Chapter2 【運命】 2-4
しかしその時ー
「さっさと離れろおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」」
ドンッ!!!
突如、強烈な衝撃が黎の頭部を襲った。
「……ぐっ!?」
黎の体が大きく揺らぎ、その手が緩んだ。
美玲の体が重力に引かれ――ドサリと地面に倒れ込む。
「……はっ……はぁっ……!!」
喉に空気が流れ込む。
呼吸ができる――!
「大丈夫か、朝比奈!」
荒い息をつきながら、目の前に立つ彼の姿が視界に入る。
黒い髪、鋭い眼光――
「……霧島……くん……?」
彼は手にしたカバンを振りかざしながら、険しい表情で黎を睨みつけていた。
美玲は地面に倒れ込んだまま、大きく息を吸い込んだ。
喉が焼けるように痛い。
肺に空気が流れ込んでいるのに、まだ苦しい気がする。
体が震える。
足に力が入らない。
そんな美玲の隣で、雷人が屈み込み、真剣な表情で顔を覗き込んだ。
「朝比奈、大丈夫か?」
――その問いかけに、美玲は答えようとした。
けれど、言葉が出ない。
「っ……う……ぁ……!」
首を絞められた苦しさ。死の間際をさまよった恐怖。
そして――
助けられた安堵。
ぐちゃぐちゃになった感情が胸の奥から一気に込み上げてきて、
「……っ、ひっ……う、うぁ……っ!」
美玲は、言葉にならない泣き声を上げた。
涙が次々と溢れてくる。
声を押し殺すこともできない。
彼にこんな姿を見せるのは恥ずかしいのに、もう抑えられなかった。
「……怖かったよな。」
ぽんっと、雷人の手が美玲の頭に乗せられた。
「苦しかったよな。」
優しく、落ち着いた声。
「でも、もう大丈夫だからな。」
その言葉に、美玲の涙はさらに溢れた。
雷人の手の温もりが、今は何よりも心強かった。
雷人は隣に居た真優の方にも駆け寄る。
「真優っ!!大丈夫か!?怪我は無いか!?」
「大丈夫!それよりも...」
真優は雷人の後ろの方を指さす。そこには、雷人のカバンの一撃を喰らいよろめきながらも立ち上がる黎の姿があった。
黎は目の前に立つ憎たらしい男を鋭い眼光でにらみつける。
「貴様……よくも……」
「おいおい、そんなに痛かったのかよ?それは悪かったな。」
雷人は不敵な笑みを浮かべながらも、ゆっくりと構えを取る。対する黎も、苛立ちを隠せない状態であった。
「お前..俺の計画の邪魔をして、覚悟は出来ているんだろうなぁ?」
「覚悟..ねぇ..その言葉はもううんざりなんだが..。だけどまぁ、覚悟が無いならこんな所に来てねぇよ!!
薄暗い路地の中、二人の男が向き合う。一人は仲間の為に、一人は目的の為に、それぞれ闘う意志を固める。
「誰であろうと変わらない...俺の計画を邪魔するヤツは..死だ!」
黎は怒り隠せないまま掌を前に突き出す。そして..
「【ハイドロキャノン】!!」
瞬間、黎の手のひらから強烈な水の波動が放たれた。圧縮された水が大気を裂き、音速を超える勢いで雷人に迫る!
ドゴォォォン!!
直撃。水の塊が雷人の身体を飲み込み、その場に水しぶきが舞い上がる。
「雷人!」
「霧島君!」
真優と朝比奈が悲鳴を上げた。だが――
「……ふぅ。」
水煙の中から現れたのは、何事もなかったかのように立っている雷人の姿だった。服はわずかに濡れていたが、ダメージは皆無である。
「なっ……!?効いていないだと?」
「いや、普通ならヤバかったけどな。多分、こいつが護ってくれたんだろうな。」
雷人は制服の内側から、ある物を取り出した。武器や防具などではなく、皆が一度は見かけるであろう一般的な...
「……スポンジ⁉」
「ただのスポンジじゃねぇぞ。これはな、【物力強化】で吸水性能が桁違いに上がってるんだとさ。」
それは、戦いの直前に、鈴本凜からトランシーバーと共に渡されたものだった。
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「……いやいや、スポンジ渡されても困るんだけど?」
「こいつはただのスポンジではない。【物力強化】によって吸水力が極限まで高められている。つまり、お前の身体に仕込んでおけば、水の攻撃をほぼ無効化できる。」
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雷人は最初は半信半疑だったが、結果として黎の攻撃を完全に無力化することに成功していた。
「つまり、お前の攻撃は俺には通じねぇってことだ。」
雷人は、黎を挑発するように笑みを浮かべる。
「……チィ!こんなスポンジなんかに、俺の技が防がれてたまるか!!」
黎は舌打ちし、両手を大きく広げた。
「ならば、威力を増してやる……!」
彼の足元の水たまりが螺旋状に巻き上がり、空中で収束する。そして――
「【ツイン・ハイドロキャノン】!!」
今度は両手から二条の水撃が放たれた!速度も威力も先ほどとは比較にならない。
「ちょっ……!」
雷人は寸前で身を翻し、一撃を避けた。しかし、一発はかわしたものの、もう一発が脇腹に命中!
