第5話 悪役貴族のフルコンボ
『リオン様を信用してお話ししましたの。 ――領主自ら、島の平穏を乱すようなことなんて……なさいませんわよね?』
全く笑ってない微笑に俺は全力で頷く。
長いものには巻かれろ、なんなら自分から巻かれていけ。それが俺のポリシーだ。
――というわけで、ニート領主と化した俺はひとまず荷物を置いて島を散策することにした。
するとさっそく小さな波乱がやって来る。
「リーオーンーさーまっ♡」
「うぉっ!」
リス女――もとい、恋の申し子・リリィナが見計らったように俺の腕に抱きついてきた。
愛らしく、控えめな胸を腕に押し当ててくるとは実に見事な戦法だ。
「初めまして~リリィナ・メーヴといいますぅ」
「あぁ、リオン・ルーシェンレッドだ。今日から世話になるよ」
領主が世話になるってのも格好が付かないが、まぁ事実だからしょうがない。
そんな俺に、リリィナはきょとんと見上げてもう一度むぎゅむぎゅと胸を押し付けてきた。
……惜しい。俺はもっと豊満なほうがタイプなんだ。
「うーむ……色じかけが効かない……」
「ん? 何か言ったか?」
「いーえぇ? それより、さっき着いたのにもうお出かけですかぁ?」
一瞬声色が低かったけど、まぁいっか。
どうやらリリィナは散策についてくる気満々らしく、腕を離す様子はないので俺は放置して歩き出す。
「あぁ、一応、島の把握をと思ってさ。俺が想定していた状況とは……なんていうか、いろいろと違うようだし」
「うふふ~驚きましたぁ? 実は私もお手伝いしてるんですよぉ」
「へぇ、リリィナ嬢は何を?」
アリスが言っていた経済三本柱で、年頃の女の子が興味ありそうなものといったら宝飾かアロマか。
と思いきや、リリィナは俺の腕を離し、腰に手を当て誇らしげに胸を張った。
…………うーん、あともう一声。
「リリィナでいいですよぉ♡ 私が作ってるのは、ずばり――"惚れ薬"です!」
「……ほれ……ぐすり」
驚いた。さすがは恋の申し子。
まさかそんな怪しげな薬まで作ってるのか……という俺の本音がにじみ出た反応がお気に召さなかったのか、リリィナはぷぅと頬を膨らませる。
「あーリオン様、全っ然信じてませんね?! 私とフィーロちゃんの最高傑作なのにー!」
「……フィーロ?」
知らぬ名前に問い返せば、機嫌を戻したリリィナは再度俺の腕に手を絡め、小道の先を指差す。
「そうだ! この先の薬草園にフィーロちゃんがいますから紹介しますねっ」
「お、おい……!」
上がったり下がったりするリリィナのテンションに巻き込まれ、半ば強制的に俺は薬草園まで連行されていく。
着いた薬草園?にあったのはかなり小さな小屋……なのだが、そのドアの隙間からはもくもくと紫色の煙が垂れ流されていた。
――おっと、回れ右で帰るぞ? 帰っちゃうぞ?
「リ、リリィナ! 多分、フィーロ嬢は取り込み中だ! 出直そう!」
「大丈夫ですよーぅ、今日は虹色の煙じゃないですから!」
「何その虹色の煙って?!」
「フィーロちゃぁぁん! リリィナだよ――!」
ねぇ俺の話聞いて?! そろそろツッコみすぎて死にそうなんだけど?!
そんなリリィナの声が届いたのか、しばらくしてから小屋の扉が開いて小柄な少女が現れた……のだが、その顔にはやけに物々しい防毒マスク。
ほらな――?! 全然大丈夫じゃないじゃん――!
「……リリィナ。それ誰?」
「この島の領主のリオン様♡ 今日、来るって言ったでしょー?」
「そう、だっけ? え、と……初めまして。フィロメーナ・エウセビ・アイリン・フィオレンティーナ・ド・ラヴィス・クラヴィス・ヴァンダルシアだよ」
「なんて?」
全て吹っ飛んだ。
ぱさりとマスクを取った顔は愛らしい顔立ちだったけど、全部吹っ飛んだ。
ヴァンダルシア、ってことは薬学に秀でた伯爵家のご令嬢なんだろうが、いかんせん名前の癖が強すぎる。
「おぉーい、フィーロ! 例の新薬は……って、お? 新顔か?」
「もーアルさんまで忘れちゃったんですかぁ! 領主のリオン様ですよぅ!」
森の中から現れた、貴族にしては珍しいほどの筋骨隆々の男はマッスルスマイルを浮かべながら俺の前に立ち、がっしりと握手を求めてくる。汗がキラキラ輝いて、爽やかすぎて暑苦しい。
「あぁ、そんなことを言っていたな! 俺はカネガアール・マッスルベリオン。領主殿、よろしく頼む!」
「…………なんて?」
お前ら、貴族のくせにほんと癖が強いなっ?!
大体、マッスルベリオン家は名前に似合わずバリバリの文系伯爵家だったはず、だけ……ど。
いや……そういえば一人だけ気が狂ったような鉱山マニアがいるって聞いたことがあるな…………って、どうみてもコイツか!
こうして俺は、激動の領主生活初日を迎え、超個性的で超強烈な領民達に出会ったのだ。