③オーロラぱいせんは116歳
お早うございます、皆様のジゼルちんです。
あのクズ男と別れて心機一転始まった、ワクワクドキドキの学生生活♪
女子学園だったのに気づいた日は1日涙で枕を濡らしたが、ジゼルちんは切り替えが早いのよ。
王都であれば出会いなんかそこら中にありそうだと、気持ちを切り替えた。
それに学生の間は、ずっと奨学金を貰う為にガリガリ勉勉しないといけないし。
就職してから恋人を探しても遅くないわよね!
だから学園生の間は、恋愛よりも友情を育む事にしたのよ。憧れるわ、ガールズ・トーク、略してGT!
前世ではよくしていたけど、この世界に入ってからは、・・・病弱だったからね。
本当よ? ちゃんと友達いるけど、病弱だったからGTする時間が無かっただけ。
ちゃんと舞台観てみて! ジゼルちんが踊ってる時、いっぱい村の友達が見てくれてたんだから。いないわけじゃないんだから!
興奮している間に学園長の挨拶や、主任教師による説明が終わったようだ。
入学式を終えて各々のクラスに入る。
前世学生だった日々から信じられない年月を過ごして、またこうして学生になった事が不思議で仕方が無い。だけど気持ちは♪ピッカピッカの~1年生!
興奮冷めやらぬままクラスメイトを見ていると、ひとりの少女が目についた。
クリーム色のキラキラした衣装を着ている彼女。髪飾りは豪華なティアラである。学園で見ると違和感っぱねぇ・・・。
村娘の私の髪飾りは小花とリボンである。これ一択である。そして衣装はパフスリーブの袖のついたワンピーススカートで、スカートにはエプロンが付いている。村娘の衣装に種類は無い。ちょっと柄がついてたりして差を出す衣装屋さんも多くあったけど、形は一択で後は色分けのみである。
そしてジゼルと言えば青色なのである。
少し切なくなって、ティアラを付けた少女を盗み見た。
衣装のビジュが凄くて目がチカチカする。舞台で着るから映えるんであって、こんな学園で着るなんて非常識よね? え? 羨ましく無いですよ? なに言ってやがるんですか?
ジゼルの衣装も可愛いもん。
髪飾りだって、お団子の上に付けたり下に付けたり。
斜めに付けたら先生に「曲がってる」って手直しされたけど、自由自在だもん。
先生がクラスに入って来て、自己紹介が始まった。
「ジゼルです。村娘です。よろしくお願いします。ぺこり~」
どっかのゴリラちゃんみたいにお辞儀をしたら、ティアラを付けた少女が、あんぐりと口を開いたままこっちを見てる。何だよ。村娘見たの、初めてなの? 嫌味?
キョトンとした人畜無害な顔をしながらも、心の中では「けっ」と彼女に向って舌打ちをしちゃったわ。
だけど彼女の自己紹介を聞いて、今度は私の方があんぐりと大口を開けたのだった。
「オーロラです。お姫様やっています。よろしくお願い致します」
*****
初日のオリエンテーションが終わって、それぞれが寮や自宅へと帰って行く。
私はチカチカする衣装が教室のドアをくぐる前に声を掛けた。
「オーロラ姫様! ちょっとカフェでお話しませんか!」
私が笑顔で声を掛けたら、オーロラ姫も笑顔で頷いてくれた。それに合わせてティアラがキラキラと輝く。う、羨ましくないもん!
放課後のカフェテリアは人もまばらで。私達は隅の方の席に着いた。
「オーロラ姫様もこの学園に入ったのですね。ビックリしちゃいました!」
「わたくしも驚きましたわ。ジゼルさん、村から出ないで死・・・、物語から外に出てしまわれたのですか?」
上手い事避けたけど、もう言っちゃったよ、あんた。お育ちが良いとそういったワードは避けるんだね。流石ゴージャス。
「はい。あのクズ男とは縁を切りたかったので!」
「そうですよね。なかなかのク・・・酷い方ですよね」
この子、陰では私達と変わらん喋り方だね。作ってるね、コレ。
そりゃそうよね、24時間お姫様なんてやってられないよね?
