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Chapter2 【運命】 2-1

男は、闇に沈む路地裏で静かに佇んでいた。

彼の足元には、抵抗むなしく絶命した子供の小さな体が横たわっている。

先ほどまで必死に助けを求め、母の名を呼んでいた声は、もう二度と響くことはない。

男は静かにその子供を見下ろしながら、やがて膝をつき、その亡骸に手を添えた。


「安心しろ……お前の意志は、必ず受け継ぐ。」


まるで慈悲をかけるかのように、穏やかな声で呟く。

その言葉が本心か、それともただの形式的なものなのかは、誰にも分からない。

だが、子供の母親だけは、そんな言葉に騙されはしなかった。


「人殺し……!!」


母親は絶望に満ちた声で叫び、震える手で地面を掻きむしる。


「返して……! 私の子を……返して……!!」


その目には怒りと悲しみが入り混じり、男を睨みつけていた。

だが、彼はそんな彼女を一瞥するだけで、何の興味も示さない。


「...うるさいな..」


冷たい声と共に、彼はゆっくりと立ち上がる。

次の瞬間――

鋭い閃光が闇を切り裂き、母親の叫びが短く途切れた。

刃が振り抜かれた後、母親の体は地面に崩れ落ちる。


「人間風情が..ギャーギャー騒ぐなよ..。」


男は一切の感傷もなく、ただ淡々とした足取りでその場を去る。

彼にとって、ただの人間に価値はない。

そして次なる獲物は――


「……鈴本真優」


彼は薄く笑みを浮かべながら、暗闇の中へと姿を消した。



鈴本真優のGPSの位置が20分以上動かないとの知らせを受け、霧島雷人と鈴本凛は車に乗り急いで運転をしていた。


「おいっ!もっと早く走れないのかよ!!」

「今能力で必死に動かしている!!これが精いっぱいなんだ‼」


鈴本凛は自身の悪魔の能力、【物力強化】によって車のエンジンをフルに稼働させ、夜の街を疾走していた。下手すればオーバーヒートを起こし車を再起不能にさせかねないが、たった一人の実の家族である鈴本真優の無事に比べれば、どうという事は無かった。

