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Chapter5 【決着】 5-4

雷人が真優の名を叫ぶのと同時に、凜は迷うことなく黎の前に立ち塞がった。

静かに息を整え、目の前の敵を鋭い目つきで睨みつける。


「……それ以上、真優に近づくな」


その声音には、明確な殺意が込められていた。


黎はそれを楽しむかのように笑う。

「ははっ、いいねぇ。その目……お前は俺に殺意を向ける資格がある」


凜は応じることなく、一瞬で間合いを詰めた。


シュンッ――!!


空気が引き裂かれる音と共に、凜の鋭い蹴りが黎の脇腹を狙う。


だが、黎はそれを最小限の動きで躱した。


「遅いな」


黎はそのまま反撃するかのように、腕を変形させる。

指先が漆黒の刃へと変わり、獲物を斬り裂くかのように振るわれた。


ギィィンッ!!!


凜は即座に腕をクロスさせて防御。

そのまま後方に軽やかに跳躍し、距離を取る。


黎は余裕の笑みを浮かべた。


「まあまあな動きだな。だが――」


次の瞬間、黎の姿がかき消えた。


(――速い!?)


凜が反応した瞬間、背後から鋭い衝撃が走る。


「――ッ!!」


すんでのところで体を捻るも、黎の蹴りを完全には避けられず、脇腹に直撃する。

凜の身体がステージの端まで吹き飛ばされる。


だが、凜は空中で体勢を立て直し、すぐさま着地した。


「ほう、持ちこたえたか」


黎は腕を回しながら、余裕そうに笑う。


「鈴本真優を守るために命を張るか……素晴らしい心がけだが、無駄なことだ。お前に俺は止められないんだよ」


凜は言葉を返さない。

ただ戦闘に集中する 。


そして、再び踏み込む。


ガガガガッ!!!


打撃の応酬。

凜の拳と蹴りが、黎の防御を狙う。


だが、黎はそれらを紙一重でかわし続ける。


「おいおい、もっと本気を出せよ」


シュバッ!!!


突如、黎の手が 鋭い爪 へと変化し、凜の頬を狙って振るわれる。


「っ……!!」


凜は咄嗟に頭を傾けて回避する。

しかし、完全に避けきれず、頬に一本の傷が走った。


ピクリ


凜の眉がわずかに動く。


「ほぉ、ようやく血を流したな」


黎が楽しそうに笑う。


「どうやら、お前はまだ理解していないようだなぁ…… 俺との実力差を 」


ドンッ!!!!!


突如、黎の膝蹴りが突き上げられる。

凜は 肘で受ける も、衝撃は避けられず、後方へ吹き飛ばされた。


だが、その瞬間――


スッ……


凜は空中でバク転を決め、即座に着地する。


――しかし、黎は既に目の前にいた。


「遅い」


「――ッ!!?」


ガッ!!!


黎の拳が凜の腹部に突き刺さる。


「っ……!!」


強烈な一撃が凜の体を貫き、肺の空気が強制的に吐き出される。


そのまま、黎は凜の腕を掴み――

地面に叩きつけた。


ズドォォォン!!!


衝撃がステージを揺らす。


「ぐっ……」


凜の口から苦悶の声が漏れる。

黎は、そんな凜を見下ろしながら、満足げに言った。


「これでわかったか? お前は俺に勝てない。 」


凜はゆっくりと立ち上がる。


その瞳にはまだ闘志が消えていない。


「……なら……」


凜は拳を握り、低く言う。


「……勝てるまで戦うだけだ……!!!」


黎は楽しそうに嗤った。


「いいねぇ、だったら...もっと足掻けよ!!」


そして――戦闘はさらに激化する。


凜と黎が激しく戦いを繰り広げる中、雷人は観客席の瓦礫を押しのけながら、ゆっくりと立ち上がった。


「……っ、いてぇ……」


身体のあちこちが痛むが、それでも関係なかった。

ステージ上、苦しそうに身を捩る真優がいる。


白い角が生え、彼女の身体を中心に不気味な渦が巻き起こっている。

その姿は、雷人が知る真優とはかけ離れたものだった。


「――真優」


雷人は静かに彼女の名を呼ぶ。

そして、一歩、また一歩と迷いなく彼女へと歩み寄る。


ドゴォッ!!


突如、雷人の顔面に鋭い衝撃走る。

真優の手が無意識に動き、雷人を再度吹き飛ばそうとしていた。


だが――


雷人はまったく怯まない。


そのまま真優の細い身体を強く抱きしめた。


「――っ!!!」


真優の声は、震えていた。

まるで、心の奥底で「助けて」と叫んでいるかのように。


「真優……お前、泣いてるだろ」


雷人の腕は、決して緩まない。


ズドン!!!


