④一目惚れで愛を誓うな!
ごきげんよう、皆様。ジゼルちんです!
現在私は、授業が終わって一度寮に戻ったのに、机に忘れ物をした事に気付いて走って教室に戻っているところです。バカでのろまなカメね。
教室に誰もいないと思い込んで勢い良く扉を開けたら、教室には白い羽で出来たスカートを着ている少女にあった。
どうみても彼女はクラスメイトじゃないのに、私達のクラスに堂々と座っているのだ。え? 不審者?
「こんにちはぁ。どちら様ですか? あ、私はジゼルです。村娘です。ぺこり~」
ゴリエちゃん(この前は思い出せずにゴリラちゃんって言っちゃったわ。ごめんなさい、ペコリ~)みたいに丁寧に頭を下げたら、白い羽のスカートを着た少女も、椅子から立ち上がって丁寧に挨拶を返してくれた。
「あ、私はオデットと申します。とある国の姫ですが、夜しか人間になれないので、現在夜間の生徒です」
おお~~~~!!! チャイコフスキー作曲の三大バレエの記念すべき一作目! 『白鳥の湖』のオデット姫ではないですか! ジゼルちん、感動です!
だけど実はジゼルの方が初演は早かったんですよ~。(どやっ)
「私も噂は聞いております。クズ男から逃れる為に作品から逃げて来たって。尊敬します、ジゼルさん」
「え~~~? それほどでも無いですよ~~~(テレテレ)」
「そんなことありません! 私も作品から逃げる勇気があれば・・・」
オデット姫はそう言って、悲しそうに瞳を伏せた。
確かにジークフリートも大概やもんね・・・。
私はクズ男に翻弄されるオデット姫に親近感を持ってしまった。
オーロラ姫の眠れる森の美女に続き、だけどディ〇ニーの力を借りずとも有名な作品である白鳥の湖。
こちらは3幕4場の作品で、1幕だけ2場がある。
第1幕1場はジークフリート王子の成人の場で、2場は湖の畔でオデットと出会うシーンである。
ここがもう美しい! チャイコフスキー、いい仕事してるね!
あまりにも美しい作品の為皆様忘れがちですが、このジークフリート王子、オデット姫に一目惚れしてっからね? 一目惚れで妖精の後を追っかけてチューしちゃった例の人と一緒だかんね? ジークフリート王子はチューしないけど、一目惚れで永遠の愛を誓おうとしとるからね?
一目惚れ する奴危険 はよ逃げて
心の俳句が出来ちゃったよ。
今日は夜間学校の一限目が自習という事で、私はそのままオデット姫とガールズトークをする事にしました。イエイ! GT!
「わたくしも出来る事なら、ジゼルさんの様に逃げ出したいわ~」
出来ませんよね、昼間は白鳥ですもんね。
「さすがにね、一目惚れした次の日に、別の人に愛を誓っちゃうなんてね・・・」
「うっかりさんですよね」
「そういう問題? 結局は見た目で選んでるから、心の繋がりなんて無いのよ。だから見た目だけそっくりだけど中身が全く違うオディールに惑わされるのよ・・・」
庇えないわ・・・、ジークフリートよ。まぁクズ男に片足突っ込んでる感じなので、庇う気もあまり無いけどね。
皆様もご存知の通り、オデットに一目惚れしたジークフリート王子。
まだ誰にも愛を誓った事のない男性から、真実の愛を捧げられるとオデットの呪いが解けると知ったジークフリート王子はその場で愛を誓おうとしますが、時間切れでオデットは白鳥に戻ってしまいます。
次の日、王子の誕生のお祝い&お見合いの舞踏会で、オデットに化けたオディールに愛を誓ってしまいました、・・・って、バカ過ぎない? 白鳥のオデットと黒鳥のオディール、間違えんなよ。
一目惚れなんてそんなものよね。
「それにエンディングがね・・・」
ジークフリートの馬鹿さ加減にため息をついていると、オデット姫が一言零した。エンディングについて。
「あ~、察し・・・。いろんなパターンのエンディングがありましたよね? でもハッピーエンドが2通りでバッドエンドが1つなので、幸せの確率は高いですよ!」
「いやいや、そのハッピーエンドの1つ、本当にハッピーエンドと言える?」
「・・・・」
ジゼルちん、黙っちまいました。
白鳥の湖のラストは、生まれ変わる前の世界だと色々とあった。令和の世界だからね。だけど昔からあるのは3パターン。
まずバッドエンドは、オディールに間違って愛を誓ってしまったジークフリート。呪いが解けなかったオデットが死んでしまうのだ。
私が小さい時に初めて見たのがこのパターンだった。
白鳥役のダンサーと言えば、髪飾りは白い羽で出来たふさふさしたのをカチューシャの様にカポッと頭に付けるのだ。(見た事ある?)