「でも、今のジゼルさんなら、裏切られた事によるショックで天に召されてしまうなんてこと、起こらないんじゃないでしょうか? それなのに村から出たのですか?」
「確かにそうですけど、でも考えてみてくださいよ。私が狂わなかった場合、絶対婚約者の女性に私の存在がバレると思うんですよ」
「その可能性はありますね」
「そしたらあのクズ男、秒で私の事を見捨てると思いません?」
「た、確かに!」
「俺、知らね~よー。ちょっとからかっただけなのに、この無知な村娘が勘違いしただけだよ~」
私がアルブレヒトの声真似顔真似をしながら言ったら、オーロラ姫は声を上げて笑い出した。むふふふ。そのまま自分を出しちゃいなよ。さらけ出しちゃいなよ。
「しかも私が納得いかないのは、2幕なんです!」
テーブルに身を乗り出し力説した私を、きょとんとあざとい顔で見て来るオーロラ姫。
「2幕って、ジゼルさんが死んだ後のお話ですよね?」
そう。
ジゼルの2幕は、罪の意識を感じたアルブレヒトが、ジゼルちんのお墓に許しを請いに来るの。おせーっつうの!
そこには、ウィリという精霊がいるんだけど、ウィリは、踊り好きの少女が男性に騙されて未婚で死ぬとウィリになるらしい。どんだけおんねん。舞台観てみて。めっちゃいるよ、ウィリ。
だからウィリはひどい男達を追いかけ回して死ぬまで躍らせるの。めっちゃ怖ぇぇ。
アルブレヒトも追いかけられるんだけど、ジゼルちんが彼を守るのよ。死してなお、愛する(クズ)男を守るジゼルちん、惚れてまうやろ!
ここが見ものでね。
ジゼルちんは精霊だから、2幕では軽やかに飛ぶかクリュ(トゥシューズのつま先で立って、足を閉じて細かく刻みながら進む事)をしている。
クリュはすぐにつま先がやられる。痛い痛いの。
飛ぶのも連続でさせられると死ぬ。先生に精霊だから重力感じさせんな!飛べ!って怒鳴られるけど、実際は生身の人間だからガッツリ体重ありまっせ。
皆様、バレエの先生ってめちゃくちゃ怖いんですよ、知ってました? その怖さって、ドン引きするぐらいなんですよ。ジャンプで重力を感じさせたら普通に、「重力は楽屋に置いてこい!」って怒られるんです。
無茶ぶり!
皆様よくバレエのジャンプと言えば想像されるグラン・パドシャ。(空中で大きく足を180度開脚するジャンプ)
それも、一瞬で落ちると綺麗な写真に残らないんですね? だから私もいっつも先生に言われてたの「空中で止まって」って。
いやいやいやいや無理っしょ!
でも先生怖いからね。NOなんて言えませんよ。返事は全てYESですから。
先生が白を差して「黒」と言ったら、それは黒なんです。そんな世界なんです。
話が逸れました。失礼。
それはさておき、アルブレヒトを守り切ったジゼルちんとウィリは、朝が来たらお墓に帰っていきます。
そして舞台に一人残るアルブレヒトは、ジゼルのお墓に縋りついて終わるんです。
ジゼルとはそういうお話なのですが、分かります?
終わる時に、素晴らしい公演の時は客席から「ブラボー」が飛び出すんですよ。だけど舞台に残っているのはクズ男のアルブレヒトのみ。
「何でお前がブラボーを平然と受け取ってるんだよ! お前を守ったジゼルちんが受け取るべきだろう!? 連続ジャンプどんだけしんどいと思っとるんだ、わりゃ! その疲れきった体でクリュしながら舞台去るって、足の爪がもげるわい!」
ジゼルちん、感情が高ぶって叫んでしまいました。失敬。
若干オーロラ姫が引いているので話題を変えましょうかね?
「え~、コホン。こちらのクズ男は一旦どこかにおいておいて。オーロラ姫様のお相手はいかがですか? デジレ王子様でしたっけ?」
オーロラ姫様は、皆様ディ〇ニーでご存知の方もいらっしゃるでしょう。
作品は眠れる森の美女でございます。知名度たかっ! 羨ますぅい!
バレエの眠れる森の美女は3幕のお話でしてね。
1幕は若さ弾けるオーロラ姫の16歳の誕生日で、魔女の呪いで眠ってしまいます。
2幕はリラの精(生まれたオーロラに祝福を与えた妖精の一人)がデジレにオーロラの幻の姿を見せて、救いに行かせる。
3幕は、眠りから覚めたオーロラとデジレ王子の結婚式。
「ええ。もう結婚もしておりますのよ」
今日オーロラ姫が来ているクリーム色のドレスは、3幕の衣装だ(結婚式の衣装で学園に来んなや)。
つまり、もう人妻である。
恥じらいを浮かべた(ような)笑顔で小首をかしげながら(わ~、あざとい!)、左手の薬指に光るダイヤモンドを見せつけて来た。そう。マウントを取って来たのだ。羨ましくないやい!
