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Chapter4 【過去】 4-4

先ほどまでの激闘が嘘かのように静けさの伝わる地へ、一人の少年が足を踏み入れた。


「えーーっと...あの子は...あ、あったあった」


少年...【璋】は、かつて小屋の役割を務めていた木材の山から、一つの物体を取り出す。それは、先ほど鈴本凜によって破壊されたコアであった。


コアを見つけると、璋は携帯電話を取りだし、とある人物に電話をかける。


「もしもし~。無事、目当ての物を回収することが出来ました!」

「...そうか。ご苦労だった。それを持って直ちにアジトに帰還してくれ」

「了解しました」


通話が切れると、璋はコアを大事そうに抱えて、小屋だったものに背を向ける。


「...さ~て。帰ったらすぐに直すからね~~!」


赤き球体を抱きかかえながら、彼は帰路へと向かう事とした。



黎のアジトは薄暗い光に包まれていた。壁際に並んだ無機質なモニターには、つい先ほどの戦闘の映像が無音で繰り返し映し出されている。


凜の拳が力強くコアを砕き、ゴーレムが崩れ落ちる瞬間...

黎は深く椅子に腰を沈め、眉間にしわを寄せた。

拳を握りしめるその手のひらには、じっとりと冷たい汗がにじんでいた。


「また……邪魔された……」


低く呟いた瞬間、デスクにあったワイングラスが床に叩きつけられ、粉々に砕けた。


「また……邪魔されたんだ...。あの時と同じように...」


そう怒りをにじませた時、突如黎は頭を抱える。


「...ぐっ!?」


黎の脳裏に、封じ込めていたはずの記憶が呼び起こされる。

--------------------------------------------------

....小学校中学年の頃であっただろうか。

あの頃の黎は、ただの気弱で貧弱な少年だった。

背が低く、運動も苦手で、教室の隅で本を読むのが精一杯の自分。

...いじめの標的になるのは自然の流れだった。


「やーい、泣き虫レイ!」

「また泣いてるのかよ、ヘタレ!」


何を言われても、何をされても、自分は声を上げることもできず、ただ俯いていた。

だが、彼女だけは違った。


「やめなさいよ!」


ある日、後ろからランドセルを蹴られ、転んだ黎の前に、彼女は立っていた。


――真っ直ぐな瞳。

――強くて、優しい声。


「弱い人をいじめるなんて最低!次やったら、私が相手になるからね!」


彼女の名前は今でも覚えている。

さくら 奏美かなみ


同じクラスの幼なじみで、いつも黎をかばってくれた少女。

ある日、彼女の首元に銀色のロケットが光っていた。


「それ、きれいだね」

「おばあちゃんの形見で、中にはおばあちゃんとの写真が入っているの。いくら黎君でも、絶対に渡さないよ!」


そう言って、奏美は笑った。

黎にとって、その笑顔は世界で一番大切なものになっていた。


彼女の笑顔を見れるのであれば..彼女がこれからも一緒に居てくれるのならば、このまま虐められても良かった。

だが、幸せはたった一日で、音を立てて崩れてしまうものだ。

あの日も、山の中の校外学習で彼女は自分を守ろうとした。


「なぁ、桜。お前、レイのことが好きなんだろ?」


いじめっ子たちが奏美を取り囲んで笑っていた。

奏美は一瞬迷ったが、毅然と顔を上げた。


「...好きだよ!黎君はあんた達と違って優しくて、カッコいいよ!」


その言葉に、黎の心臓が跳ねた。


「へぇ?なら、そのロケット渡せよ。渡せばレイのこと、もういじめねぇからさ」


奏美は絶句した。

そのロケットは、彼女が亡き祖母から受け継いだ宝物。


「そんなの……できない……」

「ははっ、やっぱりな。結局口だけじゃん!」


いじめっ子たちが彼女をからかう。

奏美は泣きそうになりながらも、ロケットを握りしめた。


――それでも、彼女は結局、その手を震わせながらロケットを差し出した。


「...分かった。...だから、これ以上黎君をいじめないって、約束して……」

「おう、約束するって!」


ロケットを受け取った瞬間、いじめっ子は笑い声をあげ、地面に叩きつけた。


「やめて!」


奏美の悲鳴が響いた次の瞬間――


ガッシャアァン!


銀色に輝いていたロケットは、汚れた靴に踏み砕かれて、無残な形となった。そして..


「お、写真が入ってるじゃん!でももう土まみれで汚れてるし、ゴミと変わんねぇな!!」


そう言い放ち、そいつは写真すらビリビリに破り宙へとばら撒いてしまった。


「おばあちゃんの……ロケットが……写真が...」


涙を溢れさせる奏美を見て、黎は動けなかった。

だが次の瞬間、彼女はいじめっ子に飛びかかった。


「っ!!許さない!」


拳を振り上げ、必死に抗う奏美。

しかし――


「邪魔すんな!」


ドンッ――


いじめっ子が奏美を突き飛ばした。

背後には、木々が生い茂る傾斜。


「奏美ッ!!」


黎は駆け寄り、崖の端で必死に手を差し伸べた。


「奏美、僕の手を掴んで!早く!!」


その言葉に反応したかのように、奏美は手を伸ばした。

――あと少し。あと数センチで届く。


(お願いだ、掴んでくれ……!)


