⑥クズ女もいた! 古典から現代へ!
皆様、ごきげんよう。いつも素直な自分でいたいけど、先輩の間違いには指摘できない、事なかれ主義のジゼルちんです。
今日はお休みの日だから、ゆっくりした時間にカフェテリアに朝食を採りに来ました。
ジゼルの前に座っているのは、ルームメイトのスワニルダ。作品『コッペリア』のヒロインです。私と同じ村娘なの。
ルームメイトが同じ村娘で良かったよ。これでお貴族様と一緒だったら、部屋でもゆったり過ごす事が出来ないものね。
え? その割に姫であるオーロラ姫の扱いが雑? そんなこと無いわよ~。
「あなた達、また衣装の話をしてるの? 飽きないわね~」
スワニルダと話していると、キトリ先輩が話しかけてきた。
キトリ先輩は、『ドン・キホーテ』のヒロインなんだけど、皆が知っている『ドン・キホーテ』と、バレエの『ドン・キホーテ』の内容は大分違うの。
物語では、ドン・キホーテと名乗る田舎の郷士が、騎士物語に憧れて旅に出るという話で、ドン・キホーテが主軸になっているの。
だけどバレエでは、旅に出たドン・キホーテがスペインのとある町で出会った、キトリという美しい少女とその恋人のバジルの話が主軸になっているの。
「私達だって毎日毎日、衣装の話ばっかりじゃないですよ」
スワニルダがキトリぱいせんに、ちょっとだけぷんすこしてる。
衣装が多くある人はいいよね!
ジゼルの苦しみを分かってくれる人は、やっぱり同じ村娘のスワニルダしかいないわ。
そう思ってスワニルダににっこり微笑みかけた。
「・・・・・」
え? 何その間。何で無表情なの?
私達お友達でしょ? 衣装のバリエーション少なかったよね? スワニルダは暖色系でジゼルは寒色系。それがセオリーでしょ? 何なの?
・・・まさか、この子!!!
「自分で気付いてくれてありがとう。ジゼルは2幕は死装束だから普段着る事ができないから1着しかないけど。私は3幕ものだから、3着衣装を持ってるのよ。村娘って分かりやすくアッピールするために1幕の村娘衣装を常に来てるけど、バリエーションで言えば、私、色んなスタイルの衣装3着持ちなの」
ごめんね、だからあなたとは一緒ではないの。
スワニルダの心の声が、聞こえた。
「ひぃぃぃぃ~~~! 3幕あって3着持ってる! なんて恐ろしい言葉!」
スワニルダが主役のバレエ『コッペリア』は、村娘のスワニルダと幼馴染のフランツのお話で、1幕では村娘の衣装を着ていたスワニルダが、人形師の家のベランダにいつもいるコッペリアが気になって、人形師が落としたカギを拾って彼の家に忍び込むの。
2幕で人形邸に忍び込んだスワニルダと友達達は、コッペリアが人形である事に気付くの。だけどそこに人形師が帰って来てしまって、人形の振りをするのね。その時に衣装が変わるの。
そして3幕でフランツとの結婚式で、スワニルダは結婚式の衣装を着る。つまり3着あるのだ。
・・・3着、あるのだ。
私がおいおい泣いている横で、スワニルダとキトリぱいせんが和やかに話を続ける。
「スワニルダの衣装可愛いもんね。特に2幕。コッペリアに扮している時の衣装が好き。私チョーカー大好きなの」
「私もです。だけど私はやっぱり3幕の衣装ですかね。結婚式の衣装ですもの。キャー♡」
「確かに。パフスリーブの村娘風の結婚式の衣装、可愛いわ」
「でも、キトリ先輩の衣装も素敵ですよ。キトリ先輩も3幕とも色んなスタイルの衣装だし、3幕は私と一緒で花嫁衣裳だけど、扇子持ってるのがめっちゃカッコいいです!」
「あら、ありがとう。私も赤にするかクリーム色にするか、悩んだわ~」
「私なら断然、上部が黒でチュチュのスカート部分が赤の衣装が好きです!」
「そうなの? 私は結局クリーム色の衣装にしたわ。そうすると真っ赤な薔薇の髪飾りと赤の扇子が衣装に凄く映えたのよ」
「確かに! 素敵~!」
キャッキャウフフと衣装談義している二人を、私は無表情で見つめた。
でもこのままで終わらないのがジゼルちんよ!
