《憎悪の邪竜》と《迷霧の幻竜》の復讐の物語、或いは狂った恋物語
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました。
最後までよろしくお願いします。
いつも、彼女は唐突に思い出す。
「かはっ……」
目の前には顔を歪め笑う、無差別通り魔。
彼女は、そんな奴にナイフで刺されたところだった。
(あぁ……もう……これで何回目……?)
毎回、毎回、死ぬ間際に思い出してしまう。
殺される瞬間に、思い出す。
もう何度繰り返したか分からない。
でも、これも彼が原因なのだ。
「***っっっ!」
駆け寄ってくる彼女の恋人。
しかし、彼女はその人を見て顔を歪める。
記憶を思い出したからこそ、分かってしまう。
この恋人は、彼だ。
これは永遠の呪い。
逃れることのできない、因果。
「ゆる、さ……な、い………」
彼女は死ぬが、また始まるのだろう。
彼の目の前で、愛しい人が死ぬが……また繰り返すのだろう。
これが、邪竜の復讐。
永遠に終わらない、怨嗟。
◇◇◇◇◇
暗雲立ち込める《破滅の邪竜》の箱庭。
そこに唯一ある屋敷で。
マキナは手に紫の花が飾られた花瓶を手に、とある一室に入っていった。
「おはようございます、お嬢様。今日も良い日ですよ」
そう声をかけようと、返事はない。
品のいい家具で彩られた部屋。その中央に位置する天蓋付きのベッドで眠るのは……とても美しい少女。
艶やかな黒い髪。閉じられた瞳は、マキナと同じ金色。
ただ呼吸だけを繰り返す、眠り姫となったミスティの元へ彼は歩み寄り……その頬を撫でる。
「今日も美しいですね」
触れようと。
声をかけようと。
ミスティから返事はない。
それはそうだ。
そうなるように、マキナが魔法をかけたのだ。
あの日の約束──。
ミスティは、マキナに褒美を与えると告げた。
マキナが望んだのは……〝永遠にミスティに仕えること〟。
〝気が済むまで尽くし尽くすこと〟。
それを叶えるために、ミスティは何もできない状態になった。
懇々と眠り続ける今、ミスティは彼の世話がなくては生きていけない。
マキナが尽くさなくては生きていけない。
それこそが、彼の願いを叶えることになる。
そして……ただ自分のだけの味方が、ずっと側にいてくれることは。
ミスティの願望を叶えることにもなる。
これはある意味、二人にとって幸せな時間だった。
互いに依存する、幸せな時間だった。
マキナは、ひたすら眠り続ける彼女の頬を撫でて微笑む。
「あぁ……幸せだ」
マキナの気が済むのは、いつの日になるだろうか。
数年かもしれないし、数百年かもしれない。
ひとまず、言えることは……いつの日かミスティの命令が欲しくなって、彼女を目覚めさせる日がくるだろうということだけ。
今は、ただ……。
誰かが側にいて、誰かに尽くす幸せな時間に……浸っている。
◇◇◇◇◇
「………………なんか、ちょっと驚いた」
「にょにょ?どこら辺が驚いたんですか?」
邪竜の箱庭にある屋敷の中庭。
大きな木の下で、堕天使のアリスを膝に乗せた淫魔のエイスは小さく呟いた。
今、彼は《全知》の力を持つアリスから……今までのミスティとマキナの復讐劇の話を聞いていた。
《破滅の邪竜》ラグナの復讐に付き合ったことがある彼だからこそ、ラグナとマキナの結末の違いが気になったらしい。
エイスはなんとも言いづらいといった様子で、言葉を紡いだ。
「…………ほら……ラグナ様はその、花嫁様と結ばれて終わっただろう?でも、マキナ様は……結ばれるっていうより……」
「あぁ〜……なるほどなのです。うんうん。エイスが言いたいことも、分かるのですよ?」
アリスはクスクスと笑う。
ラグナとその花嫁ミュゼは、今も互いに互いしか必要ないと……周りに一切の興味がなく、二人だけの世界に溺れている。
マキナ達は、互いに無自覚ながら惹かれていたようなのだ。
しかし、マキナとミスティは……ミスティが眠り、マキナがその世話をするという結末。
実際に結ばれることもなく……ただ、共にいるだけで終わってしまった。
そう考えると……。
「でもでもです。幸せの形は、ヒトそれぞれなのです。それに……あの二人は無自覚なだけで。なのに、無自覚であるのにミスティ様とマキナ様は永遠に、共にいる約束を交わしたのです。誓ったのです。恋心に気づくのが今じゃなかっただけなのですから……そんなに問題はないのです。二人が結ばれる日はその内、確実にくるのですから!」
アリスは《全知》の力を持つがゆえに、過去も未来も全てを知っている。
だから、その言葉に嘘はない。彼女が言った未来は必ず訪れる。
それを聞いたエイスは「そうか」と呟いて、素直に納得した。
「それ以前に……エイス、忘れたのですか?」
「……………ん?」
「マキナ様もミスティ様も竜なのですから、この結末もある意味ピッタリなのです」
エイスは〝何を言ってるんだ?〟と首を傾げる。
アリスは再びクスクスと笑って、彼の両頬を手で包んだ。
「この結末はある意味、竜らしい結末なのですよ?」
「……竜らしい?」
「竜は壊れている。狂っている。人とは違い、他種属とも違い。ただ、自分の欲望を唯一にする種です」
「……………あぁ……」
エイスはそこまで聞いて、納得したような声を漏らした。
「狂った恋物語の結末としては、ピッタリの終わり方じゃないですか?」
これは、《憎悪の邪竜》ミスティと《迷霧の幻竜》マキナの復讐の物語であり………。
──狂った竜達の、恋物語でもあった。
後書きまで目を通してくださり、どうもありがとうございます。
さて……お気づきの方もいらっしゃるでしょう。
【一部】です。【一部】の完結です。
という訳で〜。
一応、完結設定にはさせていただきますが、【二部】開幕決定です。私の中では。
少し休憩をもらってから、更新予定です。
でも、予定は未定。二部更新前に、シリーズの他作品を投稿するかも? 何が更新されるのか……それはその時の気分次第になります(笑)
どうぞ引き続き、本作品をよろしくお願いいたします。




