Chapter3 【3-3】
雷人の熱量のこもった語りを聞き終えた迅は、どこか満足げな表情を浮かべていた。
「……君、ホントに俺たちのこと、よく見てるんだな。」
そう呟くと、彼は内ポケットに手を入れ、何かを取り出した。
「なあ、雷人君。」
「え?」
雷人が顔を上げると、迅は彼の手のひらに一枚の豪華そうなチケットを置いた。
「これを、君に授けよう。」
雷人はそれを見た瞬間、思わず息を呑んだ。そこには【Gravity・STARs LIVE 202X - THE SPECIAL STAGE】と書かれ、さらに小さな文字で【VIP最前列席】と記されていた。
「えっ、これって……!!」
雷人は目を見開いた。
それは単なるライブチケットではなかった。ライブ会場の中でも、最前列中の最前列という、まさに特等席。しかも、このチケットは一般販売されておらず、グラビティ・スターズのメンバーや関係者から直接譲り受けなければ手に入らない、いわば"幻のチケット"だった。
「ま、非売品だからね。こういうのは、ホントに俺たちを応援してくれるやつに渡すのが一番だろ?」
迅はにっと笑う。
雷人は慌ててチケットを握りしめたまま、顔を上げた。
「ま、待ってください! こんなの、本当に俺がもらっていいんですか!? こんなすごいチケット、ファンの人なら誰でも欲しがりますよ!」
「いいんだよ。君みたいに、俺たち全員をちゃんと見てくれてる人にこそ、来てほしいんだ。」
迅は気さくに笑いながら言った。
雷人は言葉を失い、ただただチケットを見つめた。
「お兄ちゃん、私の分は?」
美鈴が迅の腕に捕まりながら言った。
「お前の分? あるに決まってんだろ。」
迅は再びポケットに手を入れ、今度は3枚のチケットを取り出した。
「ほら、美鈴、お前の分。」
「わぁ~‼ありがと‼」
美鈴は嬉しそうにチケットを受け取る。
「それから、雷人君の友達の……真優ちゃん、だったな。」
「え、私も……!?」
突然名前を呼ばれた真優は驚いた顔をする。
「雷人君がこうして熱く語るくらいだ。だったら、君もきっといいやつなんだろ? だったら、君も来なよ!」
そう言って、迅は真優にもチケットを手渡した。
「わ、私なんかが、こんな大事なチケットを……」
戸惑う真優に、美鈴がクスッと笑いながら言う。
「いいじゃん、真優ちゃん!霧島君も行くんだし、一緒に行こうよ!」
「う、うん……!」
真優は少し緊張しながらも、チケットをしっかりと受け取った。
「で、最後の一枚は……予備な。」
迅は最後にもう一枚のチケットを手に取る。
「予備?」
「そう。誰かがなくしたりしたら、仲間はずれになって可哀想だろ?いわゆる保険だな。」
「……じゃあ、もし誰もいらなかったら?」
雷人が尋ねると、迅は肩をすくめながら笑った。
「その時は、使い方は任せるさ。でも、こういうのって、案外ちゃんと使い道ができるもんなんだよ。」
「……なるほど。」
雷人は改めて手の中のチケットを見つめた。
憧れのバンドの最前列ライブ。しかも、迅本人から直接もらったチケット。
――これは、絶対に無駄にできない。
雷人の胸の中に、強い決意が生まれていた。
思いがけず熱心なファンと語り合う中、遠くから響く声に、迅はふと顔を上げた。
「おい、迅。 先に行くなって言っただろ!」
「まったく、相変わらず自由すぎるんだから……」
「もう少し周りを見て行動してほしいわね」
声の主を探すと、遠くからこちらへ歩いてくる三人の姿があった。
一人は、長い赤髪をなびかせながら歩く、キーボード担当のクールな雰囲気の女性、西園寺瑠華。
もう一人は、肩までの軽やかな髪を揺らしながら、どこか余裕のある笑みを浮かべる、ベース担当の松井楓花。
そして、整った顔立ちに落ち着いた眼差しを宿した、ドラム担当の木村修生。
グラビティ・スターズのメンバーが、迅を追ってやってきたのだった。
「悪い、悪い!」
迅は軽く手を上げ、申し訳なさそうに笑った。
「お兄ちゃん、まさか勝手に皆を置いてったの~?」
美鈴がクスクスと笑いながら言うと、楓花がすかさず返す。
「そうなのよ~。こっちはせっかく帰ってきた記念に皆でご飯でも行こうかって話してたのに、急にいなくなるんだもん。」
「お前、ほんと自由だよな。」
修生が呆れたように言う。
「だって、久しぶりに妹と会えるんだぞ? そりゃ話したくなるだろ!」
迅が開き直ると、瑠華が鋭い視線を向けた。
「……せめて一言くらい言いなさいよ」
瑠華のトゲのある言い方に、美鈴が「うわ、瑠華さん怒ってる……」と小さく呟く。
だが、雷人はすぐに気付いた。
(……あれ、これ怒ってるっていうか、ちょっと心配してたっぽい?)