「二人共、3幕では結婚したんだよね~、・・・チャラ男と」
誰が鳴らしたのか、その鐘を。キャットファイトのゴングがジゼルちんの頭で鳴ったわ!
「キトリぱいせんのお相手のバジル様は、出てきて早々に他の女性に声を掛けていましたよね? その後も隙あらば女性の後をついていくし。ふっ。大変ですね。
スワニルダの相手のフランツも、あなたと恋人同士だったのに、コッペリアに心を奪われたのよね。
人形なのに! ウケる~!」
1幕ではコッペリアがお人形と気づかずに、一緒に遊ぼうよ!って、スワニルダが声かけるのよ。
お人形だからもちろん返事何てしないわ。
そしたら無視された!って怒ってプンプンしてるの! ウケる~!
「しかもフランツって、コッペリアに会いたいばかりに、その人形師の家に不法侵入するのよね。
あれ? チャラ男な上に犯罪者じゃん! ジゼちん、怖い~」
「ジゼル! 何てこと言うのよ! 自分は1着しか衣装を持ってないからって!」
「犯罪者と結婚するなら、1着でいいわ」
「1幕で死ぬ方がマシって? クズ男よりチャラ男の方がマシじゃない?」
「ただのチャラ男ならね。だけどフランツはプラスアルファで犯罪者の汚名が付くじゃん。クズ男より、マシではないわ」
シャーシャーとキャットファイトをしていたら、キトリぱいせんが「アホくさ」と言って、どこかに行ってしまった。
つんつんしちゃって。そういうお年頃?
ふと私はカフェテリアを眺めて思った。
ここにいる女の子それぞれに、それぞれの物語がある。
バレエに限らず、作品になっていない普通の女の子達だって。
だけどふと思ったの。
「どうしてバレエってクズ男がわんさか居るのに、クズ女は出てこないのかな?」
「需要と供給じゃない?」
スワニルダの深く考えていない回答に、私はぷっくりと頬を膨らませた。
苦笑したスワニルダが真面目に答える。
「古典バレエが出来た時代は、政略結婚が当たり前だからね。親が決めた婚約者とは別に恋人を作ったんでしょうね」
「やっぱりクズね」
「だけど近代の作品には、クズ女もいっぱいいるわよ」
近代の作品って、ドラマティックバレエのこと? ロミオとジュリエットしか思い出せないけど・・・。
そうそう、ロミジュリと言えば、この作品のバレエ音楽もすんばらしいのよ!
ジュリエットのヴァリエーション(ソロの踊りの事)とか、バルコニーの下で初チューする時の音楽とか。セルゲイ・プロコフィエフがいい仕事してるのよ!
私も踊ったわ~、ジュリエットのソロの踊り。しかもジュリエットと同じ14歳の時に!
正確にはジュリエットは14歳の誕生日を迎える前の舞踏会での踊りだから、13歳なんだけどね? その辺はもう、誤差よ、誤差。
発表会の指導を受けている時にね、先生に「14歳なんだからもっと若々しく跳んで踊りなさい」って言われたんだけどね~(遠い目)。
何度やっても若々しくなかったんでしょうね、14歳の私は。レッスンの後に先生に呼び出されて、YOUTUBEでとあるプロの方の動画を見させられてね。「この人は30歳を過ぎているのに、あなたより若々しくて軽やかでしょ? 本当の14歳のあなたの方が、もっと出来ると思わない?」って言われたけどね、何とも返事できなかったわ。
家に帰ってただママに、「プロと比べられても困る」と言った事だけ覚えているわ。
・・・何の話してたんだっけ?
