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天照の神薙  作者: でんばた
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天照の巫女

天歴2685年6月23日。

まだ6月だというのに、世界はもう真夏日を迎えている。

暑い。あまりにも暑い。

地球温暖化を止めたり気温を一昔前に戻したり、そんなことを想像はすれど悲しきかな。ただの平凡な高校生である俺にはどうすることもできないのだ。

神様、もし本当にいるのならこの暑さをどうにかしてください。

最近、やけに暑すぎる気がします。俺だけみんなより暑がりなんです。

あ、あとついでに俺の進路もどうにかしてください。


そう、目下の問題は進路だ。

放任主義な親の影響なのか、自分の進路も考えられないまま高校3年生の夏に来てしまった。

そしてついに今日、進路指導室にお呼ばれしたのだ。

「失礼します。3年2組海守陽大です。進路指導の件で参りました。」

棚には大量の大学パンフレット、赤本。就職希望の生徒用に近隣企業の採用案内やWebテスト対策用の参考書まで取り揃えてある。


「おう海守か。入れ。」

部屋の隅から聞こえたその声の主は鈴木先生だ。通称鬼の鈴木。進路指導と剣道部の顧問をしているベテランの体育教師で、見た目はまんまヤクザ。だいたいそのサングラス、室内じゃ要らないだろ。竹刀も閉まってくれよ。怖いから。



鬼の鈴木の、鬼の進路指導が終わって19時半。

こってり絞られ満身創痍だ。

今日のところは大学進学するという方向で決まったが、行きたい大学もやりたいこともない。

明日は明日で、進学する大学を選びにまた進路指導室へ顔を出さないといけないらしい。

つまらない未来を、どう変えればいいと言うんだ。

「どうすっかなー。俺の人生。」

鈴木先生も言っていたが、普通のサラリーマンになって普通の家を建てて普通の家族を持つだけでも立派なもんだ。

悩んでても仕方ない。ま、なるようになるか。



そう思ったその時だった。

けたたましい破壊音と共に、右から、石壁を突き破って何かが左側の壁に叩きつけられていた。

家の中から悲鳴が聞こえる。

なんだ?何が起きた!?

混乱する俺だけを置いて、ガラガラと崩れるような音がする。

土煙が収まってきた左側の壁に倒れているのは、、、女の子?

白と赤の軍服のような服装をした女の子が壁に叩きつけられて倒れている、というのがどうやら今の状況らしい。


(どうしよう。とりあえず救急車か?えっと、救急車の番号って・・・)

だめだ。咄嗟のことに頭が回らない。

俺ってこういう時すぐに行動できるヒーローみたいなのに憧れてたのにな。


どうでもいいことの思考ばかりが巡る。

そうだ。119。

110番も必要か?


「どこ行きやがったクソ巫女ォ!」

突如、背後、いや、頭の上から声が響いた。

今度は何だよと思いながら背後を振り向く。


そこにいたのは形容できない何かだった。

全身毛むくじゃらのまるっとした体形。大きな爪は何本か欠けているが、赤い血のようなものも見える。

強いて言えば大きな・・・獣?

山の主みたいな猪とか熊とか、そんな感じの見た目の何かがこちらを一瞥したあと「巫女」と叫んでいた。

「ちっ。おい!さっさと出てこねえとこの人間を殺すぞ!」


!?

この人間って俺のことか?

てっきり眼中にないかと思ってたのに。

焦りと緊張と恐怖で足に力が入らない。

なんだこれは。夢だったら今なら許すからすぐに覚めてくれ。


「やめろ!私ならここだ!」

土煙のなかから先ほどの彼女が姿を見せる。

全身血だらけで、服もボロボロだ。

「関係ない人間を巻き込むな!」

「そこにいたか・・。じゃあお前はもう用済みだ。」


「え。」

と言ったかどうか、化け物の巨腕が俺めがけて振り落とされる。

ああ、ここで死ぬのか。

あっけない人生だった。

そう思った。

「くっ!」


気がついたら、少女の腕の中にいた。

いわゆる、お姫様抱っこの状態で。

だがドキドキする時間もないまま、彼女は膝をつく。

「ごめんなさい。君はこのまま逃げてください。」

「でも君も、足を怪我して・・・!」

「いいから早く!」


そういうと彼女は化け物に向かって目にもとまらぬ速さで突進する。

今なら逃げられるか?

彼女には悪いが、こんなところに居たら死んでしまう。

命あっての物種だ。


背後から破壊音やら衝突音やらが聞こえてくる。

・・・それに合わせて、彼女のつんざくような悲鳴も。

ハッと後ろを振り返る。

脚を掴まれた彼女が、宙につられていた。

「速さ自慢のお前も、脚がつぶれてちゃ世話ねえよなぁ!」


俺のせい・・・か?

俺を助けたせいであの子が・・・死ぬ?

いやでも、俺に何ができるんだ。

このまま逃げた方が守ってくれた彼女の面目もたつんじゃないか?

これまでみたいに先のことは考えず、適当な人生を過ごすこともできるだろう。


「本当にそれでいいのかい?」

ふと、誰かの声がする。

誰だ。

というか、そんなの良いわけないだろ。

俺と同じ年くらいの女の子が訳の分からない化け物に殺されそうになってるんだぞ。

でも俺に何ができるっていうんだよ。

普通の高校生の俺に、あんな化け物どうにかできるってのかよ。


「できるさ。」

そうかよ。

だったら。

だったらやってやる!


「おい!化け物!

 お前の相手は俺だ!」

脚が震える。武器もない。どうしたらいいんだ。

「馬鹿っ!」

本当に俺は馬鹿野郎だな。

これまで適当に生きてきたのに、こんなところで命を捨てることになるなんて。


「あん?・・・そうかよ。どうやらさっさと死にたいらしいなぁ!?」

化け物が彼女を捨ててこちらを向く。

どうか、今のうちに逃げてくれ。

化け物の拳が俺の腹をえぐる。

「ぐっ・・・」

痛いどころじゃない。全身が燃えるような感覚だ。

でもこれでいいんだ。

何もしてこなかった俺が、誰かの命を救えるのなら・・・!

2度目の拳が振り上げられる。

悔いはない。



「やっと、自分の生きる意味が決まったようだね。」

時が止まる。一瞬の静寂。

「さて陽大。君はこれからどうしたい?」


どうしたい?そんなの決まってる。

「あいつを倒す!」

瞬間、俺の体が燃え上がる。

炎の衣が身を包み、夜の街が紅に染まる。

「私はアマテラス。君の中で眠っていた、君だけの神様だ。」


「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」

化け物が襲ってくる。

でも、さっきまでより明らかに襲い。

(いや、俺が速くなってる・・・!)


「陽大。逃げてるだけではあいつを倒せないよ。」

アマテラスが声をかけてくる。

そんなもん、分かってるっつの!


「陽大、私の力は想いの力。その剣に、君の気持の全てを込めろ。」

気持ち?

今の気持ちなんて決まってる。


「いい加減、消えやがれっーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」

炎が巻き上がる。

世界が燃える。

轟轟と音を立てて、化け物がチリとなって消えていった。


化け物の消滅?焼却?と共に、あれだけ明るかった世界がまた夜に戻る。

「まさかここまでとは。待った甲斐があったね。陽大。」

フッと力が抜ける。

立っているのもやっとだ。

そうだ、あの女の子は?

アマテラスとか言ってた女は?

「大丈夫、彼女も無事だよ。よくやった。今はおやすみ、陽大。」


そうか。無事なのか。良かった。

消えゆく意識の中、つまらなかった人生が、大きく動き出した気がした。



次回「ニニギ之巫女」

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