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Epilog 【未来】 6-4

コンビニの袋を手にした霧島雷人、朝比奈美玲、朝比奈迅、そして奏の四人は、静かに病院の廊下を歩いていた。


静けさが廊下に広がり、点灯された照明が足元を淡く照らす。


コンビニのビニール袋がわずかに揺れ、カサリと小さな音を立てるたびに、雷人はふと、さっきの会話を思い出していた。


(……アイツは、俺のこと……)


しかし、その考えを振り払うように、雷人は軽く首を振った。


(いや、考えても仕方ねぇ。今は……それより。)


廊下の奥にある病室の前までたどり着き、雷人は小さく息を吐く。


コンコン


軽く扉をノックし、ゆっくりとドアを開ける。


「戻ったぞー。」


病室の中に広がるのは、柔らかな静けさ だった。


そこには、すでに積もる話を終えた三人――鈴本真優、鈴本紫音、そして鈴本凜 の姿があった。


病室は、先ほどよりも穏やかな空気に包まれていた。


真優はベッドに腰掛けており、その隣に車椅子の紫音が、そしてソファに凜が座っている。


雷人たちが戻ってくると、真優は ふわりと微笑んだ。


「……おかえり、雷人。」


「おう。」


美玲と迅も部屋へ入り、それぞれ手にした飲み物を配り始める。


「はい、真優ちゃんにはミルクティー!」


「ありがとう、美玲ちゃん。」


「紫音様もどうぞ。温かい紅茶、買ってきました。」


奏が優しく差し出すと、紫音は 微笑みながら受け取る。


「ありがとう、奏。」


そんなやり取りを見ながら、雷人はふと、凜の方に視線を向けた。


――彼女の目元には、わずかに涙の跡が残っていた。


(……泣いてたんだな。)


紫音と向き合い、母としての温もりに触れたのだろう。


だが、雷人は何も言わなかった。


彼が言葉にするまでもなく、凜は今、少しだけ穏やかな表情をしている。


「……雷人?」


真優が不思議そうに彼を見上げる。


「あ? ……いや、なんでもねぇよ。」


雷人は 軽く頭をかきながら、適当に流した。


「それより、凜さんにも、これ。」


そう言って、凜に彼女の好きなホットコーヒーを渡す。


「あぁ、ありがとう。」


「おう。」


――こうして、再び全員がそろった病室には、ゆるやかな温かさが戻っていた。


だが、雷人の心の奥には、ひとつの疑問が残る。


(……本当に、‘それだけ’ なのか?)


彼の答えが見つかるのは、もう少し先のことだった。


病室の窓から、昼の暖かな陽射しが差し込んでいた。カーテンがゆらりと揺れ、光がまるで水面のように壁や床へと反射する。


コンビニで買ってきた飲み物を受け取った真優が、ストローを差して小さく口をつける。


「……ん、美味しい。」


どこかほっとしたような声だった。


雷人は、そんな真優をちらりと見た後、何気なく周囲を見渡す。


病室にいる全員の表情は、先ほどよりも穏やかになっていた。

紫音は、真優の隣で静かに微笑んでいる。


凜は、先ほどまでの感情を表に出すことなく、いつもの冷静さを取り戻していた。


そして、美玲と迅、奏も、それぞれリラックスした様子で過ごしている。


(……やっと、落ち着いたな。)


