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邪竜は笑う。笑顔の下に憎悪を隠して。

 





 その後──マキナはカリオス達に〝秘密裏に国王へ王太子との婚約解消の進言〟と〝竜姫ミスティの公表を遅らせる〟ことを要求した。

 その理由をカリオス達は教えられなかったというのに、二人はそれを素直に受け入れた。



 ミスティは容易く従う彼らの姿を見て、マキナが神殿に接触した理由をよく理解する。


 信仰心、というのはこうまで人を盲目にさせるのだと………。







「まぁ、アレは一部の例ですよ。信仰者全員があんなに盲目な訳じゃないです。なんとなく信じている者もいれば、心の支えにしている者もいる。そして、狂信的な者達は、その信仰の対象に近い存在からの言葉は素直に信じてしまうモノ。人間というのは面白いですよね」


 帰ってきたミスティの自室で。

 人の姿に戻ったマキナが、そう言いながらお茶を入れる。

 ミスティは、滅多に入れてもらえないお茶を入れてもらえることへの喜びを感じつつ……ティーセットなんてどこから取り出したのだろうと思いながら、首を傾げた。


「もし、二人が素直に従わなかったらどうしたの?」

「簡単ですよ。脅せばいい」

「…………脅す……」

「多分、神殿からの進言で国王陛下から接触があると思います。そちらでは脅すつもりですから、ミスティお嬢様も少し勉強なさると良いですよ?重要なのは、いかに手駒を増やすかですから。使えるモノはなんでも使わないと……ね?」


 《破滅の邪竜》ラグナのように淫魔や、インビシブルといった邪竜の眷属達の手を借りることができたら、楽なのだが……隔離により、他の者達はここに干渉することができない。

 マキナほどの力があれば血塗れ程度で済むが……普通ならば死んでいてもおかしくないほどに、この国を隔離している障壁は頑丈だった。


「何はともあれ、人心掌握してしまえばこちらのもの。後は、周りの人間を使いいかに追い込んでいくか……そして、最後のトドメをミスティお嬢様が……ふふふふっ。楽しみですね?……あ、どうぞ」

「笑顔が黒かったのに、一気に爽やかになるのは凄いわ」

「お褒め頂きありがとうございます」


 ミスティは苦笑しながら、お茶を飲む。

 爽やかな風味に仄かな苦味。初めて飲むお茶の美味しさに、彼女は目を見開いた。


「美味しい」

「香草茶です。お気に召したようで何より」


 そう言ってマキナは、ポスンッと彼女の隣に座る。

 ミスティは、そんな彼の態度に目を瞬かせた。


「下僕なのに、同じソファに座るの?」

「足元に跪いていた方がお好みですか?」


 無邪気な笑顔で聞かれて、ミスティは言葉に詰まる。

 そして、そっと目を逸らした。


「こうして隣にいた方が、温もりが近いですよ」


 触れ合う肩と肩。

 誰かとこんなに近しく触れ合うのは、いつぶりだろうとミスティは目を閉じる。

 そのまま、彼女はマキナの肩に頭を預けた。


「………………このままで」

「はい、お嬢様」


 静かな時間。穏やかな時間。

 でも、所詮これは仮初めだとしか思えないミスティは冷笑を浮かべてしまう。

 どれだけ穏やかな時間を過ごそうと、その身に宿る憎悪は消えない。

 少しばかり冷静でいれても、いつまたあの闇が暴れ出すか分からない。

 怒りで腑が煮え繰り返りそうで。

 だけど、それを我慢する。

 本当は今すぐあいつらを殺しに行きたいけど、我慢する。

 いや、我慢する必要があるのだろうか?

