幕間・五度目の人生の始まり–竜姫候補–
(あぁ……また、始まっちゃう)
竜姫候補として神殿から与えられた部屋の中。
姿見の前に立つ柔らかな金髪の美少女──カロリーナは疲れた顔をしながら、溜息を零した。
(………………私は……どうすれば……)
カロリーナ・ディスンに与えられた役割はただ一つ。
頭に響く竜の声に従って、青年達と仲良くなり……悪役令嬢ミスティ・ドラグーンを殺すこと。
最初は同じ道を進み、途中で親密になる男性次第で道筋が違ってくる。
それも全て、カロリーナを導いてきた竜の声が教えてくれた。
竜姫候補となった時から、彼女には竜の声が聞こえていた。
最初は、その声に従うことに違和感はなかった。
だって、この国は竜神を信仰している。
竜姫候補になったカロリーナが、その声に従わないという選択肢はなかった。
一回目。
護衛騎士の力を借りて、彼女の首を刎ねた。
あの時の光景を、カロリーナは忘れていない。
視界が真っ赤に染まって、噴水みたいに血が噴き出して。
人気がない場所で吐いた。
だが、竜の声は正しいことをしたと告げたから。
アレは死ぬ定めなのだ、と。
こうなるのが定めなのだ、と。
悪役令嬢が死なないと、物語がおかしくなるのだ、と。
悪役令嬢が死ぬのがこの国のためになると思って、自分を正当化した。
だけど、それは一回で終わらなかった。
気づいたら二回目が始まっていて。
竜の声に〝もう一度〟と言われた。
なんで?とか。
どうして?とか。
殺したのに、どうしてまた殺さなきゃいけないのだろうとカロリーナは戦慄した。
しかし、その時のカロリーナは信仰心が厚かった。
ゆえに、それに従った。
二度目。
神官であるエルムの手を借りると、彼女は火炙りになった。
グチュグチュと肉が焼ける匂い。
炭化してボロボロになっていく身体。
おぞましさに身体が震えた。
そして、また始まった三回目。
悪役令嬢の義弟は、毒で動けなくなったミスティを銃で殺した。
毒で動けないというのに、彼は足を手を、腹を……じっくり、ねっとり、ゆっくりとその命を奪い取った。
一瞬で楽にしてあげたかったが、彼は自分の義姉に容赦ない仕打ちをした。
可愛い、後輩だと思っていた彼が……化物だと知った瞬間は、今でも忘れられそうにない出来事だった。
そして……四回目。
ずっと殺してきた彼女は、竜化した。
信仰対象である竜神に連なる者だと知った。
でも、もうその時には遅くて。
ミスティは、カロリーナが王太子イオンに与えた聖剣で殺された。
……異なる男性と親しくなり、ミスティを殺すことを四回も繰り返せば、流石にそれがおかしいのでは?と思うようになる。
だが、カロリーナがそれを理解するのは遅過ぎたのだ。
竜を信仰し、竜の力を与えられる竜姫候補として、盲目に竜という存在を信じ過ぎた。
竜という存在が狂っているのだと、気づかなかったカロリーナは……今更ながら、ミスティが理由もなく殺されていたのではないか?と、竜の声を疑っている。
しかし……五度目。
五度目が、始まってしまった。
竜の声が頭の中で〝最後だ〟と告げるが……これからどうなるか分からない。
またミスティを殺さなくてはいけないのだろうか?
もうあんな血に染まる光景を見たくない。
だが、急に従うことを止めたら罰が降されるかもしれない。
(…………嫌だ……また、私の手がっ、血に……っ!)
カロリーナは、どうして自分がこんな目に遭うのだと嘆く。
だが、本来嘆くべきなのはミスティの方だろう。
ミスティは今まで、冤罪で殺されてきたのだ。
竜の声に従って、カロリーナと彼らが殺してきたのだ。
なのに、彼女は自分のことしか考えていない。
カロリーナは、自身の保身だけを考えて……恐怖に身体を震わせる。
なんて身勝手なのだろうか。
(…………とにかく……学園に行かなきゃ……)
カロリーナは鞄を手に、部屋を出る。
その時の彼女は、この五度目が今までと変わらないと思っていた──。