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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある王子の狩猟の小話

 昔々のことだった。優秀な哲学者が「自由王政」を標榜して革命を起こし、王国を築いた。そして、万人の信仰の自由を認め、長年にわたって多くの人が死亡した宗教戦争を終結させた。その後、貴族院と民衆院の二院制を基軸とする新しい政治体制を築き、彼は良王の二つ名で呼ばれるようになった。

 しかし、息子のジャンは彼と違い愚か者であった。それでも、国民はあまり問題視していなかった。というのも、政治の大半は臣民の選挙によってえらばれた民衆院から選出される宰相によって行われており、王はある程度の意見を述べることは許されても、民衆院が否決すれば王の発言でさえ無効になるからだ。王も息子の愚かさが国を亡ぼすことはないと高を括っていた。ただ、王は王家の恥を増やすことになるのではないかと内心ハラハラしていた。

 ジャンは勉強を進んでしようとはしなかった。5歳の頃、王はラテン語と聖書を勉強させた。講師はヨーロッパ全体で有名な人たちを多数呼び寄せた。しかし、

「何故もう誰も使わない言語の勉強なぞしなくてはならんのだ。それにいるのかどうかもよく分からない存在の解釈の為にこの国は大変なことになったのにまだ信仰なんてものにすがろうとするんだ。」と言い父を困らせた。

 ジャンが7歳になると父は宗教を学ばすよりも、化学や哲学などを学ばせた方が良いと判断した。そして、今度はヨーロッパ各国から哲学者を呼び、イベリアからロシアに至るまでのヨーロッパ全域から化学者を呼び寄せた。すると今度は理論ではなく詭弁で哲学者を煽り、化学者に向かって「お前らは結局何を研究しているのかわけわからん」などと言って勉強をサボり始めた。

 ジャンが10歳になると仕方ないので、国中の将校を集めて「ジャンに軍事教育をせよ」と命じた。すると、ジャンは鞭で将校を叩いた。何故かと理由を聞くと「訳の分からない理論で余を鞭で叩く故、殴って鞭を奪い叩き返してやった」と言った。将校らは泣きながら

「王子に何を言っても勉強しようとしないのです。仕方がなく弱く鞭で叩いたら殴り返されるし・・・僭越ながら申し上げますと王子は軍人になるのは合わないでしょう。もう、この国は民衆の国なので王が勤勉である必要もないでしょう。最低限の語学とマナーさえ学ばせられたらそれでよいのではありませんでしょうか。」

 と奏上した。王は死まで覚悟して意見を申し上げている将校を見て、彼らを許し、王子に英語とドイツ語、フランス語を勉強させた。そして、前王の父君である暴君ブルボン朝ルイ15世が最後に作ったバロック建築の離宮に住まわせた。そこは自然がいっぱいであり、そこで、岩石と天文、生物のことについて自分から進んで興味を持った。そこで、王は地学者や天文学者、生物学者を呼び寄せた。今度はジャンも熱心に勉強して、最終的に花崗岩の成因について議論したり、地動説と天動説の論争をしたり、進化論に触れたりと多くの体験をした。

 その中で、趣味というのを彼は見つけた。それは狩猟である。よく裏山に行き、鹿やウサギを狩り、宮殿で皮をはいで料理を作った。皮は上着にして、近くの集落で安値で売った。(偶に肉を売ることもある)また、近くの集落では村民に地学や天文、生物学で教え、村民から尊敬されて「優しく賢いジャン王子」と言われるようになった。

 17歳になると狩猟に行き、肉と服を売り、子供に地学、天文学、生物学を教えるという生活のサイクルが普通になっていった。集落の近くには小さな小屋を作り、そこで皮をはぎ、教えるための本を持って集落に行った。集落は害獣が見る見るうちに減っていき、子供の学力も上がった。王子は村民から愛されるようになった。授業の後、毎日子供たちと鬼ごっこをして遊んだ。そのうち、集落の近くに建てた掘っ立て小屋を改修して、集落の一般的な家にしてそこに定住し始めた。王は

