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幻竜は言葉巧みに、人心掌握をする。

 





「さて。話が落ち着いたところで、僕が把握している情報を提供しましょう」




 ソファに隣り合うようにして座り、早速マキナは自分が把握している情報を話し始めた。


「まず、この世界は隔離されています」

「…………隔離?」

「正確には、この国がですね。目に見える隔離というより、この国の住人達がタイムリープに巻き込まれるように設定されている感じです。ラグナ様もそうなんですけど、力ある竜や純血の天使や悪魔は自身の力で箱庭(世界)を作ることができます。何もないところから何かを作るよりも、元々あるものを吸収して自身の箱庭を作った方が楽なんです」

「……………つまり、この国はその誰かの箱庭の材料にされたってこと?」


 マキナは頷く。

 そして、この箱庭()が隔離されているから、入るのが大変だったのだと彼は語る。


「隔離されてる以上、簡単には外部から干渉できません。まぁ、僕は箱庭自体にハッキングして、ここに侵入しましたけど」

「そんなことができるの?」

「できたからここに僕がいるのですが?…………まぁ、かなり無理を通したので、少し血塗れになりましたけど」

「あぁ……あの姿は、そんな理由だったの」

「えぇ。それに代償を払った甲斐はありましたよ?ついでに、敵の情報も少しは得られましたから」


 ミスティは彼があんなにも血塗れだった理由を知り、納得する。

 そして、抜け目ないマキナに、ほんの少しだけ感心した。


「とにかく……箱庭の中では創造主の望みが、殆ど罷り通ります。つまり、タイムリープを繰り返しているのはその創造主が原因かと」

「っっっ!」


 それを聞いた彼女はギリッと歯を噛み締める。

 だが、先ほどのように憎しみに染まりきらず……怒りを覚えるようなことを聞かせられても、冷静でいることができた。


「でも……タイムリープ(それ)竜姫達(あいつら)に、関係はある?」

「言ったでしょう?箱庭の中は創造主の望み通りだと。要するにですね……彼らの動きもその創造主が仕組んだものかもしれないということです。まぁ、あくまでもかもしれないであって……一概にそうと断言はできませんが」

「…………何故?」

「タイムリープをしてるのは確実に創造主の力によるものだと思います。だけど、時間操作なんて力の殆どを使用するはず……だから、その創造主が人の動きを操作できるほどの力を残しているかってのが疑問なんです」


 マキナは顎に手を添えて、険しい顔をする。


「創造主が竜、だというのは分かっていますが……それ以上は分かりませんでした。ですが、ただの竜がタイムリープを行なっているなら他の力は殆ど使えないはずです。だけど、時空竜ならまた話が変わってくる。なんせ時空を司り、時空を操るのは十八番オハコですからね。けれど、彼の方の性質を考えると……黒幕である可能性は低い。人を操ることはできないけれど、干渉が可能になるレベルの竜となると考えられるのは……。ミスティお嬢様の記憶では、この四回の人生で竜姫候補とその四人の青年達だけが違う行動をしていた。そうなると、その五人に干渉している可能性が高い訳だから……」