雷人も、幼馴染の危険に対し、今まで以上に焦りを見せていた。


「真優...。無事でいてくれよ...もし真優に何かあったら俺は...俺は...!!」


汗が頬を伝い、手はがくがくと震える。もし真優に、それこそ取り返しのつかない何かがあったとき...雷人は、自分が何をしでかすか分からない、底知れぬ恐怖を感じた。

そんな雷人の心情を察したのか、凛は前を向きながらも、雷人に忠告をする。


「霧島...先に言っておくが、【そういうこと】は、私たち警察の役目だ。だから...間違っても手を汚すような真似をするな。分かったな?」

「凛さん...ごめん、俺...冷静じゃなかった。」

「この状況で心から冷静になれる者など居ない。私だって...内心穏やかではないさ。」


凛はさっきよりも力強くハンドルを握りしめる。彼女も、立場上冷静でいなければならないだけであった。

沈黙が続く中、いよいよGPSが指す現場が近づく。


「そろそろ目的地に着く。霧島..気を引き締めろ。」


そこにあったのは、まさに【非日常】と呼べる、異形の光景であった。

レンガの塀に張り付けられたように発生した空間のねじれ。その付近にカバンが2つ落ちている。

...いや、そんな事など、雷人にとっては些細な事だった。空間のねじれなどどうでもよくなるほど、雷人の目に信じられないものが映っていた。


「っ!? 誰か倒れているぞ!!」


そこに人が倒れていることに気付き、凛は声を上げる。

...しかし、眼の良い雷人には、すぐにそれが誰か分かってしまった。

彼にとって日常を象徴する人物...。

そして今日...話した人...。




「.....あさ......ひな....?」

彼の日常は、呆気なく否定された。



「朝比奈....朝比奈!!」

雷人は車から降り、真っ先にクラスメイトの朝比奈美鈴の元へと駆け寄る。

倒れている彼女を必死に揺さぶるが、一向に目を覚ます気配はない。体はボロボロで、息も全くしていない。文字通り、変わり果てた姿であった。


「.....?」


ふと、彼女の頬に何か赤い液体が付いている事に気付いた。雷人にとってそれは何なのか、すぐに理解出来た。


「....嘘...だろ....?」


呆然とする雷人をよそに、凛は急いで彼女の容態を調べる。


「....ダメだ。呼吸も、脈も、心臓も....すべて止まっている...彼女は...もう...」


凛は悔しそうな顔をしながら、美鈴の容態について語る。


「何が...朝比奈に何があったんだよ...何でこんなことになってるんだ...!!」

「死因はおそらく...窒息死だ。首元のアザから推測できる..。」


そう告げ、凛は奥の空間の歪みの方に目をやる。


「このワープゲートも..やはり、間違いない。【ヤツ】だ..【ヤツ】の仕業か...。」

「凛さん..?【ヤツ】って..誰のことだ?」

「...私が追っている凶悪犯罪者だ。..っ!そうこうしている場合じゃない!早く車で向かわなければ..!!」


凛は急いで車に乗り込みエンジンをかける。....しかし、車は妙な音を出すばかりで動こうともしない。


「あぁ!!くそッ!!さっき酷使しすぎたせいで..!!」


凛は悔しそうに車をたたく。そして落ち着きを取り戻すために一呼吸置き、車から降りる。


「霧島..私はこれから警察署に行き、すぐさま応援を連れてくる。その間、くれぐれもこの【穴】の中に入るなよ!!」

「お、おう...。」


普段冷静な凛がここまで切羽詰まっている様子に、雷人は改めて事態の深刻さを実感する。


「そして..もし【ヤツ】が出てきたときの為に、無線機と..これを渡しておこう。きっと役に立つはずだ。」

「ん....ん!?いや、凜さん!?これって..」


雷人が何かを言う間もなく、凜はすぐさま飛び去ってしまった。靴にでも力を込めて反発力を高めているのだろうか。常人には到底出来ないほどのジャンプをし、屋根伝いに移動していく。

雷人は渡されたものに納得がいかず、大声で凜を呼び戻そうとした。


「おい、凜さん!待てって!」


だが、彼女はすでに雷人の声が届かないほど遠くへ行ってしまっていた。雷人はただ一人、朝比奈の変わり果てた姿を見つめたまま、呆然とするしかなかった。



雷人は自分のすべき事が見つからず、ただただ朝比奈の遺体を眺めることしか出来なかった。朝比奈は優しく、誰とでも分け隔てなく接する人だった。そんな彼女が、人生の終わりという、最上級の非現実に巻き込まれて良いはずが無かった。


「....クソっ!!」


悔しさのあまり、壁にこぶしを打ち付ける。痛みが返ってくる。だが、朝比奈が受けたであろう痛みに比べれば、どうという事は無いのだろう。怒りのぶつけようの無い無常さに、雷人は更に苦しむ。

ふと、雷人は目の前に位置するワープホールに目をやった。奇妙なほど白色に輝くそれは、一種の気味悪さを感じる。だが、今の雷人にとって、そんな事はどうでもよかった。


「この奥に..真優は..犯人はいるのか..?」


凜さんはここに入るな、と真剣な表情で忠告していた。だが、こんな所で何もせず突っ立っているくらいなら、今自分だけでも突入することで、真優を助けられる確率が上がるのかもしれない。


「...ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!どうすれば良いんだ!?」


髪をくしゃくしゃにし、大きく悩む。ここでの選択肢によって、下手すれば今後一生後悔する可能性もあるかもしれない。雷人は、これからどうするべきなのか決めあぐねていた。

すると――


ドクン……ドクン……


突然、雷人の意識が揺らぎ、体の奥から奇妙な感覚がこみ上げてくる。


(なんだ、この感じ……!?)


次の瞬間、彼の中に眠っていた別の魂が目覚めた。


【飛べ】


雷人の意識が黒く染まり、次に気づいたとき、彼は――時空の歪みへと足を入れていた。入る瞬間、歪みの色が紫色に変わった気がした。


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夕日の光に目が覚める。どうやら、自分は倒れていたらしい。まだぼんやりとする意識を覚まさせ、立ち上がる。ふと周囲を見渡すと、雷人は自身が抱えていた違和感の正体に気付く。


「ここって..うちの高校の図書館!?」


さっきまで外にいたのに、なぜ自分は今ここにいるのか。そもそも、さっきまで夜だったはずなのに、なぜ今はまだ太陽が昇ったままなのか。様々な疑問が発生する。

....だが、そんな疑問など、雷人にとってはどうだってよかった。まるで導かれるように、受付の方へと歩みを進めていく。今最も会いたかった人が、そこにいたからだ。


「...真優...?」


そこに立っていたのは、紛れもない、鈴本真優本人であった。彼女は今本の貸し出し記録を確認している。


「真優..。よかった..無事で..。」


安堵からか、ぽろっと言葉を呟く。だが、何か違和感がある。さっきから近くに立っているのに、彼女は一向に雷人に気付く気配がない。どれだけ呼びかけても、真優は一向に反応しなかった。


「おーい、真優?さすがに冗談きついぞ?」


痺れを切らし、雷人は受付の中に入り、真優の肩に手を置こうとする。

――だが、雷人の右手は、置く場所を見つけることはできなかった。手は、真優の身体をすり抜けたのだ。


「え...うわぁ!?」


突然のことに驚き、後ろに下がってしまう。だが、今度は自身が受付のカウンターの中に入ってしまう。


「これ..真優じゃなくて、俺が透明になっているのか..?」


少しずつだが、今いる世界の全容を掴み始めていた。どうやら真優から見れば、雷人自身の姿は認識できないらしい。そして、真優の状況、夕日の光が照らされている状況から、今いるのは数時間ほど前の【過去】なのだと推測することが出来た。


「過去..ということは、真優と...朝比奈に何があったのか知ることが出来るってことか。」


そうと分かり、彼は余計な事はせず、静かに成り行きを見守ることに決めた。

ライムギです!今年の春は花粉が非常に多いようですね...。私も目や鼻が花粉にやられて、今年はかなり苦しみました。皆さんも花粉には気を付けて、もう少しで終わる花粉シーズンを乗り越えましょう!

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