 ミスティは竜になった。邪竜になった。

 竜には、できないことの方が少ない。なんだってできるはず。



 全てを破壊し尽くして、全てを終わらせて──。



「ミスティお嬢様」



 思考が真っ黒に染まりかけた彼女は、名前を呼ばれてハッとする。

 隣では困ったように笑うマキナの姿。

 そして、宥めるように……彼は頬を撫でた。


「殺すのは簡単ですけど、それじゃあ直ぐに終わってしまう。だから、駄目なんです。ちゃんと、じっくりと準備して……ねっとりと、相手の心を的確に抉らなくては。直ぐに殺しては、苦しめないじゃないですか。生きることすら後悔するほどの苦痛を。恐怖を。絶望を。じゃないと、復讐じゃありません。貴女が与えられた痛みを、返してやらなくては」

「……………」

「大丈夫です。最低限の根回しが済んだら、直ぐに復讐を始めましょう。ね?だから、もう少しだけ待って下さい」


 マキナはそう言って微笑む。


「だから、今は笑って……その憎悪を隠して、育てるんです。更に、更に、大きく。憎しみを、怨みを」

「……………育てる?」

「えぇ。笑顔の下に隠した狂気。それだけでも人は恐怖します。これは経験談ですよ?それに……()()()()()()()()()()()()()()()()ですよ?」


 そう言われたミスティは目を見開き、ニッタリと歪な笑みを浮かべる。

 復讐したい気持ちは今だに、ミスティの中で叫んでいる。


 だが、それでも。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「そう……そうなのね……。分かったわ。まだ我慢する」

「はい。その時になったら、一緒に楽しみましょう?」

「えぇ」


 そんな時、ドンドンドンドン!と強く扉がノックされた。


『ミスティ!いるんだろうなっ!』


 その声は彼女の父親、ニックス・ドラグーン公爵の声で。

 ミスティは面倒そうな顔をした。


「サボったことかしら?」

「いらない娘扱いしてるあの人がそんなの気にしますかね?」


 マキナはミスティの記憶を思い出し、ドラグーン公爵の様子を思い浮かべる。

 金髪碧眼の、ほどほどの顔立ちの男性。

 ミスティのことを、いらないモノとして扱っていたモノ。

 マキナはそんな彼のことを思い出し、無表情になった。


「とりあえず、僕の幻術で僕のことと、お嬢様の容姿を誤魔化します」

「えぇ」


 マキナが手を横に振ると、ミスティの姿が前の金髪碧眼姿に戻り……彼の姿が霞みがかったように曖昧になる。

 ミスティは竜の瞳によって彼のことが認識できているが、他の者は認識できない。

 それを確認してから、ミスティは扉を開いた。


「何用でございましょうか、ドラグーン公爵」


 父親と呼ぶことすら許されていないミスティは、無表情のまま扉の前にいた公爵に声をかける。

 すると、彼は興奮し様子でニタリと笑った。


「先ほど国王より連絡があった。なんでも、神殿から貴様との王太子の婚約を解消するべきだと進言があったらしい」

「そうですか」


 どうやら学園をサボったことではなく、婚約解消の案件らしい。

 随分と行動が早かったな、とミスティは冷静に考える。


「あぁ。だから、貴様との婚約は解消し、異母妹のティアラと婚約させる」

「分かりました」


 ミスティがそれを了承すると、公爵は面を食らったような顔になった。

 まさか、彼女がそんな直ぐに受け入れるとは思ってなかったのだろう。


(お嬢様、()()のことを話して下さい)


 曖昧な姿のマキナが、ボソッと彼女の耳元に囁く。

 それを聞いたミスティは薄く笑いながら、呆然とする公爵に告げた。


「では、ティアラ様にお伝え下さい。食事は全て銀の皿にした方が良いと」

「……………何?」

「では、ご用は以上のようですので失礼致します」


 ゆっくりと扉を閉めようとするミスティだったが、公爵は慌ててその扉を押さえる。

 そして、凄い剣幕で叫んだ。


「一体、どういうことだっ!」

「…………どういう、とは……私が経験したことをご忠告差し上げただけですわ」

「何!?」

「気づかぬ内に毒を盛られることが多かったのです。何度か死にかけましたが……きっと、新たな婚約者となるティアラ様も同じ目に遭ってしまうかと」


 ミスティは薄ら笑いを浮かべながら、答える。

 公爵は初めて聞く話なのか、絶句して立ち尽くした。

 その間にミスティは扉を閉めて、くるりと振り返る。

 マキナは徐々に姿をハッキリさせながら、満面の笑みを浮かべていた。


「今ので良かったのかしら?」

「素晴らしいです、お嬢様。後はこちらで対処しておきますね」

「どうするの?」

「それはこれからのお楽しみってヤツですよ。取り敢えず、仕込みからです」




 そう言ったマキナは、とても仄暗い光を宿した瞳で微笑んだ。





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