「…………そんなに一気に言われても分からないわ……」


 なんだかんだ言って、ミスティはただの娘でしかなかった。

 竜になったからと言って、いきなりそんな超常的な話についていけるはずがない。

 マキナもその事実に気づき、にっこりと笑った。


「あぁ、申し訳ございません。難しいことは僕が考えますから、貴女はただ復讐に専念して下さい」

「…………えぇ」

「大丈夫ですよ。僕もお手伝いしますから、お嬢様」


 マキナはそう言って立ち上がると、クローゼットの方へ行き……薄黄色のドレスを取り出した。

 ミスティはその意味が分からなくて、首を傾げる。


「何をしてるの?」

「お嬢様のお世話ですよ?」

「………………どうして?」

「だって、まともな侍女もいないでしょう?だから、代わりにお嬢様の身の回りのお世話をと思いまして。あ、ご安心を。僕はなんでもできますから」


 マキナはそう言って、ミスティの手を引き立ち上がらせ……彼女の服に手をかけようとする。

 彼女は抵抗しようとし──……たが。何故か微妙な顔をしながら、首を傾げた。


「…………貴族の娘として男の人に肌を見せるのは良くないと、徹底的に仕込まれて。私自身もそう思っていたはずなのに……何故か今は、あまり気にならないわね……?」

「竜と人間の当たり前を一緒にしちゃダメですよ」


 ミスティはそのままマキナの手でネグリジェを脱がされ、ドレスを着せられる。

 そこでふと、彼女は思い出す。


「そういえば……私の記憶を見て知ってると思うけど……今日は……」

「えぇ、学園に通う日ですし、その竜姫候補生が転入してくる日ですね。でも、サボっちゃいましょう」

「え?」

「下準備の方が優先順位が高いので」


 ドレスに着終えると、ドレッサーの前に座らせられる。

 そこでミスティは、様変わりした自分の容姿に目を見開いた。

 漆黒の艶やかな髪に、金の瞳。

 マキナも人外の美貌だと思っていたが、自分だって今までとは一線を画した美しさに変わっていた。


「…………容姿が、凄いことになってるわ」

「まぁ、竜は美しいですからね」


 マキナはクスクス笑いながら、彼女に薄めのメイクをする。

 加えて、髪も三つ編みのハーフアップにセットして、彼は満足げに頷いた。


「よし、オッケーです」

「……上手ね」

「お褒め頂きありがとうございます」


 そう言ってマキナは彼女の手を取り、向かう合うように立つ。

 彼は優しく微笑みながら、告げた。


「じゃあ、レッスンといきましょう」

「……………え?」

「邪竜の力は、できないことの方が少ないです。まぁ、世界を滅ぼせるんですからそれはそうですよね」


 手の平を重ねて、じんわりと暖かい何かがミスティの身体に流れ始める。


「これから、僕達は神殿に転移します。良いですね?」

「神殿に?」

「えぇ、僕がサポートします。大事なのはイメージです。僕達二人が、神殿に立つ。そのイメージ」

「…………私と、マキナが……」


 目を閉じて言われた通りのイメージをする。

 すると、一瞬の浮遊感と共に空気が変わる気配がした。


「よく出来ました」

「…………え?」


 慌てて目を開ければ、そこな純白の神殿の中で。

 質素かつ厳かな大聖堂の中にミスティとマキナは立っていた。


「…………こんな簡単に……?」

「お嬢様は慣れてませんから、僕のサポートがなければもう少し大変だったと思いますよ?さて……」


 マキナは神殿内を見渡し、「ギリギリ、大丈夫そうですね」と呟くとその皮膚に灰銀色の鱗を出現させる。

 ピキピキと音を立てながら、変わりゆくその姿。



 ほんの数秒後──そこにいたのは……とても美しい、灰銀色の竜だった。



 ミスティは初めて見る竜の姿に目を見開く。

 人の姿の時とは違うけれど、その美しさは変わらない。

 ミスティは見惚れるように……彼の鱗に触れた。


「凄い……とても、綺麗だわ」

『ありがとうこざいます。取り敢えず、誰かが来るまで待ちますか』


『ヨイショ』っとおっさんくさい声を漏らしながら、マキナはその場にしゃがみ込む。

 ミスティはそんな彼の顔を覗き込んだ。


「何をするつもりなの?」

『竜神信仰をしてるなら、僕の姿を見て敬ってくれそうじゃないですか?だから、上手く使おうかと思いまして』


 どうやら信仰心を利用して、手駒を増やすつもりらしい。

 ミスティはこくんっと頷き、彼の手に座った。


「なんか、落ち着くわね」

竜同士(同族)だからじゃないですか?』

「なるほど」


 なんて、ほのぼのした会話をしていると。

 ギィィ……と音を立てて、大聖堂の扉が開く。

 そこに立っていたのは白と金を基調とした神官服を着た老人と、四十代くらいの男性。

 二人はミスティ達の姿を見て固まった。


「…………な……なっ……」

『あぁ……やっと来たか、人間よ』


 マキナは偉そうな口調で彼らに話しかける。

 ミスティは急に変わった彼の雰囲気に少し驚きつつも、黙っていた方がいいのだろうと判断し、事の流れを観察し始める。

 二人は慌てて駆け寄って、跪いた。


「お待たせしたようで申し訳ございません、竜神様!まさか、竜神様がいらっしゃるとは思いませんでしてっ……!」

『申し訳ないが、我はただの竜だ。竜神信仰をしていると聞き、少しばかり話をしにきた。お主らは?』

「わたくしは大神官のカリオスと申します!こちらは神官長のタリオでございます!」


 大神官と神官長は慌てて頭を下げ、そしてミスティの姿に気づき凄まじい剣幕で叫んだ。


「貴様っっ!竜神様の御手に座るなどっ……何をっ……!身の程を弁え──」

『この娘は我の大切な者だ!貴様らの方が身の程を弁えよっっ!』

「なっ……!?失礼致しましたっ、竜神様っっ……!」


 地面に頭を擦り付けながら謝罪する二人。

 どうやら、大神官達は熱狂的な竜神信仰者のようで。

 マキナは内心、これはいい駒になるとほくそ笑んだ。


『我が此度、この場を訪れたのは貴様らに告げることがあるからだ』

「…………はっ……!」

『この国の騎士タイラー。神官エルム。ドラグーン公爵家子息スレイスター。王太子イオン……そして、竜姫候補カロリーナ以上五名に我が罰を与える』

「「っっっ!?」」


 それを聞き顔色を真っ青にする大神官と神官長。しかし、彼らが青くなるのも当然だった。

 この五人はそれなりの身分がある者達だ。

 新進気鋭の騎士に、神官長の補佐を務める神官。公爵家の嫡男と王太子……そして、竜姫候補。

 どうしてそんな彼らが竜から罰を与えられなくてはならないのか?

