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Chapter2 【運命】 2-2

【時は遡り、始まりの地へ】

放課後の図書室には、静寂が満ちていた。窓の外には夕焼けが広がり、薄暗くなりかけた室内には、本棚の影が伸びている。

鈴本真優は受付のカウンターで、貸し出し記録を整理しながら静かに息をついた。もうすぐ下校時間。人の気配もほとんどなくなり、図書室にいるのは自分だけのようだった。


(……最後に一応、誰も残っていないか確認しよう。)


そう思い立ち、彼女は静かに席を立った。

本棚の間を歩きながら、ちらほらと開いたままの本や片付けられていない椅子を見つけ、それらを整えつつ奥へと進む。すると、ふと、微かな音が聞こえた。


(……誰かいる?)


小さな物音に、真優は思わず足を止める。


(こんな時間に、残っている人なんていたっけ?)


不安を抱えながらも、彼女は音のする方へと歩みを進めた。

そして、本棚の陰にある机で、一人の少女がうつ伏せになって眠っているのを見つけた。


「……朝比奈さん?」


それは、入学式の日から何度か話したことのあるクラスメイト、朝比奈美玲だった。

机の上には開かれた本が置かれ、美玲はその上に顔を伏せ、すやすやと寝息を立てていた。

真優は少し迷ったが、このまま放っておくわけにもいかない。そっと彼女の肩を揺さぶる。


「朝比奈さん……起きて。もうすぐ下校時間だよ。」

「……んぇ?」


美玲は目をこすりながら、ぼんやりと顔を上げた。半分寝ぼけたような顔で、真優を見つめる。


「鈴本さん...?え……下校時間?」

「うん、もうすぐ施錠されるから。」

「マジかぁ……ふぁあ……」


美玲は大きなあくびをしながら、伸びをする。その動作はどこか緩く、気だるげな雰囲気を漂わせていた。


「朝比奈さん、勉強しに来たの?」


真優が問いかけると、美玲は一瞬だけ視線を泳がせ、


「……まぁね。」


と答え、軽く肩をすくめる。



朝比奈美玲は、大きく伸びをしながらゆったりと席を立った。


「ふぁ~、そっか~、私寝ちゃってたかぁ……。いやぁ、助かったよ、鈴本さん。」

「ううん、けどよかった。朝比奈さんを見つけられなかったら、そのまま閉じ込められちゃってたかもしれないし……。」


真優がクスリと笑うと、美玲も「それは怖いなぁ~」と笑い返す。彼女の雰囲気はどこまでも緩く、気さくな感じだった。だが、その目の奥には、何か別のものが渦巻いているような、そんな気がした。

美玲は机の上の本を閉じながら、ふと、思いついたように口を開く。


「せっかくだしさー、ちょっと話そっか?」

「え?」

「こうして鈴本さんと二人きりで話すの、多分初めてじゃん? たまには女子っぽい話とかしようよ~。」

「じょ、女子っぽい話……?」


真優は少し戸惑ったが、美玲は気にせずニヤリと笑い、身を乗り出してきた。


「ズバリ! 鈴本さんってさぁ、誰かに告白されたこととかある?」

「えっ……」

「ほらっ、鈴本さんって小さくて可愛いし、絶対男子にもモテてたと思うんだよねぇ!」


突然の質問に、真優は思わず目を瞬かせた。


「えっと……」


少し考えた後、小さく頷く。


「……あるよ。」

「おぉー! さすが鈴本さん!」


美玲は大げさに驚いてみせる。だが、その反応に真優は慌てて手を振った。


「ち、違うの! そんなにたくさんとかじゃないし……!」

「でも、告白されたことはあるんでしょ?」

「うん……でも、全部断ったよ..。」


美玲の目が興味深そうに光る。


「へぇ~? なんで? 好きな人とかいた?」

「っ……!」


その言葉に、真優は一瞬固まった。そして、じわじわと顔が赤くなっていく。


「え、えっと……その……」

「おー?」


美玲はニヤニヤしながら真優の様子を観察する。彼女はもう、真優の反応で答えを察していた。


(なるほどね~。やっぱり、そういうことかぁ~。)