「ぐっ……!」
彼はわずかに後退したが、それでもほぼノーダメージ。
「……やっぱ効かねぇな。」
「ふざけるなぁ!」
黎はさらに畳み掛けるように連続で水の波動を放つ!
ドォッ!ドォッ!ドォッ!
だが、雷人はそれらを全て躱しながら、徐々に距離を詰めていく。
「終わりだ、黎。」
雷人は一気に間合いを詰め、拳を振りかざした。
「なっ……!」
ドゴォッ!!!
雷人の拳が黎の腹に突き刺さる!黎の体が大きくのけ反り、口から息を吐き出した。
「ぐ……ふ……!」
黎はすかさず距離を取り、眼前の雷人を凝視する。この男の厄介な所は、スポンジだけでは無い。
(こいつ..この一瞬で闘いを理解している..!?)
まだ生まれて15年程度の高校生が今、悪魔の力を極めた自分と互角以上に渡り合っている。さっきの間の詰め方も、腹に貰った一撃も、殆ど無駄のないものだった。その事実が、黎を更に憤慨させる。
黎は最後の力を振り絞り、地面を踏み鳴らすと、彼の周囲に水たまりが出来、そこから無数の水の槍が出現する。
「これで……終わりだ……!」
黎はその中から一つの槍を手にし、雷人に振りかぶろうとする。
――その瞬間。
「霧島君!」
背後から、朝比奈が何かを投げてきた。
スタンガン。
(……そうか!)
雷人は即座にスタンガンを掴み、視線を黎の足元へ向けた。地面は黎が生み出した水たまりでびしょ濡れになっている。
(これだ...。)
雷人はスタンガンのスイッチを入れ、水たまりの中へと投げ込んだ!
バチバチバチバチッ!!!!
「ぐあぁぁぁぁっ!!!」
電撃が水を伝い、黎の全身を駆け巡る!
「う、ぐ……が……!」
彼の身体は激しく痙攣し、そのまま膝を突いた。口から苦しげな息が漏れ、今にも意識を手放しそうだった。
雷人は深く息を吐きながら、立ち尽くす黎を見下ろした。
「……これで終わりだな。」
だが――。
「……終わって、いない……!」
黎の全身が痙攣しながらも、ゆっくりと立ち上がり始めた。
「なっ……!?」
雷人は思わず息を呑んだ。明らかに致命的なダメージを受けているはずの黎は、異常な執念でその身を支えていた。彼の口元からは血が滴り、足元もふらついている。それでも――その目だけは、まだ死んでいなかった。
「……俺は……ここで終わる男じゃ……ない……!」
黎は片腕をゆっくりと上げた。まだ戦おうというのか――!?
「雷人、避けて!」
真優の叫びが響いた瞬間。
「動くな。」
――冷たい声が場を支配した。
直後、複数の銃のセーフティを外す音が響く。
雷人の背後から、巡査部長・鈴本凜が歩み出てきた。
その背後には、完全武装の警官部隊が待機していた。
「……凜さん!」
雷人が振り向くと、凜は雷人の方を向き安堵の表情を浮かべる。
「霧島、よくここまで持ちこたえてくれた。感謝する。」
そう言い、凜は鋭い目つきで黎を睨みつけた。
「貴様の負けだ。大人しくしろ。」
黎の視線が周囲を巡る。十数人の警官がすでに銃を抜き、彼を完全に包囲していた。銃口はすべて彼に向けられている。
「……この状況で、まだ抵抗する気か?」
凜は静かに言った。
「ここで大人しく捕まるのなら、命の安全は保証する。だが、少しでも動けば...一斉射撃を行う。」
その言葉は紛れもなく本気だった。
だが――黎は薄く笑った。
「……ハッ……面白い……。」
彼は拳を握りしめ、ゆっくりと構えを取った。
「だったら、試してみろよ……!」
次の瞬間。
「撃て!」
凜の号令が響き渡った。
バババババババババババッ!!!
一斉に放たれた銃弾の嵐が、黎を襲う。
銃弾が黎の身体を撃ち抜き、その衝撃で彼は後方へと吹き飛んだ。
ドサッ。
――沈黙。直後、路地裏を模した空間は消滅し、夜の市街地へと切り替わった。
黎はその場に崩れ落ち、ついに動かなくなる。
「……確保しろ。」
凜の指示で、警官たちが黎へと駆け寄る。数人が彼に手錠をかけ、完全に拘束した。
初めて経験した本気の闘いを経て、疲労からか、雷人は大きく息を吐いた。
「……やっと終わったか。」
朝比奈が安堵の表情で雷人の肩を叩いた。
「ほんとに……すごかったよ、霧島君。」
「おう。まあ、凄く疲れたけどな。」
雷人が笑みを見せると、朝比奈は頬を赤らめ、そっと目をそらした。
(......?)
朝比奈が目をそらした理由が分からず、雷人は困惑の表情を浮かべる。
一方、真優は涙を浮かべながら雷人を見つめていた。
「雷人……本当に、無事でよかった……。」
雷人は優しく微笑み、真優の頭をぽんぽんと撫でる。
「こっちこそ!二人が助かって良かったよ!」
こうして、黎との闘いは幕を閉じる。