「愚か者の王子め・・・あれだけ俺はお前に環境を与えてやったのに自由に過ごしやがって。挙句の果てにあの離宮を捨てて田舎町の外れに小さな家を建てて、あまつさえそこに住むとはどういうことだ。」

 と怒り、村民は愛すべき王子の定住に狂喜乱舞した。

 一月のある日、大雪が降っていた。王子は

「今日も家で休むのか・・・いやだなぁ。今日ぐらいは外で狩りをしたい。僕の授業を楽しみにしてくれる子供にも申し訳ない。」

 と窓の外を見て言った。そして、王子は「今日ぐらいは・・・」と魔がさして、銃を片手に弾薬を持ち山へ向かった。いつもよりは獲物の数は少ないが、それでも、打ち付ける雪の痛みと、一面の銀世界はとても美しかった。

 しかし、そろそろ帰ろうと後ろを向くと一面真っ白になっていた。そう、彼は何を隠そう遭難したのだ。帰り道がどこかも分からない。食料は兎三羽と鹿一匹。火打石があるも風が強い。どうすればいいのか分からなかったが、ここら辺の地質が石灰石だったことを思い出し、近くの洞窟を探そうとした。しかし、そうそう洞窟なんてものはない。洞窟を探すと遂に山奥の方まで来てしまった。もう助かる方法も少なく、森林のあまり風が当たらない所で、木で風を防ぎ火をつけようとした。何とか火はついて、兎肉を一羽焼いた。明日の天気はどうだろう。そんなこと考えながら、雪雲しか見えない大空の下で静かに眠る・・・

 大体、雪の中で眠ると死ぬ運命にあるものだが、彼は運が強いらしく、生き残った。しかし、雪もまだまだ吹雪いていた。とりあえず、近くの木を燃やして雪と昨日の残りを温めて食べた。昨日のよりは若干味が落ちるが美味しいには美味しい。ただ、村の中で食べたいと思っていた。今日、家へ帰らねば、今度こそ命が危ない。これは鹿であっても分かるはずだ。おかげで、食料の補充は期待できそうもない。最も、今は食料の補充は必要なさそうだが。

 歩くと少しずつ、足が凍っていく感覚に陥る。指の先が融通を利かなくなってくる。そして、今度は指全体が動かせなくなる。足も冷たさで痛い。手はとっくに感覚を失い、指は完全に動かなくなっていた。頭の中が少しずつ白くなる。眠くなる。眠くなる度自分の顔を殴り、脳筋みたいな方法で目を覚ます。寝たら本当に死ぬから。だから、一睡もできたものではない。眠ることが許されるのは生きることを諦めたとき。即ち、壮大な自然に抗うことが不可能だと理解したときである。

 時間が経過するたび感覚はより強烈に、そして、より多彩になっていった。無論、最初のうちは寒いという感覚だけである。しかし、少しずつ「痛い」という感覚が増えていく。しかし、まだこれだけでは多様な感覚を知ることはできない。更に、寒いのが続くと体の芯が今度は温まるように感じるのだ。そして、春になったのに気づかずに厚着のままでいるときの感覚が生み出されていく。そして、その温かさと外からの寒さを同時に味わい、そして、体の表皮の少し下の方で温かさと寒さの中庸が発生する。それは無というような感覚ではない。温度に関する感覚はするのだが、その感覚は”暑い”とか”寒い”とかのようなものではなく、そのような概念をも超越した感覚であった。上には、曇天の上には太陽がある。その太陽の温さは雪にかき消される。圧倒的寒さの故。しかし、光は届くのだ。この光を頼りに森の状況が具体的に理解することができる。そして、木々はその光を頼りに光合成をしていた。