だが――

奏美の瞳に、悲しげな光が宿る。

そして、彼女はそっと黎の手を払いのけた。


拒絶。

黎の頭に、その感覚が焼き付いた。


「奏美....どうして……?」


次の瞬間、奏美の身体は重力に従い、傾斜を転がり落ちていった。

小枝が折れる音、岩にぶつかる音、そして最後に――


鈍い衝撃音。


崖の下で動かなくなった奏美の姿が、記憶に刻みつけられた。


黎は、暗く湿った路地裏に独り、膝を抱えていた。


あの日から、世界は色を失っていた。

校外学習の山で、奏美が崖下に消えていった光景が、まぶたの裏に焼き付いて離れない。何度も、何度も、夢に見る。

奏美が伸ばした手を振り払い、自ら命を絶ったあの瞬間。


(なんで……どうして、僕の手を……)


答えは、どこにもなかった。


いじめっ子たちは何事もなかったかのように日常を送り、教師たちはただ形式的な言葉を並べるだけ。奏美が命を落とした理由を知る者は、彼女を笑い、追い詰めた彼らだけだった。

そして、その光景をただ見ていた、何もできなかった自分もまた、その「加害者」だった。


「僕が……僕が弱かったせいで……」


唇を噛み締めると、血の味が口内に広がった。

人間は醜い。

いじめっ子たちは自分より弱い者をいたぶる。教師たちは無関心を装い、周囲はただ傍観する。

そして、自分は……無力に泣くだけの存在。


「奏美……君が犠牲になったのに、僕は...世界は何も変わっちゃいない……」


掠れた声が夜闇に溶ける。

この世界に、生きる意味があるのだろうか。


いや、ない。

この醜い世界を、奏美のいないこの現実なんて、必要ない。ここから逃げてしまえば、もう悲しむ必要もない。

黎は立ち上がり、震える手でポケットにあった折り畳みナイフを握りしめた。

冷たい金属の刃が、喉元に当たる。


「ごめんね……奏美……」


刃を突き立てようとした瞬間――


ギギギギギッ……!


頭の奥で、不快な音が響き渡った。


(な、何だ?)


視界が歪む。

痛みと共に、黒い霧が視界を覆い、全身が焼けるような熱に襲われる。


「ぐ、あああああああっ!」


叫び声を上げると、路地の壁がひび割れ、足元のアスファルトが沈み込んだ。

身体が変わっていく。

筋肉が膨張し、血液が煮えたぎるように体内を駆け巡る。


その時、耳元で声がした。


――憎いか?


「....あぁ、憎い……あいつらが……僕の無力さが……この世界が……!」


――力が欲しいか?


「欲しい……全てを、壊せる力を……!」


――ならば、お前に与えよう。我が力を。人を喰らい、技能を得る力を。お前が思う悲劇を終わらせるために。


「く、喰らう……?」


黎の背筋を冷たい何かが這い上がる。

その直後、身体を貫く激痛が頂点に達し、意識が暗転した。


気がついた時、黎は荒い呼吸を繰り返しながら路地に倒れていた。


「何だ……今の……」


その手は、見たこともないほど太く、力が満ちていた。

ふと、向かいの壁に誰かの姿が映る。


――いじめっ子の一人だった。


「あ……レイじゃん?こんなとこで何してんの?泣いてんのか? ははっ、マジで泣き虫だな!」


軽口を叩きながら近づいてくる少年の顔を見て、黎の胸に黒い感情が燃え上がった。


(こいつが……奏美を……)


こいつは奏美の心を踏みにじって、最後には彼女を崖から突き落として殺害した。人を殺しても尚、この男はいけしゃあしゃあと生きている。


「おい、レイ、お前――」


少年が言葉を言い終わる前に、黎は無意識にその首を掴んでいた。


「ひっ……が、がっ……!」


黎の指は鉄のような力で少年の喉を締め上げる。


「お前たちは……罪の意識もないまま、生き続けるのか?」

「ご……め……ん……」

「もう遅い。」


その瞬間、黎の手が熱を帯び、少年は突如消えてしまった。

捕食――そう、理解した。


(これが……『捕食』か。)


手を握ると、空気が唸る。

黎は笑った。


「これだ……この悪魔の力で、世界を滅ぼせる...!!」


今回は人間だったが、自分と同じ悪魔の力を持つ者を捕食すれば、自分もその力を得られる。黎は本能的にその事実を察した。


力を持たぬ者が虐げられる愚かな世界。

その世界を終わらせるために。


そして最後に、最も憎むべき、自分自身を滅ぼすために。

彼は動き続ける...




