幕間・いつの間にか存在するモノ
仕方なく生かしておいた、いらない娘。
それがニックス・ドラグーン公爵のミスティに対する評価だった。
だが、そんなミスティからもたらされた情報は彼を困惑させていて。
今だに彼は驚いていて……ミスティの部屋の前で立ち尽くしていた。
(………銀の皿だと……?何度か死にかけただと……?)
毒を判別するのに銀食器を使うというのは、よくある話だ。
だが、ミスティが日常的に毒を盛られているなんて知らなかった。
つまり、この屋敷にいる者が彼女に毒を盛ったということで。
下手をすれば、ニックスと現在の愛しい妻ティアと息子スレイスター、娘ティアラに毒が盛られた食事が出されていたかもしれないということで。
その事実にニックスは背筋がゾッとした。
(まさか……王太子の婚約者にそんなリスクがあったとは……。そんな、危険な立場に……状況に……。ティアラを、追い込む、のか……?)
既にティアラには王太子の婚約者になる話をしてしまっていて、当人も嬉々としてそれを受け入れている。
それはそうだ。彼女は、異母姉とはいえ……疎まれるミスティが王太子の婚約者だというのが気に食わなかったのだから。
そんな異母姉から王子を奪える機会が巡ってきたのだ。当然のことながらティアラは積極的にそれを受け入れたし。
それに……自分がお姫様になれるかもしれないなんて、夢のようだと喜んでいたのだ。
(どうすればいい?一体……どうすれば……)
「お悩みですか?」
「っっっ!?」
いつの間にか背後に立っていた灰銀の髪の青年。
金色の瞳を細めて微笑むその姿は、同性であるニックスの頬が赤くなるほどに美しく。
彼は呆然としながら、口を開く。
「お、まえ……は……」
「あはは、何を仰いますか。僕はミスティお嬢様の侍従ですよ」
グラリッ……。
倒れかけるニックスの身体を、青年は受け止める。
ニックスは頭を押さえながら、頷いた。
「……あぁ……そうだったな……」
ニックスはどうして忘れていたのだろうと、首を傾げる。
彼はずっと……幼い頃からミスティの従者であったというのに。
「いかがされましたか?何か問題ごとでも?」
その質問にニックスは素直に答える。
ミスティが婚約解消され、異母妹のティアラが新たな婚約者になること。
しかし、そのミスティから王太子の婚約者が命の危険があると知らされたこと。
ティアラが死ぬかもしれない危険性がある婚約者にしていいのかと悩んでいること。
彼はそれを聞いて、顎に手を添えて考えると……「簡単ですよ」と微笑んだ。
「でしたら表向きには、ミスティお嬢様を婚約者のままにしておけば良いのです」
「……表向き?婚約者のまま?」
「えぇ、そうです。婚約者はミスティお嬢様のままだと人々に思わせておけば、狙われるのもミスティお嬢様になるでしょう?言うなれば、囮にするのですよ」
婚約解消はするがそれを公表せず、命が狙われる標的をミスティのままにしておくのだと、彼は提案する。
それを聞いたニックスはなんて妙案なんだと、感心の声を漏らした。
「なるほど」
「えぇ。一応、王太子殿下にも秘密にした方が良いかと。彼の方の方面から情報が漏れないとは限りません。そうなるとティアラ様のお命が危ない」
「…………あぁ、そうだな。そうした方が良い。優先すべきはティアラの命を守ることなのだから」
「具申、失礼いたしました」
「いや、良い。お前は忠臣の鏡だ。早速、そのように手配しよう」
ニックスはそのまま、歩み去る。
その後ろで彼は小さく呟く。
「随分話が進んでいるなと思ったら、先走ってるだけですか。一応、この国の王にも会っておかなくちゃいけないみたいですね」
その呟きは、ニックスには届かなかった。