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Chapter1 【覚悟】 1-1

陽の光刺す車内にて、【渡辺】という名札を下げた男はどこかに電話をかける。


「...もしもし。」


電話越しから、落ち着いた女性の声が聞こえる。


「はい、渡辺です。」

「渡辺..目標地点には到達したか?」

「ええ、既に準備は整っています。」

「もうじき、この道を【ヤツ】が通る。こうして君に直々に指令を飛ばすこととなり、申し訳無い。」

「いえ、気になさらないでください!私も、同僚達も、貴方からの指令であれば喜んで引き受けます!」

「..感謝する。」


渡辺の言葉に女性がフッと笑ったかのように思うと、電話は切れてしまった。


「必ず..貴方のご期待に応えて見せます...巡査部長!」




入学式の日から1週間。新しいクラスで友達も出来、そんな友達や鈴本真優と一緒にお昼ご飯を食べたり、他愛もない話で盛り上がったりする。


『キーンコーンカーンコーン...』


終業を知らせるチャイムが鳴り、担任の先生が諸々の説明をする。


「じゃ、委員長..号令。」

「はいっ!起立!気をつけ!礼!!」


委員長の朝比奈美玲が先生に合図を振られ、声高く号令をする。ここまでがこの学校の、この教室での日常である。霧島雷人にとってその日常は、あくびが出てしまうほど退屈な物。だが、限り無く愛おしい物でもあった。


「真優~。一緒に帰ろうぜ~。」


いつものように、幼なじみの真優と一緒に帰ろうと誘う。いつもであればそんな雷人の誘いに、真優は快く乗るはずであった。だが、今日という日は、雷人が思い描く【日常】では無かった。


「雷人..ごめんね。今日は最終下校時刻まで図書室の受付をしないといけないんだ..。」


真優は申し訳なさそうにそう伝える。彼女は本好きということもあって図書委員会に所属する事を決めたのだ。確かに、普通であれば図書室の受付をすることは当たり前のように思える。だが、雷人には一つ疑問点が浮かんだ。


「受付..?でもさ、真優って入学してからまだ1週間しか経ってないんだろ?そういうのって先輩たちの仕事じゃないのか?」

「実は、元々今日担当だった先輩が風邪で休んじゃって..代わりに私が代理を頼まれたんだ..。」


雷人は、またいつものように真優が断れない性格が故に面倒事を押しつけられたのではと推測する。それに文句の一つや二つ言いたくなったが、今はぐっとその言葉を飲み込む。


「そっかぁ..なら終わる時間まで俺も待とうか?下校時間も18時だし、女子が1人じゃ危ないだろ?」

「ううん、それだと雷人に悪いよ..家までは近いし、雷人は先に帰ってて。」

「分かった。でも、気をつけろよ!」


笑顔を浮かべながら、真優の頭をわしわしと撫でる。真優は最初こそ少し驚く様子を見せるが、すぐに内心嬉しそうな表情をする。雷人はふと、もう一つの【非日常】について思い出す。


