Chapter5 【決着】 5-5
雷人は倒れた真優をしっかりと抱きかかえた。
直後、今まで見えていなかった周囲の異変に気づいた。
「なんだよ、これ……!」
観客席のあちこちから、異様な植物が生え広がる。
黒々とした棘のあるツルがうねりながら客席を這い、逃げようとする人々を絡め取ろうとする。
天井からも巨大な花が開き、不気味な光を放ちながら胞子のようなものをばら撒いていた。
「ッ……!」
雷人は すぐに鼻と口を布で覆う。
何か有毒なものが混ざっているかもしれない。
「おい、みんな! 息をするな!」
瑠華や楓花たちは迅を抱えながら 植物の猛威を回避しようとしていた。
しかし、美玲は迅のそばを離れようとしない。
「お兄ちゃん!お願い、しっかりして!」
迅の首元にはまだ傷が残り、声を発することができない。
美玲の手は震え、涙をこぼしながら必死に迅の傷を押さえている。
黎は空中で不敵な笑みを浮かべ、
「……くだらないな、まったく」
と言い捨てると、天井の花から更に胞子がばら撒かれた。
植物へと吸い込まれるように消えた胞子は、次々と新たな脅威 を生み出していく。
観客席に絡みついた植物の中から、異形の怪物たち が 次々と誕生し始めた。
「……ッ! やばいな……!」
雷人は真優をしっかりと抱えながら、黎を睨みつける。
凜もまた、黎を追い詰めるべく動こうとするが――
「雷人!」
凜は 雷人に視線を向けると、すぐに叫んだ。
「早くっ!!真優を安全な場所に!」
「でも……!」
「お前が守れ!ここは私が何とかする!」
雷人は 一瞬迷った。
だが、すぐに頷き、真優を抱えたまま安全な場所を探し始めた。
その間も、植物の暴走は激しさを増していく――。
黎は空中から笑いながら凜を見下ろし、煽るような口調で言い放った。
「フン……"正義の味方"を気取っている割には、人民の命を見捨てるのか? それとも、目の前の戦いに夢中で、あの哀れな民衆の叫びが聞こえないのか?」
観客席では、依然として暴走する植物が人々を絡め取り、異形の怪物たちが逃げ惑う人々を追い詰めていた。
必死に助けを求める声が響き渡る中、黎の言葉には確かに嘲りの色が混じっていた。
しかし――
「フッ……」
黎の皮肉を受けたはずの凜は、逆に笑みを浮かべた。
その余裕の表情に、黎は 一瞬違和感 を覚える。
「何がおかしい?」
「いや。お前って、思ったより"頭が回らない"んだなって」
「……何?」
黎が眉をひそめた その瞬間――
ドォォォォン!!!
会場の出口を覆っていた巨大な植物のツルが、爆発するように吹き飛んだ。
そして、その破壊された入り口から、完全武装した部隊が突入してくる。
「総員っ!!制圧開始!!」
鋭い声と共に、凜の部下たちが一斉に動いた。
「なっ……!?」
黎が驚きに目を見開く間にも、武装警察隊は次々と植物や異形の怪物たちを撃破していく。
「な、なんだ……!?一体どこから――!」
「"どこから"じゃない。最初から準備していただけさ」
凜は 静かに構えながら言った。
「お前がここを襲った時点で、私はすでに部隊に出動命令を出していた」
黎は その言葉の意味を理解し、舌打ちする。
「……なるほどな。つまり、"俺がやることすら読まれていた"ってわけか?」
「まあ、だいたいはな」
「クク……ふざけるなよ」
黎は苛立ちを滲ませながら、力を込めて拳を握りしめる。
しかし、すでに状況は 黎にとって不利 になりつつあった――。
雷人が真優を抱え、安全な場所へと移動しようとしたその時――
「……ん……」
真優がかすかに瞼を震わせた。
「真優……! 大丈夫か!?」
雷人が声をかけると、真優はゆっくりと目を開けた。
意識はまだ朦朧としているようだったが、それでも彼を見つめ、小さく微笑んだ。
「……雷人……ありがとう……」
その時、雷人の視界に 異変 が映る。
(……角の色が……変わってる!?)
暴走していた時は、白かったはずの角が、淡い紫色へと変わっていた。
まるで 真優自身の意志が、それを塗り替えたかのように。
真優は曖昧な意識の中で、かすれた声で言葉を紡ぐ。
「……私、ようやく気づいたの……」
「気づいた? 何にだ……?」
「……私の力の"目的"に……」
雷人は真優の言葉の意味を理解できず、困惑しながらも彼女の顔を見つめた。
だが、次の瞬間――
ふと、真優の か細い指 が雷人の頬に触れる。
「……ねぇ、雷人……」
「……?」
真優の瞳が、淡い光を宿す。
「……お願い……私の..力を受け取って……」
雷人がその言葉の意味を問う間もなく――
ふわりと、真優の唇が、雷人の唇に触れた。
雷人の目が大きく見開かれる。
(――!?)
触れた瞬間、雷人の身体にこれまで感じたことのない力が流れ込むのを感じた。
熱く、それでいて穏やかで、どこか懐かしいような感覚。
「っ……!」
雷人の心臓が激しく高鳴る。
目を閉じたままの真優の顔は、まるで何かを託すように優しく、どこか切なく微笑んでいた。
そして――
「……お願い、雷人……お姉ちゃんを、皆を..たす..け..て..」
そう呟いた直後、真優の意識は 完全に途切れた。
雷人は、腕の中で力を失った彼女を 強く抱きしめる。
(……真優……!)
