Chapter.4 ジャーナリスト失踪事件
アンカールは、ミティのいる中継先に一度視線を送ると、再び議論へと意識を戻した。 画面のテロップが『ジャーナリスト失踪事件』へと切り替わる。
「さて、次は教団の闇を追い続けたジャーナリストの失踪事件について語ろう。本来であれば、数年後に彼の遺体が発見された一件と合わせて語るべきなのかもしれないが、今回はあえて、失踪と遺体発見を別々の事案として扱ってみようと思う」
その進行方針に、栗栖あがさが素早く反応した。
「……時系列順に追ったほうが、かえって分かりやすいかも、ですね。……わかりやすいというか?」
彼女の言葉に、コメント欄も『確かに』『その方がいい』『賛成』といった同意の声で埋め尽くされた。
アンカールは皆の同意を確認すると、改めてジャーナリストの人物像に焦点を当てた。
「彼は、おそらく当時の日本において、誰よりも教団を危険視していた人物だろう。教団が持つ数々の疑惑を誰よりも早く嗅ぎつけ、さまざまなメディアで精力的に告発記事を発表し続けていた」
アンカールは、ジャーナリストの功績を称えるように語る。
「今では広く知られている教団の違法薬物製造疑惑が世に広まったのも、元をたどれば彼が投じた記事がきっかけだった。そして、彼の執拗な取材活動があったからこそ、教団は元々市街地にあった本拠地を、あの山奥へと移さざるを得なくなったんだ。移転先の住民たちが激しい反対運動を行ったのも、当然の帰結と言えるだろう」
彼女はそこで一度、言葉を切った。 アンカールの声に、わずかに感嘆の色が混じる。
「生前のインタビューで、彼は調査の始まりについてこう答えている。『すべては、あの教団の不明瞭な資金源が一体どこから来るのか、という素朴な疑問からだった』とね。だが、そんな彼も、教団が集団自殺という形で自壊すると、まるで燃え尽きてしまったかのようにジャーナリストの表舞台から姿を消した。その後は、自身の経験をもとにした本の執筆や、講演活動に主軸を移していたんだ」
アンカールは、その男の最後の姿を思い浮かべるように、静かに語り始める。 アンカールの声に、不穏な影が差す。
「そして、あの集団自殺事件からちょうど五年が経った、今から十年前のある日。彼は、かつての自身の活動を振り返るためだったのか……それとも、何か新たな執筆の題材を探していたのか。教団の本拠地跡がある、あの町へと再び足を踏み入れたことが、複数の目撃証言から確認されている。だが、それが彼の最後の足取りとなった。その日を境に、忽然と姿を消したんだ」
アンカールは、失踪当日の状況を、警察の捜査資料をなぞるかのように説明し始めた。
「彼が失踪したと発覚したのは、翌日のことだった。ある新聞社のインタビューを受ける予定だったんだが、約束の時間を過ぎても、彼は一向に姿を見せなかった。担当者が何度連絡しても電話が通じない。これを不審に思った新聞社が彼の家族に連絡を取り、そこから警察に通報が入ったことで、事態が発覚した」
アンカールが語り終えると、栗栖あがさが腕を組み、鋭い推理を口にした。
「……一番怪しいのは、元信者たち、よね。自分たちの教団を潰すきっかけを作ったジャーナリストを、報復としてさらった。そう考えるのが自然じゃない……的な?」
彼女の指摘に、コメント欄も『普通に考えればそう』『信者の逆恨みか』『一番ありえる』と賛同の声が続く。 アンカールもその説を肯定するようにうなずいた。
「ああ、その通りだ。警察も当然、真っ先にその線を疑い、生存している元信者たちを徹底的に取り調べた。だが、結論から言うと、その可能性は低いと判断されたんだ」
「どうして?」
ミティが尋ねる。
「理由は二つ。一つは、教団が消滅してからすでに五年もの月日が流れていたこと。報復が目的なら、もっと早い時期に行われたのではないか、とね。そしてもう一つは、元信者たちのほとんどが、かつて抱いていた教祖や教団に対する狂信的な思想を失っていたことだ」
その説明に、ピピル野ピピカが「あの……!」と遠慮がちに手を挙げた。
「狂信的じゃなくなっていた、っていうのは……どういうこと、ですか?」
アンカールは、彼女の疑問に丁寧に答える。
「生存した元信者たちの多くは、自分たちが教団に身を置いていた日々を、深く後悔していたそうだ。マインドコントロールが解けた、と言ってもいい。だから、ジャーナリストの失踪に関しても非常に協力的で、むしろ自分たちが知る限りの教団内部の情報を、積極的に警察に提供してくれたという。……皮肉なことに、その証言がきっかけで、彼らが過去に犯していたいくつもの犯罪が明るみに出て、逮捕された者もいたほどだ」
そのアンカールの説明に、栗栖あがさが鋭く切り込んだ。
「でも、本当に重要な何かを隠したいからこそ、無関係な情報だけを積極的に提供して、捜査に協力的なフリをしていた、とも考えられません? ミステリーだと、よくあるパターンですけど、えっと……じゃん」
彼女の指摘は、まさに的を射ていた。 コメント欄も『あー、それだ』『ミステリーだと犯人がよくやるやつ』『一番怪しい奴が一番協力的だったりする』と、一斉にその説を支持する。 アンカールは、その意見もまた真実の一面であると認めるように、静かにうなずいた。
「もちろん、その可能性も否定はできない。私も、公開されている情報を元に話しているだけだからね。当時の警察がどう判断し、彼らの証言の信憑性をどこまで見極めていたのか。残念ながら、私にはそこまでは分からない」
そのとき、ピピル野ピピカが思い出したように呟いた。
「そういえば……肝心の、薬物製造疑惑の件はどうなったんでしょうか?」
アンカールは彼女の問いに答えた。
「それに関する報道や記録は特にないんだ。もしかしたら、彼らが多少の罪を告白してまで隠したかったのは、それかもしれないね」
アンカールは、空気を変えるようにミティに声を掛けた。
「さて……ミティ君、そちらの様子はどうかな?」
映像が、息を切らしながら木の枝をかき分けて進むミティの後ろ姿に切り替わる。
「私の説は後に取っておくわ! っていうか、今はそれどころじゃないのよ!」
ミティはルックが持つカメラに向かって、ぜえぜえと息をつきながら文句を言った。
「なによこれ! こんなに道が険しいなんて聞いてないんだけど! これだったら、もっと動きやすい別のコスプレしてきたわよ!」
その必死の形相に、アンカールは申し訳なさそうに苦笑した。
「ああ、すまない。あれだけの事件があった場所だからね。何年も前から厳重に封鎖され、誰も立ち入れないようになっているんだ。山道がまともに整備されていないと想定しておくべきだった」
コメント欄には、ミティへの同情と応援の言葉が流れる。
『うわ、ガチの山登りじゃん』 『確かにこれはきつい』 『ミティ頑張れ!』 『コスプレ間違えたなw』
アンカールは、奮闘するミティの姿に苦笑いしつつ、再びカメラに真摯な表情を向けた。
「では、我々は次へ進むとしようか」