美玲は、からかうような笑みを浮かべながらも、どこか優しい眼差しで真優を見つめていた。



言葉に詰まり、図書室は再び静寂に包まれる。

美玲は、図書室の静寂の中でふっと小さく笑い、どこか遠くを見るように視線を逸らした。


「……ねえ、鈴本さん。ちょっと真面目な話していいかな?」


その言葉に、真優は少し驚いた表情を見せる。いつも軽い雰囲気の美玲が、珍しくどこか真剣な顔をしている。


「うん、大丈夫だよ。」


そう返すと、美玲はテーブルに肘をつきながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。


「私ね、小さい頃からずっと、みんなと仲良くしなきゃいけないって思って生きてきたの。誰とでも、平等に、分け隔てなく。誰かを特別扱いすると、誰かが寂しい思いをするかもしれないって思ってさ。」


彼女は、自嘲気味に笑った。


「だから、基本的に誰にでも同じように接してた。優しくしたり、楽しく話したり。……でも、それがいけなかったんだろうな。」

「いけなかった?」


真優が問い返すと、美玲はゆっくりと頷く。


「私が誰にでも同じように接するもんだから……なんていうか、男の子たちが変に勘違いしちゃってさ。気づいたら、勘違いをした男子達が沢山近寄ってきた……。」


その言葉には、苦いものが滲んでいた。


「最初は、私が悪いのかなって思ったよ。私の接し方が誤解を招いたのかなって。でも、何回もそういうことがあると、もう嫌になってきて……。男子のことも...自分のことも、どんどん嫌いになってきた。」


美玲は、乾いた笑いを漏らした。


「……変な話だよね。私、みんなと仲良くしたくてそうしてたのに、そのせいで、私自身が誰も信じられなくなりそうになってるんだよ? 皆と仲良くしたいのに、男の子たちに対して嫌悪感を持ってる自分がいる。矛盾してるよねぇ、こんなの。」


それは、どこか諦めたような口調だった。彼女は誰かに話すわけでもなく、ずっと胸の内で燻り続けていたのだろう。



だが、それを聞いていた真優は、そんな美玲の言葉を否定しなかった。


「……矛盾してることなんて、ないよ。」

「え?」

「朝比奈さんは、皆と仲良くなりたいって、ずっと努力してきたんでしょ? だったら、傷ついたことも、辛かったことも、間違いなく本当の気持ちなんだよね。」


真優は、そっと微笑んだ。


「どちらか一つを選ばなきゃいけないわけじゃないよ。皆と仲良くなりたい気持ちも、嫌な思いをしてしまったことも、どっちも朝比奈さんの大事な気持ちなんだと思う。だから、そんな朝比奈さん自身を無理に否定しなくてもいいんじゃないかな……?」


美玲は、少し驚いた表情で真優を見つめた。


「……私、皆と同じように接してたつもりだったんだよ。それなのに、勝手に特別扱いされたり、期待されたりしてさ……。それを拒絶したら『冷たい』とか『意地悪』とか言われるんだよ? そんなのおかしくない?」

「うん、おかしいよ。」


真優は、きっぱりと言った。


「朝比奈さんは、悪くないよ。……だって、それって美玲さんが求めたものじゃないでしょ? ただ、皆と仲良くなりたいって思っていただけなのに、周りが勝手に勘違いして、勝手に傷ついて、それを朝比奈さんのせいにするなんて、それはおかしいよ。」


その言葉に、美玲の目が揺れる。


「……私、悪くないのかな……。」

「うん。むしろ、ずっと頑張ってきた朝比奈さんは、すごいと思う。きっと、苦しかったんだよね。」

「…………。」


美玲は、今まで誰にも見つけられなかった気持ちを見透かされたような気がして、言葉を失った。


「だからね、朝比奈さん。自分のこと、嫌いにならないでほしいな……。」


真優の声は、どこまでも優しかった。

その瞬間、美玲の中で、真優の印象が変わった。


(この子……ただの大人しい子じゃないんだ……。)


美玲の胸の奥に、ふわりと温かいものが広がっていくのを感じた。


朝比奈さんは、これまでくすぶり続けてきた思いを自分に打ち明けてくれた。そうであるならば、自分も彼女に隠し事をするのはやめるべきなのかもしれない。

真優は、自分の手をぎゅっと握りしめながら、小さく息をついた。


「……朝比奈さん...私ね、ずっと自分のことを隠して生きてきたの。」

「隠して?」


美玲が首をかしげると、真優は少し震える声で心の内を明かした。

ライムギです!4月になりましたね。一週間に一、二回のペースでこれまで投稿してきましたが、ここからは心機一転。毎日投稿を心がけていこうと思います!

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