雷人の背中に鋭い衝撃。

真優が無意識に彼を吹き飛ばそうと攻撃する。


それでも――雷人は びくともしない。


「……っ、うぁ……ぁぁぁぁぁぁ!!」


真優の声はかすれ、嗚咽混じりだった。


――そんな時だった。


雷人が静かに語り始めた。


「……覚えてるか?真優。俺たちが初めて会った時のこと」


真優の瞳が僅かに揺れる。



――5歳の頃。


あの日、真優は公園の隅っこにうずくまっていた。

周りの子供たちが遊んでいる中、彼女だけがぽつんと独りだった。


「……っ、うぅ……」


膝を抱え、顔を埋める。

いつものことだった。


友達だと思っていた子たちが、 気づけば自分を置いて去っていく。

声をかけても無視され、遊びに誘ってもはぐらかされる。


そんな孤独に、幼い真優は耐えられなかった。


――その時。


「おーい、何泣いてんだ?」


聞き慣れない明るい声。


顔を上げると、そこには知らない男の子が立っていた。


「え……?」

「なんかあったのか?」


真優は何も答えられなかった。

ただ、呆然とその男の子を見つめていた。


雷人は困ったように頭を掻く。


「うーん……泣くなよ。よし、俺が笑わせてやる!」


そう言うと、彼は 意味のわからない変顔 をしてみせた。


「……っ」


真優は 戸惑った。


「あれ?ダメか?じゃあこれは?」


今度は口を大きく開き、とんでもなく下手なモノマネを始めた。


「お、おおお、俺は……えーっと……近所に住む厄介カラスだ!!」

「……っ、く……」


真優の口から、くすっと小さな笑い声が漏れる。

それを見て、雷人の顔が パァッ と明るくなった。


「おお!笑った!」

「……ふふっ」


いつの間にか、涙が止まっていた。

空が、すこしだけ明るく見えた。



「……夕方だな」


雷人がふと、空を見上げた。


「そろそろ帰らなきゃ」


そう言って立ち上がる雷人の袖を、真優は無意識に掴んだ。


「……また、一緒に遊んでくれる?」


その言葉に、雷人は 大きく頷いた。


「もちろん!」

「絶対?」

「ぜっっっったい!」


雷人は 無邪気に笑った。


「だから、もう泣くなよ」




「……あの時、お前が言ったんだぞ」


雷人は、真優を抱きしめたまま囁いた。


「また一緒に遊んでくれるかって」


真優の肩が ピクリ と震える。


「俺は、お前に約束したんだ」


「絶対に、お前を一人にしないって」


「だから――もう泣くなよ。真優」


その瞬間。


――真優の中で、何かが崩れ落ちた。



雷人の言葉が、真優の胸に深く染み渡る。


あの日の記憶――。


夕焼けの下、泣いていた自分に手を差し伸べてくれた少年。

自分を笑わせようと、必死におどけてくれた少年。

「絶対にまた一緒に遊ぶ」と、まっすぐに約束してくれた少年。


その少年が、今も変わらず自分のそばにいる。

どれだけ力を振るっても、何度拒絶しても、

彼は決して離れようとはしなかった。


(……どうして……)


涙が込み上げる。

こんなにも傷ついているのに。

自分を助けようとするせいで、痛い思いをしているのに。


(……どうして、こんな私のことを……)


真優は自分自身を信じられなかった。

黎によって、心が砕かれるような絶望を味わった。

迅さんを助けられなかった。

自分はただの無力な少女で、何も守れなかった。


(――もう、ダメなんだ。)


そう思っていたのに。


「絶対に、お前を一人にしないって」


雷人の温かな声が、胸の奥にまっすぐ響く。

それはどんな絶望も貫くほどの強さを持っていた。


(……違う。)


雷人の腕の中で、真優の心が軋むように揺れる。


彼はずっと、変わらなかった。

どんな時も、自分を支えてくれた。

どんな状況でも、彼だけは傍にいてくれた。


(――私は、本当に一人じゃなかった……)


真優の瞳から、ぽろりと涙が零れる。

胸に張り付いていた冷たい絶望が、音を立てて崩れていくのを感じた。


「……雷人……」


震える声で、 彼の名を呟く。

その瞬間、真優の周囲に渦巻いていた凶暴な渦がふっと消滅する。


白い角が消え、彼女の身体はゆっくりと力を失った。

そして――


「――っ!」


真優は 雷人の胸に倒れ込み、意識を失った。

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