第8話 無害じゃない系調剤師
というわけで、薬草園に来た俺です。
今日も今日とて小屋からは薄桃色の煙が上がっているが、ここが一番害獣が舞い込む場所って話だから一応フィーロにも話を聞くべきだろう。……近寄りたくはないけど。
「フィーロ嬢。俺だ」
覚悟を決めて木製のドアをノックする。
しばらくしてギィとドアが開き、顔を出したフィーロに今回は防毒マスクがないようで安心した。
「フィーロでいいよ、リオン様。それで、なに?」
平民でも珍しいピンクのショートヘアに虹色の瞳。この島に来た時、長い髪は邪魔だからとバッサリ切ってしまったらしい。
確かに女の子はみんな髪が長くて手入れが大変そうだよなー。あー男で良かった。
「アリスから害獣の話を聞いたんだが、最近も出るのか?」
その一言で、普段あまり表情の変わらないフィーロの顔がものすごく嫌そうに歪められる。
「出るよ出る。わんさか出る。自生してる薬草なんていくらでもあるのにピンポイントで私の薬草園に来るとか死にたいとしか思えないよね? 島の生態系壊すのも面倒だし、撲滅したいのを我慢して獣避けだけで済ませてあげてるのに最近は調子に乗って数増やしてくるからやっぱりちょっとキメラ草をいじって……」
「あ――! うんなるほどよく分かった! でもとりあえずキメラ草はストップな?!」
物静かな彼女らしからぬ早口マシンガントークを俺は全力で止める。
あれか、研究職の人間って急に自分の研究範囲のこととなると饒舌になる奴が多いんだよな。フィーロも完全にそっち系か。
俺は領主邸の物置と化した護衛詰所に眠っていた護身用ロングソードを、くるっと一回転させてフィーロに見せた。
「じゃあとりあえず俺が退治するよ」
「……殲滅する? 薬あげようか?」
「こらこら、発光する怪しげな薬を準備しない。怖いから戻して」
スッとフィーロのポケットから差し出された小瓶を俺が丁寧に辞退すれば、フィーロはむぅと不満げに唇を尖らせつつも小瓶を戻す。
大体そんな物騒なものを手軽にポケットに入れないで!
「せっかく島に来たし、挨拶がてらバーベキューでもしようかと思ってさ。害獣退治と食材調達ができて一石二鳥だろ?」
「リオン様、もしかして捌ける?」
「ん? あぁ、捌けるよ。プロって程じゃあないけど」
「……! ……神……っ!」
キラキラと輝くフィーロの目に、俺はまさかの新天地を見る。
もしかしたら俺は領主より猟師としての需要のほうがあるかもしれない。
そうして、フィーロの話を聞いて再度薬草園へ訪れた……――――夜。
「はい、リオン様。暗視目薬」
「……これ危なくない? 大丈夫?」
フィーロから渡された夜目が利くようになる目薬を受け取りながらも俺は恐る恐る尋ねた。
だって、舗装剤を除けばヤバそうな薬しか見てないんだよ!
「アルで実験済だから大丈夫」
「あ、人体実験終わってるのね」
どうやら鉱山に潜るカネガアールも日常使いしてるらしく、それを聞いた俺は意を決して薄緑色の目薬を使ってみた。
二、三度まばたきをすれば、先ほどまで暗がりだった世界が一気に明るくなる。
「おぉ、これはすごいな」
「効力は一滴で三十分。明るいところは眩しくなるから気を付けて」
昼間と変わらぬ視界。これがあれば、きっと野営や夜間戦闘も大幅に楽になりそうだ。
まぁ、この絶海の孤島での夜間戦闘ってのは人vs野生動物という実に穏やかなものだけど。
命のやり取りには変わらないが、大変平和で素晴らしい。
そう思った矢先、ザザ、ザザ、と遠くで草を踏む音がして俺は獲物が舞い込んだことに気付く。
「じゃ行ってくる」
「うん。お肉と内臓、待ってる」
ぐっと両手を握るフィーロから熱い応援を頂いてしまった。
猪か鹿か分からんが、レディの要望だ。有難く天に召されてくれ。