これがね、ダッサイのよ・・・。ってかこんなの似合う人いるの?って感じ。だけどプロの人って綺麗な人が多いから、みんな似合ってるのよね。
なのに前世の私は全く似合わず(アジア人には似合わない仕組みになってるの?)、兄に笑いながら連写されましたよ。何の罰ゲームなの?
まぁそれはさておき、女性バレエダンサーは踊る時にシニヨンというお団子をぺったりと潰した様な髪型にして、髪が1本でも落ちてこないように、ガチガチに固めてしまうのが基本なの。
私は昔、発表会本番前に1本出てた髪に気付いた先生によって、舞台袖でその1本を引きちぎられた。痛みの強さから思うに、絶対に1本ではなったはず。
10歳の私は涙目で舞台に上がった。その時の舞台の記憶はあまりない、というのが思い出なの。うける?
それはさておき、死ぬ前のオデットは確かにきっちりとシニヨンして、ダッサイ白の髪飾りを付けていたのに、死んだ後に舞台奥から、ジークフリート王子にお姫様抱っこされて出て来た時には、白鳥の白いチュチュから白いドレスに変わって、髪型も解いて無造作にたらしてた。これで死んで、人間に戻った事を表していたみたい。
子供ながらに何で死んじゃうの~!と泣きながらも、「不思議。あのバッキバキの髪の毛、どうやって解いたんだろう・・・」って心の奥底で思ってた。
また話がそれちゃったわ。ごめんなさいね。
これがバッドエンド。ジークフリート、お前が死ねやって思ったあなた。とても正しいと思う。
純然たるハッピーエンドは、オディールに愛を誓ってしまったけど、呪いをかけた悪魔ロットバルトを二人で倒して(ラブラブビーム!)、呪いが解けて結ばれた、というエンディング。
そして、オデット姫が言及しているもう1つのハッピーエンドは、ジークフリートがオディールに愛を誓った事で、オデットが人間に戻る望みは絶たれた二人は、崖から身を投げて死ぬの。
え? どこがハッピーエンドだって? 十代の私も思いましたよ。だけど先生曰く、これは童話的ハッピーエンドなんだそう。
今世では結ばれないから、二人で死んで次の世で、というハッピーエンド、らしい。
今ではメリバエンドがあるから何となく理解できるけど、子供の時はそんな言葉は無かったから、先生の説明を聞いて「ぽっかーん」としてしまったわ。
「ジゼルさんは、それをハッピーエンドとして受け入れられる?」「無理っす」
食い気味で返事しちゃった。
物憂げな表情でため息を付いたオデット姫。流し目で窓の外を見る姿は美しい。私、いけないかな?って想像してみた。GTじゃなくてGLってやつ。
そして、ピコーン!と閃いちゃった!
「その、愛を誓うのって、男性じゃないとダメなんですか?」
「え?」
「ほら、昨今のLGBTQ観点でいうと、異性で無くてもよくないです?」
戸惑うオデット姫の肩をがっつり掴んで、私は食い気味で説明を続ける。
「ほらほら、マシューなにがしの演出だと、男性同士のストーリーになってるじゃないですか! 話逸れますけど、あのポスターやばくないですか? 男性の白鳥が上半身裸でジャンプしているポスター。私、あれメッチャ好きなんですよね!」
戸惑っていたオデット姫だけど、私の言いたいことが分かったらしい。
「つまり、この学園で私を愛してくれる人を探して、愛を誓ってもらえばいいのね?」
「そうっす! そうすれば一目惚れして違う女に愛を誓ってしまうようなバカ男と結ばれなくてもいいっす!」
目から鱗が落ちかけのオデット姫。
「でもでも、一応物語の説明では、『過去に一度も愛を誓ったことがない男性から愛を誓ってもらうと呪いが解ける』とされているわ。男性じゃないと・・・」
「それは次代背景のせいでそうなっているだけですよ。その頃は同性愛を悪とされていましたからね。だけどこの令和の時代に、それは時代遅れですよ」
「令和?」
「はい。令和の意味が分からなくても、LGBTQが分ればいいっす!」
夜間学園の1限目が終わった鐘が鳴った。まるでオデット姫の固定概念が崩れ去るBGMかの様に。
私は一昔前の青春ドラマの様に、夕日に向かって走り出したくなった。オデット姫も同じ気持ちなのか、目と目で通じ合う。私達は両の手を繋いで、窓の外の夕日を希望溢れる瞳で見つめようとして、外が真っ暗な事に気付いた私。
「やっべ! 寮の門限過ぎてる! てか、ディナーの時間終わっちゃう! オデット姫様、後はご自分で頑張ってください!」
何かをやり遂げた満足顔で、私はオデット姫に手を振って、走って教室を出て行った。その背中を、「ありがとう~」という声が追い掛けてきた。
ママ、ジゼルちんは今日もGTを満喫しました。
何で一昔前の青春時代って、夕日に向かって走るのかしらね?