だが、確かに彼の中には、新たな力が宿っていた。
それは 真優が託した"想い"の力。
雷人は拳を握りしめ、静かに顔を上げる。
「……分かったよ、真優」
そして、立ち上がり――
「今度は、俺が……皆を守る番だ!!」
雷人の瞳に、かつてない強い決意の炎が宿るのだった。
雷人の腕の中で、真優は 静かに眠っていた。
彼女の顔は穏やかで、まるで すべてを託し、安心しきったかのような表情 を浮かべていた。
「……真優」
雷人は、彼女の体温を感じながら 強く拳を握る。
真優が託した力の意味はまだ分からない。
けれど、それでも――
(……今度は、俺が守る番だ)
そう決意した。
その時、美玲が雷人の元へ駆け寄ってくる。
「っ!?霧島君!真優ちゃん!よかった..早くここから離れよう..!!」
「...朝比奈...真優を頼む」
「...えっ?霧島君はどうするの?」
「俺は..黎を倒す。倒さなくちゃいけないんだ...!!」
「っ!?」
美玲は、そんな雷人の言葉に、危険を感じていた。
「危ないよ!!」、「死んじゃうかもしれないよ!!」。彼を止める言葉を紡ぐのは、簡単な事だ。
だが、彼の決意に満ちた目を見たとき、そんな言葉は飲み込まざるをえなかったのだ。
美玲の瞳には涙が滲んでいた。
「...分かった。でも、お願いだから……霧島君も無茶しないで……!危ないって思ったらすぐ逃げてね!!」
「……ああ」
雷人は小さく頷く。
すると、美玲はポケットからスタンガンを取り出し、雷人に差し出した。
「これ……! 役に立つか分かんないけど……!」
「……っ!!貸してくれ」
雷人はそれをしっかりと握りしめる。
「助かる。……ありがとな、朝比奈」
「ううん……! でも、絶対に戻ってきてね……!」
美玲は涙を拭いながら、雷人の背中をそっと押す。
その時、瑠華、修生、楓花、そして迅までもが雷人の元へと集まった。
瑠華が微笑みながら、雷人の肩をポンと叩く。
「アンタなら、きっとやれる。信じてるよ!」
修生はサングラスを押し上げ、真剣な表情で言葉を紡ぐ。
「……今の状況でお前以上に黎に対抗できる奴はいない。だから、頼んだぞ!」
楓花は腕を組みながら、苦笑いを浮かべる。
「いつも無茶ばっかするくせに……今回ばかりは応援するしかないわね。皆の事をお願いね、雷人君!」
そして――
迅が、喉を切られた状態のまま 震える手で雷人の肩を掴む。
「……っ」
彼は何かを言いたそうに口を開くが、声が出ない。
それでも、その必死な眼差しが何よりも強いエールだった。
「迅さん……! 大丈夫です」
雷人は、迅の手をしっかりと握り返す。
「……貴方の想いは、ちゃんと受け取りました!!」
全員の熱い視線と想いが、雷人の背中を押す。
雷人は力強く頷くと、決然とした表情で前を向いた。
「……行ってくる」
そして――
雷人は、黎の元へと歩みを進めるのだった。
「面倒な真似をしてくれたな。だが..これで終わりだ」
黎の冷酷な声が響く。
空間に禍々しい瘴気が渦巻く中、 膝をついた凜の前に、漆黒の爪が振り下ろされた。
その瞬間――
「……ッ!」
轟音とともに、雷が弾ける。
黎の攻撃は、雷の光によって弾かれた。
「……何?」
黎が眉をひそめた刹那、凜の前に雷人が立っていた。
全身に雷を纏い、静かに黎を睨みつけている。
「凜さん、もういい」
雷人は 振り向かずに言う。
「ここからは俺がやる」
「……雷人」
凜は驚愕する。
今までの雷人とは 明らかに違っていた。
纏う雰囲気も、佇まいも。
――まるで、戦場に立つ本物の英雄のようだった。
黎は 目を細め、不敵に微笑む。
「……ほう? お前、何か力を得たようだな?」
雷人は 拳を握る。
身体中を駆け巡る雷のエネルギー。
これまで感じたことのない力が、確かに自分のものになっていた。
(……真優の力)
唇が触れた瞬間、雷のような衝撃が体に走った。
今なら分かる。
――真優が俺に力をくれたんだ。
「凜さん、観客席で部下の指揮をお願いできますか」
雷人は静かに言う。
「ここは、俺に任せてください」
凜は、一瞬迷いを見せた。
(雷人を……こんな危険な相手に向かわせるのか……?)
彼女の中にある強い責任感が、雷人を止めようとする。
だが――
(……違う)
雷人の瞳を見た瞬間、凜は理解した。
(この目は――英雄の目だ)
決意を固めた者の目。
もはや、誰も止めることなどできない。
「……分かった。だが..一つだけ言っておく」
凜は静かに立ち上がる。
「...死ぬなよ。お前が死んで、心の底から悲しむ人が居る事を忘れるな」
「……ええ」
雷人は微笑み、凜を見送った。
そして――
雷人と黎、二人の戦いの幕が、今上がる...!!