「...さ.......ま!!」


...?誰かが自分の名前を呼んでいる気がする。


「れ...さ....れい...ま!!」


...このうるさい声は...アイツだ...。


「黎様!!」

「....千秋か」


どうやら、いつの間にか意識が飛んでいたらしい。

千秋が心配そうに黎に声をかける。

「黎様、大丈夫ですか?何だか…すごくつらそうな顔をしてます…。」


黎は顔を上げ、いつものように面倒そうな表情を浮かべる。

「…何でもない。少し、昔のことを思い出しただけだ」


千秋は少し戸惑った表情を見せるが、すぐににっこりと笑って励ますように言う。

「そっかぁ…でも、無理はしないでくださいね!黎様が倒れちゃったら、私、何もできなくなっちゃいますから!」


その言葉に、黎の表情が一瞬だけ和らぐ。

「...お前が何もできないってのは、今さらだろう」

「うわぁ…ひどいです!そんなこと言ったら、もうお茶出しませんからね!」

「お茶くらい一人で淹れれる」


短い会話が、黎の胸にわずかな温もりを残す。しかし、彼女の笑顔を見つめる黎の瞳は冷たく光る。


「…この世界に、優しさだけで守れるものなどない」


黎は立ち上がり、千秋に指示を出す。


「次の段階に進める。あの3人を、必ず仕留める」


千秋は慌てて敬礼のような仕草を見せ、それっぽくうなずいた。


「はいっ!…って、あれ?次の段階って、何でしたっけ?」


黎はため息をつきつつ、作戦の内容を考え始めるのだった。



黎のアジトの一室。机の上には様々な作戦案が書かれた書類が散乱し、その前で千秋が熱弁を振るっていた。


「じゃあ、次は!えっと…璋君に頼んで巨大迷路を作ってもらって、あの3人を閉じ込めるっていうのはどうですか!?ゴールには私たちが待ち伏せて――」


黎は片手で頭を押さえ、ため息をつく。


「却下だ。そんな回りくどいことをする意味がどこにある」

「えぇー!?でも、意外と迷路ってストレス溜まりますよ!焦ってミスするかも…!」

「その前に俺がストレスでおかしくなる」


「うぅ…じゃ、じゃあ、いっそのことすごく美味しい料理を用意して油断させるのはどうでしょう?おいしいものを食べたら心がほぐれるって言いますし…!」

「戦う前に心をほぐしてどうする」

「そ、それもそうですね…」


千秋は考え込むように腕を組み辺りを歩き回るが、足元の書類に気づかず、踏みつけ派手につまずいた。


「わわっ!?――きゃぁぁ!」


バサバサッ!


積み上げられた書類の山が崩れ、紙が舞い散る。


「...はぁ、何をやっているんだお前は」

「ふぇぇぇん..ごめんなさいー!!」


黎は反射的に一枚を拾い上げると、そこに印刷された文字を見て目を細めた。


『Gravity・STARs ライブ公演』


それは、今をときめく大人気バンドのライブのチラシだった。日時を確認すると、偶然にも近日開催予定であることがわかる。


「……なるほどな」


黎の口元が不敵に歪む。以前奴らを尾行した璋の人形の得た情報を基にすれば、霧島雷人は当然このライブに来るはずだ。そしてヤツが来るのであれば、鈴本真優が同行していてもおかしくはない。


「これなら、やつらをまとめて仕留められるかもしれない」


黎はふと千秋に目を向ける。彼女は未だに崩れた書類を慌てて拾い集めていた。ドジっぽく、お人好しすぎる彼女は、この計画に巻き込むべきではないのかもしれない。


「……千秋」

「は、はいっ!?なんですか!?」

「お前はしばらくここで待機だ。雑用を任せる」

「えっ、作戦に同行出来ないのですか?」

「お前には向かない。これは俺一人でやる。」


黎はそう言い残し、ライブ会場での計画を頭の中で練り始めるのだった。



あの小屋での一件が終わり、帰路に向かう一同。雷人は、夜空を見上げて拳を固く握りしめていた。静かな夜風が髪を揺らす。


(黎...お前がどんな手を使ってこようが、絶対に真優を守る。俺が…必ず!!)


爆破された小屋、迫り来るゴーレム、そして凜が命がけで作り出した木の防壁。あの死の瀬戸際を思い出し、雷人の中に再び熱い決意が湧き上がる。真優の笑顔を、絶対に曇らせはしない。


....同じ頃、黎も薄暗い部屋で独り、目を閉じていた。


「……鈴本真優。お前は必ず手に入れる。どんな手段を使ってでも」


目を開くと、その瞳には冷たい炎が宿っていた。

二つの決意が、静かに交錯しようとしていた。


Chapter4 【過去】 閉幕

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