第9話 BBQ準備は命懸け
「そっかぁ~熊かぁ」
俺の目の前には、全長二メートルはありそうな熊がいた。鹿や猪どころじゃない、害獣というか、こいつはもはや猛獣だ。
うーん……熊肉はまだ食べたことがないんだよなぁ。
昔、騎士団長が血抜き失敗して獣臭がひどくて食べられなかったって聞いてからはあんまり期待してなかったんだけど、出会っちゃったもんなー……まったく、嫌な出会いもあったもんだ。
というわけで俺は、ひとまず軽くロングソードのグリップを握りしめた。
そう、俺は今、熊と対峙してる。ここで回れ右なんてしたら間違いなく俺が死ぬ。
倉庫に眠っていたロングソードは俺の愛剣よりかなり劣るが、まぁ、なんとかなるだろう。
ひとまず狙うは鼻。ついでに目も潰せれば最高。
そんな俺の気配に反応したのか、熊が鼻を鳴らし、低く唸る。
全身にざらりとした殺気が這い上がった――次の瞬間。
咆哮とともに地面が揺れ、熊の巨体が突進してきた。
「おっと」
鋭い爪が振りおろされると同時に、側面に回り込むように避けて横一閃に鼻を薙ぎ払う。
身を低くしたまま後脚の関節を狙い斬りつけるが、手応えが浅い。
「固ったいなー……この剣じゃさすがに一撃じゃ無理か」
鼻に走った衝撃と足の痛みに怒り狂ったように熊が血走った目で見てきた。
おぉ? その顔はいわゆる俺の本気見せてやんよモードだな?
よーし、これ以上本気になられる前にとっとと倒すかー!
側面からのカウンター攻撃で目も潰し、最初に狙った後脚を中心に四肢の関節や腱へダメージを与えていけば明らかに熊の動きが鈍った。
――いける――
俺は素早く剣を両手で握ると熊の背中に飛び乗り、骨と骨の隙間を縫うようにまっすぐ剣を振りおろす。
狙うは心臓、ただ一点だ。
もがき振り落とされないよう全体重をかけて心臓に剣を突き刺せば、四肢の動きも封じられ弱っていた熊は次第にふらふらと揺れ、ズシィィィンと大地に突っ伏した。
「……ふぅ。夜の運動にしては中々ハードだったな」
完全に熊が沈黙してから、俺はずるりと剣を引き抜いて頸動脈も切る。こんな猛獣が出るならもうちょっといい剣を買ってもらってもいいかもしれない。
いやだって、領主とはいえ俺の稼いだ金じゃないし。どちらかといったらまだ世話になってるし……。
そんな俺の元にフィーロがやってきた。
大物取りだったから、さすがに少し騒がしかったかもしれない。
でも死んでいるとはいえ、こいつは熊だ。
こんな大きい猛獣がそばにいたと知ったら女の子なら不安になるんじゃないか?
と、思ったら――
「はぁぁぁ熊――! 熊胆! 熊掌! 骨も脂もたっぷりぃぃぃぃ!」
……なんかよく分からんが、すごくフィーロに喜ばれた。
それからフィーロ恒例のマシンガントークが始まったのだが、どうやら熊は全身使える生薬の塊らしく、解熱、解毒、消炎作用、滋養強壮、火傷や湿疹、筋肉痛や関節痛、なんなら骨を強くしたり体力回復までしてくれるって話だ。
なんかすごいポテンシャルを秘めてたんだな、熊っ!
とりあえず血抜き用のロープを持ってくる! とフィーロは意気揚々と小屋に戻っていく。
ふーむ。なら、まぁ、試しに少し食ってみるか。
本当は臭み消しを入れて煮込むのがいいんだろうけど、バーベキューだし、肩ロースあたりを少し持っていこう。
残りはフィーロが欲しい分だけ残して、燃やすか埋めるか。まぁその辺はフィーロのほうが詳しいだろうから彼女に任せるとするか。
そんなこんなで、るんるんと戻ってきたフィーロに、そこ! 絶対傷つけないで! と延々作業指示を受けながら、俺は深夜の解体ショーを一人開催する羽目になった。
いや、だから夜の解体はハードだって!