雷人はペットボトルのキャップを開け、一口水を飲んだ。喉を潤しながら、ふと、紫音の方へと視線を向ける。


「……鈴本さん」


紫音が優しく微笑む。


「紫音でいいわよ、雷人君。」


「……じゃあ、紫音さん。」


雷人は少しだけ気を引き締めた表情になる。


「改めて……戻ってきてくれて、ありがとうございました。」


その言葉に、真優が雷人の方を見る。

凜も目を閉じたまま、静かに聞いていた。


「アイツ――黎に囚われてたって聞いた時は、正直、信じられなかった。けど、今こうして目の前にいるってことは、本当に、全部終わったんだって実感する。」


紫音はゆっくりと頷いた。


「……こちらこそ、ありがとう。雷人君がいなかったら、私はここに戻ることすらできなかった。」


雷人は少し照れくさそうに鼻をこする。


「でも、俺だけの力じゃない。真優が..みんなもいたからな。」


「それでも……あなたの力が、大きな光になったのよ。」


紫音はそう言いながら、ゆっくりと雷人を見つめる。


「雷人君。あなたは、真優のことを守ってくれたのね?」


「……そりゃ、当然です。」


雷人は肩をすくめるようにして答えた。


「アイツは俺の大事な相棒だからな。」


真優が、雷人のその言葉に少し驚いたように目を見開く。


そしてすぐに、彼女はそっと目を伏せ、小さく微笑んだ。


「……うん。ありがとう、雷人。」


その柔らかな笑顔を見た瞬間、雷人の心にほんの少しのざわめきが走る。


(……美玲の言葉を思い出してんのか、俺。)


雷人は無意識に視線をそらし、水をもう一口飲む。


紫音はそんな彼の微かな動揺を察したのか、それ以上は何も言わなかった。



話題を変えるように、雷人は真優の方を見る。


「ところで..真優は悪魔の力を制御できたんだろ?それは凄いけど、結局こうやって倒れるほど消耗してるんじゃ、やっぱり心配だ。」

「……それは……。」


真優は小さく肩をすくめる。


凜が静かに口を開いた。


「……確かに、真優は危険だった。でも、あの場で最善の選択をしたのも事実だ。」


雷人は目を細める。


「それでも、お前たちに何かあったら……俺は、困る。」


不器用ながらも、雷人なりの想いが滲んだ言葉だった。


真優は驚いたように彼を見つめる。


美玲と迅、奏も、その言葉を静かに受け止めていた。


紫音が、柔らかく微笑む。


「……雷人君。あなたは、本当に優しいのね。」


「……優しいとか、そういうんじゃねぇよ。」


雷人はそっぽを向いた。


「ただ、真優が無茶するのは……見てられねぇだけだ。」


真優はその言葉に、胸が温かくなるのを感じた。


そして、そっと手を握りしめる。


「……うん。気をつける。」


そう言った真優の表情は、どこか柔らかく、けれどしっかりとした決意が見えた。


病室に差し込む陽射しが、ほんのりと暖かさを増していた。


雷人は、その光を浴びながら、少しだけ心を落ち着かせる。


(……まだ答えを出す時じゃねぇ。)


今はただ、穏やかに流れる時間の中で、仲間たちと過ごすことが何よりも大事だった。



病室に穏やかな空気が流れる中、迅はふと腕時計に目を落とした。


「……っと、ヤバい。」


彼は小さく呟くと、急に立ち上がった。その動作に、雷人や真優たちが驚いて顔を上げる。


「迅さん?」


「メンバーとの打ち合わせ、そろそろ始まるんだった!」


迅は少し焦った様子で頭をかきながら、急いでギターケースを肩にかける。


「ちょっと急ぐわ!」


「……でも、もうお兄ちゃんは歌えないんじゃ……?」


美玲が心配そうに尋ねると、迅は少しだけいたずらっぽく笑った。


「まぁな。でも、公表してないだけで、ボーカルの後継者はもう決まってるんだよ。」

「えっ……?」


「瑠華が引き継いでくれることになったんだ!アイツの声、いい感じなんだよなぁ。」


美玲の目が驚きで見開かれる。


「瑠華さんが……!? すごい! でも、それならお兄ちゃんは?」


迅は不敵な笑みを浮かべ、手に持っていたギターケースを軽く叩く。


「俺は、ギターを極めるさ! どうせ楽器持ってるなら、最高のプレイしないとな!」


その言葉には、かつて歌を失ったことを嘆いていた頃の暗さは微塵もなかった。今の彼は前を向いている――新たな道を進むために。


「ってことで、そろそろ行くわ!」


そう言うが早いか、迅は勢いよく病室の扉を開け、駆け出していった。


「ちょ、ちょっと待って!」


美玲は慌ててバッグを掴むと、兄を追いかけるように病室を飛び出す。


「はぁ……相変わらずだなぁ。」


雷人は呆れたように腕を組み、肩をすくめる。


真優は微笑みながら、扉の向こうを見つめていた。


「でも……良かった。迅さん、前を向けて。」


紫音と凜も、それを静かに見守っていた。


病室の外には、昼の陽射しが変わらず穏やかに降り注いでいた。

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