 そんな疑問が、彼らの顔には滲んでいた。


『現在、この国は悪しき竜によって時間が繰り返されている。そして、その度に悪しき竜の使徒と思われる者達に、この娘が罪なく殺されているのだ』

「なっ……!?」

『干渉できぬようにされていたため、時間がかかってしまったが……やっと我はこの国に干渉できるようになった。ゆえに、我は我が唯一を殺した者どもを罰する』


 大神官達は言葉を失いながら、ミスティを見つめる。

 そして、恐る恐るマキナに質問した。


「ですが……そのようなこと、わたくし達は……」

『時間を繰り返しておるのに、認識できる訳なかろう。それとも何か?貴様らはなんの罪もなく何度も殺された彼女に、今を生きているのだから許してやれと言うのか?剣で首を刎ねられ、火炙りにされ、毒を飲まされ、銃で撃たれ、心臓を剣で突き刺されたというのに?罰すら与えずに許せと?』

「っっっ!?そのような殺され方をっ……!?」


 大神官達はそれを聞いて絶句する。

 殺されたと聞いても、そんな酷い死に方だとは思ってもいなかった。

 確かに、なんの罪もなくそのように殺されたら……罰を与えると言うマキナの言い分もその通りだと思ってしまう。


『加えて、この娘……ミスティは、竜の血に覚醒した。つまり、我と同じ竜となった』

「「なっ!?」」

『分かるな?そやつらはお前達が敬う、罪なき竜を殺したのだ』


 マキナの台詞に合わせて、ミスティはアドリブで自身の腕を竜に変化させる。神官達は大きく目を見開き、更に平頭する。

 信仰心の高い二人は、マキナと竜化させた腕を見ただけで、充分にミスティ達を信用するに値すると判断してくれたらしい。

 ミスティは腕を元に戻し、目尻を緩ませて言外に〝素晴らしいアドリブです〟と伝えてくるマキナに向けて、平頭している彼らには見えないからとニヤリと悪どい笑顔を返す。

 竜神を信仰し、竜を尊び、敬う。彼らは腐った神官などではない。心から竜を信じる、純粋な信徒だ。

 純粋だからこそ利用しやすい。ことが上手くいき過ぎて……ミスティは流石に、笑わずにはいられなかった。

 更に嬉しい誤算がもう一つ。竜の信者だからこそ彼らは、竜となったミスティを冤罪で殺した者への怒りも、尋常ではないようであった。


「竜神様!具申させていただきます!仰られたそやつらは、直ぐに殺すべきです!竜となられた……真の竜姫様を殺すなどっ……!」

『まぁ、待て。言ったであろう?向こうには悪しき竜がおるのだと。其奴を逃がさぬためにも、秘密裏に動く必要があるのだ』

「秘密裏に……」

『ゆえに、我は信仰心の高いお主らに会いにきたのだ。我の手伝いをしてもらおうとな』


 マキナの言葉に、大神官達は目を潤ませ「ありがたき幸せ!」と地面に改めて頭を擦り付ける。

 マキナはそれを見て、扱いやすい駒だなぁ……と、心の中で呟きながら笑ってしまった。


『手伝ってくれるな?』

「はい!」

「勿論でございます、竜神様!」


 そんなマキナの人心掌握を見ていたミスティは、とても感心していた。


(…………本当。マキナがいると、復讐の準備が滞りなく進むわね。彼を下僕にしたのは、正しい判断だったわ)


 間違いなんかじゃない。それどころか、良い判断だったと言えるだろう。


(ふふ……ふふふふっ……!あぁ……!復讐が始まるその時がっ……今からとても!とても楽しみだわ……!)


 マキナ達の会話を聞きながら、淑女らしく。柔らかく。

 培ってきた……正確には、必要以上に培わさせられてきた厳し過ぎる淑女教育を生かして、ミスティは竜姫らしく(外面良く)微笑む。


(絶対にっ……私が味わった以上の苦しみを……!アイツらに……!)



 けれど、その心に抱く燃え盛る憎しみは隠しきれなくて……。

 ミスティの瞳の奥底には、黒い炎が揺らめいていた。





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