瑠華の鋭い目の奥に、一瞬だけ不安そうな色が浮かんでいた気がした。
「まあまあ、いいじゃないの。せっかくだし、こうして顔を合わせたのも何かの縁よ」
楓花が場を和ませるように笑うと、修生も小さくため息をついた。
「結局、迅のやることだからな……でも、次はちゃんと先に言ってから行けよ」
「おう、わかったよ!」
迅はあっさりと返事をし、再び雷人たちのほうを向いた。
「ってなわけで、こいつらが俺と同じ、バンドメンバーだ。ほら、みんな、雷人君に挨拶しとけよ。俺たち全員のファンなんだぜ?」
「……へぇ?」
瑠華が興味深そうに雷人を見つめる。
楓花はすぐに優しく微笑んだ。
「嬉しいわ。こんなにも応援してくれてる子がいるなんて」
「はい‼ライブも行ってるし、グッズも買ってます!」
雷人が力強く言うと、修生が少し驚いた表情を見せた。
「そこまで熱心に聴いてくれてるとはな……」
「ちょっと待って」
不意に瑠華が口を開く。
「さっき、迅が"私たち全員のファン"って言ったわよね?」
雷人はコクコクとうなずいた。
「はい、迅さんだけじゃなくて、瑠華さんの演奏もすごく素敵です!キーボードがあるからこそ、グラビティ・スターズの曲がより華やかになってると思って――」
「……っ!」
雷人が話している最中、瑠華の表情がわずかに変わった。
まるで不意打ちを食らったかのように、驚いたような顔をした後、急にそっぽを向く。
「べ、別に、そんなの当然でしょ……。私たちはプロなんだから、ちゃんとした音を作るのは当たり前のことよ」
「おーっと、ツンツンモード入ったね?」
楓花がクスクスと笑う。
「うるさい!」
瑠華が顔を赤らめながら反論するが、楓花はどこか楽しそうだった。
「ま、そんなわけで、こいつらの事も忘れないでくれよな!」
迅が豪快に笑いながら言うと、雷人は満面の笑みで頷いた。
「もちろんです! 皆さんの音楽、これからも応援します!」
「……ふん、当然ね」
瑠華は顔をそむけたまま言ったが、ほんの少し口元が緩んでいた。
「じゃあ、そろそろ行こうか?」
修生が促すと、迅は「おう!」と元気よく返事をする。
「雷人君、真優ちゃん、美鈴。ライブ、楽しみにしてろよ!」
「はい!」
こうして、雷人たちは伝説のバンド"Gravity・STARs"のメンバーと出会い、特等席のチケットを手に入れたのだった――。
夕暮れの街を歩きながら、四人は自ずと今日の出来事について話し始めた。
「……雷人って子、本当に皆のことをよく見てたわね...」
瑠華がふと呟く。いつものクールな表情の奥に、どこか感慨深げな色が浮かんでいた。
「そうだな。俺たちの音楽を、あそこまで熱く語ってくれるとは思わなかった。」
修生もまた、静かに頷く。
「ねぇねぇ、私たちのグッズを全部持ってるって、すごくない?」
楓花が楽しげに笑う。
「確かに。」
迅も軽く笑いながら頷く。
「俺のことを好きだって言ってくれるファンは多いけど、あいつは違った。グラビティ・スターズ全体を見てくれてる。だからこそ、あんなに語れるんだろうな。」
迅は空を仰ぎながら続ける。
「……正直、俺の人気が突出してるのは、嬉しい反面、ちょっと複雑な気持ちもあったんだ。」
「……迅...」
楓花が少し驚いたように彼を見つめる。
「そりゃあ、ボーカルってのはバンドの顔だ。でも、俺だけが目立って、他のメンバーのグッズが売れ残るのは、なんか納得出来ないんだ...。」
迅の言葉に、修生が軽く息をついた。
「お前、そういうことを気にするタイプだったのか?」
「そりゃ気にするさ。だって、俺だけじゃ何もできない。グラビティ・スターズは、俺だけのバンドじゃなくて、俺たち四人のバンドだからな!」
その言葉に、瑠華は静かに目を伏せた。
「……本当に、馬鹿ね。」
「ん?」
「でも、そういうところが、迅のいいところなのかも。」
瑠華は少しだけ微笑んだ。迅は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに笑う。
「へへっ、ありがとな」
「でも、本当に嬉しいわね。」
楓花が、どこか温かい声で言う。
「霧島くんみたいな子がいるから、私たちも頑張れるのよね。」
「……そうだな」
修生も、珍しく穏やかな表情を見せた。
「俺たちの音楽を、あんな風に語ってくれるファンがいるなら……これからも、もっといい曲を作っていきたいって思えるな。」
「おう、もちろんだ!」
迅は力強く拳を握る。
「次のライブ、最高のものにしようぜ!」
「あたりまえでしょ」
瑠華が少しそっぽを向きながらも、確かに頷いた。
こうして、グラビティ・スターズの四人は、それぞれの想いを胸に、夜の道を歩いていった――。
Chapter3 【仲間】 閉幕