Chapter3 【仲間】 3-2
夕暮れの住宅街。何気ない会話の途中で、美鈴がふと足を止めた。
「……ねえ、なんか……ついてきてない?」
彼女の小さな声に、雷人と真優も足を止める。雷人もすぐに気配を感じた。
「……確かに、誰かいるな。」
警戒しながら、三人はゆっくりと振り向いた。
すると、街灯の薄明かりの下、少し離れた物陰からひょっこりと顔をのぞかせる男の姿があった。
青い髪、ニット帽、マスク――あからさまに怪しい。
「な、なんかヤバそうな人じゃない……?」
真優の声が少し震える。雷人も少し身構えた。
「……美鈴、あいつが昨日つけてきた奴か?」
「……たぶん……。」
「よし、捕まえる。」
雷人は即断し、地面を蹴って一直線に駆け出した。
「え、待っ――!?」
美鈴が何か言う間もなく、雷人は猛スピードで怪しい男に向かう。不審者は雷人の動きに驚き、慌てて逃げようとするが――
「逃がすかよっ!」
雷人の強靭な脚力で、一瞬にして距離を詰める。そして、そのままがっちりと男の腕を掴み、地面に押さえつけた。
「っぐ……な、なんだお前っ!?」
「お前こそ誰だ!? 何のつもりで朝比奈をつけてた!?」
男はもがこうとするが、雷人の腕の力はまるで鉄のように強く、全く逃げられない。
「ちょ、ちょっと待って!」
そこへ、美鈴が慌てて駆け寄る。
「霧島君、離して! その人、私のお兄ちゃん!!」
「――は?」
雷人は思わず力を緩めた。
「え、お兄ちゃん……?」
真優も驚いた表情を浮かべる。雷人が男を放すと、男は荒い息をつきながら、ゆっくりと立ち上がった。
「お、お兄ちゃんって……え、マジで?」
雷人が疑うように男を見つめると、男はやれやれとため息をつき、手をマスクにかけた。
「……まったく、乱暴なやつだな。」
そう言いながら、男はマスクとニット帽を外し、口角をニッと上げその美貌を見せつける。
そして、その顔を見た瞬間――雷人の表情が完全に固まった。
「……え?」
見覚えのある顔。いや、見覚えがあるどころの話ではない。
「……ちょっと待て、おま...いや、貴方は……え、嘘だろ……。」
その顔は、雷人が大ファンのバンド【Gravity・STARs】のボーカル――
【JIN】だった。
霧島雷人は目の前の男――いや、青年の顔をまじまじと見つめた。
青い髪に鋭くも優しげな目。特徴的な低音の響く声。間違いない。
彼は雷人がこよなく愛するバンドグループ**『グラビティ・スターズ』**のボーカル、JINだった。
「え、いや、えぇ!?!? JINさん!? 本物!? マジで!?」
興奮と混乱が入り混じった雷人の叫びに、鈴本真優も驚き、朝比奈美鈴はため息をついた。
「……だから言ったのに。お兄ちゃんだって。」
「お、お兄ちゃん!? いや、待って待って待って! じゃあ朝比奈ってJINさんの妹なのか!? え、嘘だろ!? てか俺、めちゃくちゃ失礼なことしたよな!?」
雷人は大慌てで頭を下げた。
「すみませんでしたぁぁぁ!! まさか憧れの人をぶん投げるなんてぇぇぇ!!」
全力で土下座しそうな勢いの雷人。だが、目の前のJIN――朝比奈迅は、笑いながら手をひらひらと振った。
「いやいや、いいって。むしろ、紛らわしいことした俺の方が悪かったよ。」
「でしょ、お兄ちゃん!!」
美鈴が怒ったように腕を組む。
「さっきみたいに変な付きまとい方するから、ストーカーだと思われるのは当然だよ!」
「いや、それは……まあ、反省してるよ、うん。」
迅は頭を掻きながら苦笑した。
「お前が心配だったんだよ。最近変な事件も多いし、夜道で一人で帰ることが多いって聞いてな。」
「だからってコソコソついてくるのは違うでしょ!」
「それは……まあ、ごめん。」
美鈴の剣幕に、迅は肩をすくめながら素直に謝る。その姿に、雷人はようやく落ち着きを取り戻し、改めて立ち上がった。
「……それにしても、朝比奈が迅さんの妹だったなんて……知らなかった……。」
「まあ、メディアには【JIN】で通してるし、わざわざ本名を公表してるわけじゃないからな。」
「こんな身近にいたなんて……俺、めっちゃライブ行ってます……! サインとかお願いしてもいいですか!? ……って、それどころじゃないですね!! ほんとすみませんでした!!」
再び謝罪しようとする雷人を、迅は軽く手で制した。