「そういえば..今日は朝比奈の姿が見えないな。いつもなら教室で誰かと話してるはずなのに。」

「朝比奈さん、さっき廊下から誰かに呼ばれてたよ?多分他クラスの男子だと思う。」

「なんだろうなぁ..同じ委員会の打ち合わせとか?」


雷人の的外れな意見に、真優は内心(鈍感だなぁ..)と思いながら、自分の推測を語る。


「朝比奈さん、まだ委員会に入ってないって言ってたよ?多分、告白なんだと思う..。」

「告白ぅ!?やっぱクラスの人気者って違うなぁ..。」

「朝比奈さん、私と違って可愛いし話し上手で明るいし....スタイルも良いし..。それに、学級委員長に立候補してクラスの中心に居るから、目立つと思う..。」


真優は一瞬暗い表情をするが、霧島はすぐに親指を立て励ます。

「大丈夫だって!真優も十分可愛いから!」

「も、もう//...そろそろ受付開始時間だから行くね!!」

「おう!頑張れよ!!」


雷人は大きく手を振り、教室から出る真優を見送る。

一度深呼吸をし、雷人も自分のカバンを勢いよく背負う。


「よしっ!俺も帰るか!」


自分自身に言い放つように言葉を発し、教室の扉を開ける。

廊下に出ると、近くの方で2人の男女が話している。雷人は話している女子の方に見覚えがあった。


「...朝比奈..?」


朝比奈はいつもの緩い雰囲気で相手の男子と話している。だが、その声にどこか負の感情が混ざっている事に、雷人は気づく。





放課後となり、誰かに呼ばれて廊下に出てみればこのザマだ。


「朝比奈ちゃ~ん?暇だったら俺とカラオケ行かない?」


この男も【同じ】だ。私はただ皆と仲良くなりたいだけなのに、その結果がこうだ。明らかに下心を見せてくる男がこうして私に言い寄ってくる。自分の性分はよく分かってるし、こんな状況になることも予測はしていた。昔からこうやって同年代の男が露骨に言い寄ってくる事が沢山あった。そのたびに、誘いに応じないよう、そして、嫌われないように必死に言葉を紡いできた。今回も同じ。まずは笑顔を崩さず、相手の素性を探る必要がある。


「えっと..君は誰かな..?」

「もしかして俺の事分からない?俺はB組の○○。A組にだって何度か遊びに来てただろ?」


その言葉を聞いて思い出した。この人、A組に居る友達に会うという名目を使いながら、ちらちら私の方を見ていた。きっと、その時から狙っていたのだろう。彼の名前にも心当たりがある。彼はB組の副学級委員長でありながら、その持ち前の陽気さで学級委員長の立場を喰い、クラスの中心人物になっていると、A組でも噂になるほどだった。


「○○君、誘ってくれるのは嬉しいんだけど、今日はちょっと用事があるんだ。ごめんね!」


昔からこういったテンプレートを使いデートのお誘いを躱し続けた。こう言っておけば大抵の人達は詮索することが出来ず、諦めてくれる。だが、今日の人は違った..。


「えぇ~。朝比奈ちゃんノリ悪いよ~?俺と遊ぶよりもその用事の方が大事?」


全く引かない。私の事情を全く考えず、自分の都合だけ押しつけてくる。ここで引いてくれれば一定の良心は評価しようとも思ったが、彼にはその良心の欠片も無かったようだ。


「○○君..ごめんね、私そろそろここから離れないと..」

「えぇ..ちょっとくらい良いじゃん!けちくさいな~。ほら!ちょっとだけなら大丈夫だろ!!」


そう言うと、彼は私の腕を掴み、私が逃げられないようにした。怖い。男の人の手は大きくてゴツゴツとして、そして力強かった。一瞬、助けを呼ぼうと考える。

..だが、そんな事をしてもきっと意味は無い。【あの時】だって、私は泣いて必死に助けを呼びかけても、皆見て見ぬふりをし、その場をそそくさと離れてしまった。結局、私を助けてくれるのは【コレ】しか無いようだ。出来れば高校生活中は使いたく無かったが、こんな状況になっては仕方ない。私は空いた手をカバンの中に入れ、目当ての物に触れる。


(やっぱり、私を助けてくれる人なんて居ないのかな..ごめんね..)


心の中でそんな言葉を口にし、物を取り出そうとする。だが突如、男の手が私の腕から離れた。恐怖で無意識のうちに目を瞑っていた自分には、何が起こったのか分からなかった。状況を確認するために、私は静かに目を開ける。

視界には、男の腕を掴むもう一つの手があった。見覚えのある手。


「あっ...」


ふと、口から言葉が漏れる。誰の手かなんて一目瞭然だった。それでも、自分の中に眠る恐怖から解放されたくて、【彼】を一目見ようと、目線はそちらに動いていく。


「お前..何のつもりだ..?」

「流石にこれは見過ごせない。朝比奈が嫌がってるって分からないのか?」

「はぁ!?お前何様のつもりだ!!」

「こいつのクラスメートだ。それより..早く離れてくれないと、俺ももっと力を込めるぞ?」


【彼】が男の腕を掴む手に力がこもる。


「痛い痛い痛い!!分かった!離れるから!!さっさと手を離してくれ!!」


手を離すと、男は腕をさすりながらそそくさと逃げ帰ってしまった。




去って行く男の背中を眺めながら、雷人は内心冷や汗をかいていた。


(や、やべぇ..ちょっとやり過ぎちゃったか..?というか俺、報復受けちゃったりしないかな!?)