 歩くと今度は”疲労”と”睡魔”が実体的な感覚として現れだした、それは普段の生活ではよほどのことがない限り経験することはできない。そして、そこまで行くと、先ほどまで上げてきたすべての感覚が覚醒を促しながらも、リラックスを促し、快感となってジャンに襲い掛かる。彼は絶頂しそうなところをすんでのところでこらえる。彼は既に死の疑似的経験を、非連続性の生命から連続性の死へと向かう体験ー内的経験或いはエロティシズムーであった。死とは最も道徳を超越した先にある行為。それは罪である。しかし、罪というのは強い快楽があるものである。酒も、煙草も、薬物も。性交も、殺人も、戦争も・・・これらは肉体を破壊し、道徳を超越する行為だからこそ快楽というものがあるのだろう。ジャンはこれらに類する快楽ー死への経験ーに溺れていた。

 しかし、ジャンは快楽に溺れながらも冷静であった。彼は死への快楽という海洋に沈む中、一つの後悔をしていた。それはこの無鉄砲さであった。思えば父王が怒ったのは集落に警備もゼロの小さな家に住んだことが原因であった。これはジャンが王になることを嫌がり忘れようとした結果でもあろう。他にも、彼の勝手が故に大変なことになったことが。それは勿論、今の惨状に他ならない。

「ああ、父よ、母よ、生徒たちよ、市場の人よ。私は今ここで力無く死ぬであろう。無論、私の自滅のほかあるまい。私は時を戻す術も知らないし、今足を動かすことさえも難しい。私は歩くこともできないまま立ったまま凍って死ぬのだろう。ああ、私は何故、大雪の中狩りに出ようとしたのだろうか。死にたかったのか。そんなこと一つも分からない。ああ、死ぬのが分かると死が心地よく思えるのだなぁ。なんと心地よいのだろう。私は生まれてこの方性交をしたことがない。しかし、私は断言しよう。ここで死ぬ快楽は性交よりも心地よいということを。」

 彼はそう思いながら、性交の時のオーガズムよりも強い快楽の中静かに息を閉じた。誰に見つかることもなく、ひっそりと、低体温症で死亡した。

 この若き王子の死亡は雪が終わる三月ごろになるまで分からなかった。久しぶりに晴れた3月1日に、従者がジャンの家を覗くと誰もいなかった。いつも、狩猟の時に使う銃がなかったことから、狩猟に行ったと考えられ、多くの捜索隊が結成されて、雪山を探し回った。捜索から二日後、冷たくなった王子が発見された。棺に入れて集落に持ち帰ると、住民はその躯を見て涙を流した。愛すべき王子の死亡を眼前にしたから・・・

 しかし、父王は反対の反応をした。

「我が息子よ。もう少し頭を使えとでもいえばよかった。お前は心優しく、好きなことにもとことん熱心であった。しかし、お前は誰も止める者がいないとすぐに暴走してしまう。このことにもう少し朕が気付いていればお前は死ぬことなんてなかっただろうに・・・」

 そう言って父王は息子の棺桶を集落に運びその地に小さな墓を作ることを家臣に命じた。その後、寝室で寝た。若い女と共に。

どうも。たまには小説モドキでも書こうと思って書くと面白かったりするものですね。さて、この本はジャンルが何と言われても答えづらく、今回はテキトーに「童話」にでもしましたが、これが一番ピッタリかと言われると首肯しかねるものであります。この話はつい先日、雪の彦根城を見ながら琵琶湖でプランクトンを捕まえようと彦根城の裏手に行ったとき。途中で携帯電話は切れるし、雪はめっちゃ吹雪いて前があまりにもみえづらいし、挙句の果てに道も分からなくなるということが起きたのです。この時の経験は死にかけながらなんとかホームセンターに着いて試料を入れる容器を買って死にかけながら湖岸に辿り着きプランクトンを採取しました。この物語はその時の経験を主にジョルジュ・バタイユ先生の『エロティシズム』とリンクさせており、後半の死への感覚がうんとかは基本的にバタイユ先生のエロティシズムへの感覚を自分の馬鹿な頭で整理したものです。別段卑猥なことを申し上げている訳ではないのであしからず。

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