなかった。こうして、多くの解明できない点を残したまま、この事件は被疑者死亡のまま捜査打ち切りとなったんだ」


 アンカールが語り終えたその時、配信にミティの叫び声が割り込んできた。 映像には、彼女が肩で息をしながらカメラに向かって興奮気味に話す姿が映る。


「呪いよ! 呪いか、祟りの類に決まってるわ! 自分たちを追い詰めた記者や、移転の反対運動を扇動していた議員、そして教団跡を開発しようとした社長を逆恨みした教団の亡霊が、この事件を引き起こしたのよ! それなら、動機がないことも、何もかも全部の辻褄が合うじゃない!」


 そのオカルト全開の主張に、アンカールは静かにうなずいた。


「そうだ、ミティ君。君が今口にしたこと、それこそが、この事件が引き起こした最も大きな『現象』だった。動機なき殺人と謎の死。その不可解さから、『これは教団の祟りだ』という噂が町全体に瞬く間に広まり、人々の恐怖を煽った。結果、あれだけ進んでいたはずの跡地の再開発計画は、完全に白紙に戻ってしまったんだ」


 アンカールは、視聴者全体に語りかけるように、言葉を締めくくった。


「そして、この事件をきっかけに、『教団跡地の一連の事件は、人為的なものではなく、超常的な現象によって引き起こされているのではないか』という説が、全国のオカルトファンやメディアによって、大きな話題として取り上げられるようになったんだ」


 ミティの熱弁とアンカールの解説によって、配信の空気がすっかりオカルト一色に染まったその時――。 栗栖あがさが、その流れに待ったをかけるように冷静な声で異議を唱えた。


「祟りや呪いで片付けてしまうのは簡単ですけど、少し引っかかりますね。現場に、ご丁寧に容疑者本人の指紋がついた凶器が残されているなんて、ミステリーなら『あからさますぎて逆に怪しい』と真っ先に疑われるお約束のパターンですよ。もしかしたら、全く別の真犯人が社長を殺害し、女性議員に罪を着せるために巧妙に仕組んだ、という可能性は考えられないでしょうか……えっと、考えられないかしらぁ?」


 栗栖あがさの鋭い指摘に、コメント欄が沸き立った。


『おお、確かに!』 『鋭いな、あがさ先生』 『伊達にミステリー作家やってないな!』


 しかし、アンカールはその説に静かに首を振った。


「栗栖君、それは非常に鋭い指摘だ。ミステリーの定石としては、まさに王道だろう。だが、その説には一つ、大きな穴がある。もし第三者の犯人がいて、女性議員に罪を着せようとしたのなら、普通はもっともらしい“動機”がある人間に罪を着せるはずだ。彼女には社長を殺害する動機が全く見つかっていない。なぜ、わざわざ動機の無い人間に罪を着せる必要がある? そんなことをすれば、君が今指摘したように『不自然な状況だ』と警察に勘付かれ、かえって巧妙な細工がバレる可能性が高まってしまうだろう?」


 アンカールの論理的な反論に、さしもの栗栖あがさも言葉に詰まった。


「う……、そ、それは……確かに……」


 彼女は悔しそうに唇を噛み、反論の言葉を見つけられずに俯いてしまう。


 そのとき、中継先のミティが疑問を口にした。


「犯人が幽霊にしても人にしても、動機は何なのかしら。やっぱり廃墟の建て壊しを防ぐため? 人が犯人なら、経緯からして元信者しかありえないけど、彼らにとって何かまずい証拠があの建物に隠されているとか」


「「「それはない」」」


 ミティのその説は、他の三人に声を揃えて否定された。


「な、何よ! みんなして否定することないじゃない!」


 栗栖あがさが冷静に解説する。


「中心人物である議員や社長が殺害されたからといって、開発計画そのものが立ち消えになる可能性は低いの。この件ではたまたまそうなったけれど、普通は誰かが事業を引き継ぐ。酷い言い方だけど、現場作業員が事故で亡くなっても、代わりの作業員が補充されて工事自体が中止にならないのと同じ理屈よ」


 それにピピル野ピピカも続く。


「……それに、隠したい証拠があるのに、わざわざその廃墟で事件を起こして警察の目を集めるなんて、逆効果じゃないですか」


 そして最後にアンカールが締めくくった。


「さらに、集団自殺からこの事件が起きるまで八年もの月日が過ぎている。もし隠したい証拠があるなら、とっくに隠滅されているか、別の対策を立てる時間は十分あったはずだ。開発計画が持ち上がるまで放置しておくのは不自然だよ」


 立て続けの否定に、ミティは不服そうに頬を膨らませた。


「じゃあ、やっぱり教団の呪いか祟りしかないじゃない!」


 アンカールは、再び平行線になった議論の中、最後のゲストに、優しく声をかけた。


「ピピカ君。君には何か、思うところはあるかな?」


 突然話を振られ、ピピル野ピピカのアバターがびくりと肩を揺らす。


「えっ、あ、わ、私ですか……?」


 彼女はうーんと唸りながら一生懸命に考え、やがて、絞り出すような声で言った。


「えっと……例えばですけど、こういう事件って、まず明確に殺害されたと判明している被害者の方を中心に考えてしまうじゃないですか。この件なら開発会社の社長ですけど。でも、それで行き詰まるなら、目的と手段を逆に考えてみる……っていうのは、どうでしょうか?」


「ほう」


 アンカールが面白そうに相づちを打ち、「続けて」と先を促す。 ミティは「意味がわからない」と言い、栗栖あがさは眉をひそめた。


「つまりあなたはこう言いたいの? 『社長の殺害』が目的だったんじゃなくて、『女性議員に罪を着せること』こそが真の目的で、殺しはそのための手段に過ぎなかった、と?」


 栗栖あがさの要約に、コメント欄が『面白い説!』『でも、なんで?』『そんな手の込んだことする?』と否定的な意見であふれる。


 ピピル野ピピカも、自信なさげに付け加えた。


「……す、すみません、自分で言っておいてなんですけど、そんなわけないですよね。この説でも、結局、なぜ不審に思われやすい動機のない人たちを選んだのかという……その疑問が残っちゃいますし……」


 彼女が自身の説を否定しかけた、そのとき。


「いや。その視点は、この一連の事件を解き明かす上で非常に重要だよ。ありえないと思ったことでも、何か気づいたことがあったらどんどん言ってくれて構わない」


 アンカールが遮った。 そのやり取りの最中、突然ミティの弾んだ声が響き渡った。


「――見えてきたわよ!」


 彼女を映すカメラがパンすると、木々の向こうに、月明かりを浴びてそびえ立つ巨大な建物のシルエットが浮かび上がった。 窓ガラスは割れ、壁には蔦がびっしりと絡みつく、まさしく廃墟だ。


 コメント欄が、その禍々しい光景に息を飲む。


『うわ…』 『雰囲気ありすぎ…』 『ガチのやつじゃん』


 その光景に、アンカールが「……ちょうどいいタイミングだ」と呟いた。 彼女の目が、鋭く光る。


「では、ミティ君が廃墟に足を踏み入れる前に、これまでに語った以上に不可解な、最後の事件について語るとしよう」

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