思考が頭を巡るが、心は第一の目的は忘れていなかった。雷人はすぐに朝比奈の様子を確認する。


「朝比奈..?大丈夫か?」


朝比奈はしばらく雷人をじっと見ていたが、その後彼に泣きついてしまう。


「ふえぇぇぇぇぇぇぇん!!怖かったよ~!!」


突然自身の胸に顔を押しつけられた事に戸惑い、雷人は何もすることが出来なかった。

朝比奈は少し落ち着いたのか、雷人の胸から顔を離す。


「霧島君..ありがとう..。」

「気にするなよ。それと..怪我は無いか?腕、痛んだりしないか?何なら保健室に包帯取りに行こうか?」

「あはは、そこまでしなくて大丈夫だよ~。」


雷人の冗談に、朝比奈は、自分が自然に笑えていた事に気づく。


「じゃ、俺はそろそろ帰るから、何かあったらいつでも頼れよ~!」

「うん!また明日!!」


雷人は手を振りながらその場を離れる。


「霧島君..」


去りゆく彼の背中を見て、朝比奈の口から自然と彼の名前が出てきた。




雷人は通学路を歩きながら、さっきの出来事を振り返る。


(今の時代の告白って流石にあそこまで積極的じゃないよな..?あれはやり過ぎだよな..?)


恋愛について鈍感な彼は、的外れな考えを巡らせている。そんな彼に突っ込む人は、今この場に居ない。

沈もうとする日が自分を照らし、隣に大きな影を作る。公園で遊ぶ子供の声、電柱に集まるカラスの声。誰とも話さず帰るというものはとても珍しく、普段彼がしっかり聞くことのない声も、今の彼にはスーっと入ってくる。


そんな日常の風景から幸福感を覚える彼の後ろから、そんな日常に不釣り合いなパトカーが接近し、自分の側に止まる。何事かと考え込む雷人をよそに、パトカーのドアが開き、警官が姿を現す。


「こんにちは。君が霧島雷人君かな?」

「え、あ、はい。」


警官は胸ポケットから警察手帳を取り出し、自分に見せつける。


「朱葉町警察署所属の渡辺だ。申し訳無いが、少しご同行をお願い出来るだろうか。」

「え!?なんで!?俺何も悪いこと..


そう言いかけた時、雷人の頭の中に先ほどの光景が浮かぶ。まさか、さっき男の腕を掴んだときに怪我をさせてしまって、傷害として訴えられたのだろうか。だとすれば、今少しでも抵抗の意志を見せればたちまち不利になる。真偽は不明だが、確実にそれを否定出来ない以上従う以外の選択肢など無かった。


「分かりました..どうぞ煮るなり焼くなり好きにしてください..。」


雷人はそう言い、自身の両手を警官の方に差し出す。だが、警官の方はどこか困った様子だ。


「えっと..手錠はかけないよ?ただ、移動したいから、パトカーに乗ってくれるかな?」


本来逮捕であるならばかけられるはずの手錠が無い事に疑問を抱きながらも、雷人はおとなしくパトカーに乗る。渡辺という名の警官も運転席に座り、エンジンをかける。


「シートベルトはしっかり締めていてね。」


そう伝え、車は走り出す。普段歩く通学路からどんどん離れていってしまう光景に、雷人は少しもの悲しさを覚えてしまう。いったい何の目的で警察のお世話になるのか、これから自分はどうなってしまうのか、窓の外の光景をぼんやり眺めながら考える。パトカーは、夕日に照らされた道を走り続ける。

閲覧していただきありがとうございます!日常の中に潜む非日常。そんな世界を描写できればと思います!

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