「だから気にするなって。むしろ、君みたいにこれだけ素早く動けるヤツが美鈴の近くにいてくれて、俺としては安心したよ。」
その言葉に、美鈴も「ほんとだよ」と頷く。
「悪いのはお兄ちゃんだから、霧島くんは全然気にしなくていいからね!」
雷人はようやくホッとした表情を浮かべ、真優も安堵のため息をついた。
「お兄ちゃん!昨日といい今日といい、ほんとにやめてよね!」
美鈴は頬を膨らませ、腕を組んで迅を睨みつけた。
「こっちは本当に怖い思いしてるんだからね!」
しかし、迅は困惑したように首を傾げる。
「いや、待て待て。昨日って……何の話だ?」
「え? だって昨日も、私の後をつけて――」
「……俺、昨日はつけてなんかないぞ?」
「え?」
美鈴の怒りの表情が、一瞬で凍りつく。
「いや、昨日まで俺は遠征で地方にいたんだよ。新曲の撮影でな。」
迅はスマホを取り出し、昨日の新幹線のチケットのデジタル記録、宿泊したホテルの予約履歴、さらに迅含むメンバーのオフショットが映った写真を三人に見せた。
「ほら、昨日は昼まで撮影してて、夜にやっと新幹線で帰ってきたんだ。」
その言葉を裏付けるように、記録には確かに迅の名前があり、時間もしっかりと刻まれていた。
「じゃあ、昨日私をつけてたのは……?」
美鈴の声が震える。雷人と真優も思わず顔を見合わせた。
「……朝比奈をつけてたのは、本当の不審者ってことか。」
雷人が絞り出すように呟く。
「……っ!」
美鈴の顔が青ざめる。昨日、彼女が交番に駆け込んだときにはもう人影は消えていた。しかし、確かに"誰か"が彼女の後をつけていたのだ。
「お兄ちゃんじゃなかったってことは……」
「そのストーカー、まだどこかにいるのかもしれない...。」
真優の小さな声が、冷たい風のように二人の背筋をゾクリと震わせた。
不穏な空気が漂う中、雷人は素早く周囲を見渡す。しかし、今のところ怪しい人影は見当たらない。
「……朝比奈、しばらく一人で帰るのはやめたほうがいいな。」
「うん……。」
美鈴は小さく頷く。
迅も険しい表情で腕を組んだ。
「……これは、俺もちょっと本気で動いたほうがいいのかもしれないな。」
その頼もしい言葉に、雷人も頷く。
不気味な影が、一同のすぐそばまで忍び寄っていたことを、誰もが強く意識する瞬間だった。
雷人は、この不穏な空気を振り払うように、改めて迅に向き直った。
「えっと...それにしても、まさか憧れの迅さんにお会いできるとは……!」
両手を握りしめ、瞳を輝かせる。
「俺、【Gravity・STARs】の大ファンなんですよ! 新曲は毎回公開時間ジャストで視聴してますし、ライブも予定が合えば絶対行くし、グッズだってめちゃくちゃ買ってるんです!」
そう言いながら、雷人は通学カバンにつけているキーホルダーを指差した。そこには、グラビティ・スターズのメンバー4人が可愛らしいミニキャラになったキーホルダーが揺れている。
「おおっ、すごいな!」
迅は感心しながらも、どこか不思議そうに首を傾げる。
「でも、雷人君……もしかして、全員分買ってるのか?」
「もちろんです!」
雷人は自信満々に頷いた。
「そりゃ、迅さんは人気だしカッコいいですよ!でも、それは修生さんのドラムと、楓花さんのベースがしっかり土台を作ってるからこそなんです。さらにそこに瑠香さんのキーボードが加わることで、迅さんの歌がより映えるんですよ!」
「……へぇ?」
「特に『MIDNIGHT HERO』のラストの盛り上がり、あそこは修生さんのタム回しと楓花さんのスラップベースが支えてるからこそ、迅さんの高音シャウトが完璧にキマるんです! そしてその流れから瑠香さんのシンセサイザーが――」
雷人の語りは止まらない。しかも、完全に熱が入りすぎていて、いつもよりも早口になっていた。
「え、雷人ってそんなにファンだったの?」
真優はぽかんと口を開け、驚いたように呟く。
「……というか、めっちゃ語るじゃん。」
美鈴も呆気にとられている。
だが、迅はそんな雷人の様子を見て、どこか嬉しそうに笑っていた。
「ははっ、いいねぇ! まさかこんなに熱く語ってもらえるとは思わなかったよ。」
そう言いながら、迅は雷人の肩をポンと叩く。
「君みたいな熱心なファンがいてくれるから、俺たちは音楽を続けられるんだ!ありがとな!」
その言葉に、雷人は「うおおおお!」と小さく拳を握りしめ、感激した表情を浮かべた。