そうそう、音楽がいいって話よね?(違う)
ロミオとジュリエットが出会う舞踏会で使われる音楽が、昔ソフ〇バンクのCMで使われていてね。私には二人が出会う曲ってイメージなのに、日本ではソフ〇バンクのCMの曲として有名だったからちょっとショックだったわ~。
あれ? 何の話してたんだっけ???
「いるじゃん、ファム・ファタール(男達を破滅させる女)が」
そう言ってスワニルダが視線を送った先にいたのは、妖艶な美女2人。
そうそう! ドラマティックバレエの話だったわ! もう、ジゼルったら!
・・・え? ここ学校だよね? あの人たち、未成年なの?
一人は首元から肩までパックリと開いたドレスを着ている。見覚えないわ。
もう一人は昔テレビで見た、ボディコンシャスな衣装を着たお姉様。頭には大きな薔薇をつけている。・・・あれってもしかして・・・。
「カルメン?」
「ビンゴ! もう一人はマノン先輩よ」
スワニルダの言葉で、どう見ても学生に見えない二人を再度マジマジと見つめた。
『カルメン』は皆さま、ご存知ですよね?
自由奔放なジプシーのカルメンが、真面目な兵士のドン・ホセを誘惑し、弄んだ末に花形闘牛士のエスカミーリョと天秤にかけた末に捨ててしまう。そして嫉妬したドン・ホセに刺されて死んでしまうのだ。
確かにファム・ファタール(男達を破滅させる女)!
しかも、真面目なドン・ホセを犯罪に巻き込もうとするのだから、人としても最低である。
そしてもう一人が、『マノン』の主役であるマノン。
マノンは全3幕のお話で、いきなりマノンは修道院に入る予定なの。物語始まる前から問題児だったんじゃないの?
だけど修道院への道中で、恋に落ちた男性と駆け落ちするの。なのに富に目が眩んだマノンは、金持ちの男の愛人になって、その男性を捨ててしまうの。だけど恋人がマノンを忘れられず迎えに来た時、彼を愛しているが富も手放せない彼女は、カードゲームで愛人の金を騙し取り、恋人と逃げてしまうの。だけど警察に捕まって、島流しの刑にあう。流刑地がアメリカっていうのが、ヨーロッパ的よね? 時代を感じるわ~。
結局マノンは3幕で死んでしまうんだけど、まさしく激情型の女ね。
「ほへぇ。近代だと女もクズなんだねぇ・・・」
人間という生き物は基本がクズなのかしら。ジゼル、悲しい。
「まぁ、いい子がいい人と恋をして、いい人達に祝福されるって、山も無ければ谷も無いじゃない? そんな話って楽しくないもの。そもそもが物語にならないんじゃない?」
「なるほど。クズだからこそ物語になるのね」
ジゼル、目から鱗。
「古典では、健気に頑張る女の子が主人公で、近代では欲しい物を貪欲に取りに行くつよつよな女の子が主人公が多い。時代背景が反映されているのかもね。その結果、クズ女も増えたのよ」
なんかコッペリア、ド田舎の村娘のくせに、すんごい語り出しちゃった。どうしよう。
「な、な、なるほどね~。じ、次代背景NE! 分かりみが深いわ~」
「クズ男のバリエーションも、古典から近代になると、少し感じが変わってくるものね。陰険な感じとか?」
「そ、SODANE ~!」
「だからジゼルも、もう少し近代的な女になった方がいいよ?」
「DAYONE ~!・・・って、え?」
「あんな、花占いして『しゅき、きらぁい、しゅき、きらぁい(甘ったるい声真似)』なんて、いつの時代よ」
「キャ~! それは私の黒歴史!」
そうして私達のキャットファイトは第2ラウンドに突入したのであった。
花占いが気になった人は、ジゼルの1幕を見てね。アルブレヒトとキャッキャウフフしてる時に、やっちゃうから。時代遅れなのは十分わかっているから!