でもよくよく考えたら、全く羨ましくない。何故なら・・・
「よく、眠っている自分にチューして来た他人と結婚出来ましたね・・・」
「は、・・・はぁ!?」
あ、被っていたプリンセスマスクが脱げた。さらけ出した。
「え? だって、電車で寝てしまった見知らぬ女の子に、了承も得ずにチューするのと一緒ですよね? 通りすがりの他人ですもん」
「いやいやいや、私の呪いを解いてくれたから」
「あ~、そういう免罪符。でも了承を得ていないのは一緒ですからね?」
「いやいやいや、チューしないと呪い解けねーから!」
あれ? オーロラ姫たま、お生まれどこ? お口が悪いわ。
「あと~、私前から思ってたんですけど~、デジレ王子って大した事してなくないですか? いや、バレエ団によってはちょっと戦ってるっぽいですけど。ディ〇ニーではガチで戦っていますけど。
いやね? 某バレエ団だと、オーロラ姫の幻を見させられて、『うわ~、綺麗な人だっちゃなぁ~』ってリラの精に付いて行って、リラの精が戦っている後ろでうろうろして? そんで頑張ったリラの精の後ろまたまた付いて行って、眠っているリアルオーロラに『いや~、幻と一緒の人だっちゃ~』ってなって、チューしたんですよね? え? 違いました? 違うなら、どの辺が違うか的確に指摘してもらってもいいですか?」
あれ? オーロラ姫たま、ふるふるしてる。激おこ?
「人の旦那の悪口言わないでよ! デジレだって頑張ってるわ! あなた! 自分の相手役がクソ男だからって人に当らないでよ!」
「いや、クソって・・・。クズね。まぁ一緒の事だけど、姫の口から聞くとちょっと嫌だわ」
オーロラ姫がガチギレし出したから、焦った私はどーどーと言いながら両手を前に出した。それにまたガチギレし出したわ。可愛い顔が台無し。
オーロラ姫が落ち着くようにとハーブティを貰って来た私は、とてもやさしい子だと思うの。
「ところであなた、何でわたくしに敬語なの? 同じクラスメイトなのに」
少し落ち着いたオーロラ姫。今更一人称を“わたくし”にしても、先ほどのガチギレの後では何の意味もありませんよ?
「だって、オーロラ姫って、年上でしょ?」
「何言ってるのよ。同級生よ?」
「え? だって116歳ですよね? 100年間眠っていたんだから」
「そんなの! 眠ってたんだからノーカンよ!」
「え? じゃぁ何年生まれですか? 西暦でお願いしまーす」
私が小首をかしげて生まれ年を聞いた。そしてマイムでよくある、あさっての方向を見ながらオーロラ姫に耳を向けて手を添えてみた。
これ、リアルでやると馬鹿にした感が半端ないわ。
怒り狂ったオーロラ姫は、そのまま挨拶もせずに肩をいからせて帰って行った。
「さよなら~! オーロラぱいせん!」
「うっさいわ!」
「まぁ、怖い」
凄く盛り上がったわ、ガールズトーク。
これで私達、友達よね?
*****
次の日、オーロラぱいせんはピンクのドレスを着てクラスにやって来た。そして私が昨日と同じ衣装を着ているのを見て鼻で笑った後に、クルッと見せつける様にターンして、シャラランって効果音が付きそうな動作で優雅に自分の席についた。
眠れる森の美女。第一幕は16歳になったオーロラの誕生日パーティから物語は始まる。
その時にオーロラが来ていたのが、このピンクの衣装だ。正真正銘、100年の眠りにつく前の16歳の時の衣装。
「ぱいせん、年上なのを気にしなくていいのに・・・」
「うっせーわ!」
「まぁ、怖い」
私は教室の窓の外を見ながら微笑んだ。
(これが本当のガールズトークね! ママ、お姫様がジゼルの初めてのお友達です)
あのゴリラちゃんって何て名前だったっけ?
ほらほら、ゴリラみたいな顔をした、チアリーダーの衣装を着た、・・・女・・・の子???