復讐劇の終演ーそして、真実が暴かれるー(5)
明日、エピローグです。
よろしくどうぞm(_ _)m
死ぬ。
また死ぬ。
何度も死ぬ。
痛い。
苦しい。
辛い。
楽になりたい。
楽になれない。
どうして?
分からない。
許して。
◇◇◇◇◇
何度、カロリーナは死んだろう。
その度に、痛みに苦しみに、苛まれて。
何度も死ぬのに、肉体は死なず。
肉体は死なぬのに、心が死んでいく。
虚ろな目はただ死を許容するだけに変わり、ミスティはつまらなそうな顔をした。
「反応がなくなっちゃったわ」
「おや。では、ちょっと僕がアドバイスしてさしあげましょう」
ミスティの肩に軽く触れ、マキナは笑う。
そして、彼女にそぉっと話しかけた。
「辛いですよね。でも、これは全て君を導いてきた竜の所為なんですよ?」
ピクリッ。
カロリーナの身体が僅かに震える。
「彼は《生命の光竜》。君と繋がっている。だから、君の代わりに周りにいた騎士達を生贄にして。何度も何度も君を生き返らせているんです」
「うふふっ。だから、簡単には終わらないわ。彼と繋がっている限り、その命は終わらない。何度だって死ぬわ」
じわりと滲む悪魔のような言葉。
カロリーナの虚ろだった瞳に、どんどん憎悪が芽生え始める。
「貴女が死ぬのは彼の所為。だって、彼が貴女に私を殺すように仕向けたんだもの。だから、私はその復讐をしているんだもの。ねぇ?貴女を苦しめているのは……だぁれ?」
カロリーナは幽鬼のように起き上がり、ゆっくりと手を伸ばして地を這う。
向かう先にいるのは、《生命の光竜》セルクラース。
彼女は、動けない彼の元に向かうと……憎悪に満ちた瞳で睨んだ。
「貴方の、所為」
「カロン……」
「貴方がっっっ!私がミスティ様を殺すように導いたからっっっ!私がこんな目に遭ってるの!」
カロリーナは拳を握り、セルクラースを殴る。
しかし、セルクラースは竜。
その身は傷つかないし、代わりに彼女の拳の方が傷ついていく。
それでも、カロリーナはセルクラースを殴り続けた。
「許さないっっっ!殺してやるっ……お前の所為でっ……!」
セルクラースは、延々と呪詛を紡ぐ彼女の姿を見て言葉を失った。
前世のセルクラースは、気の弱い青年だった。
人の言いなりになって、自己主張も全然しない。
空気みたいな存在だった。
だけど、妹がやっている乙女ゲームのヒロインを見て……心が高鳴った。
ゲームだと分かっている。二次元だと理解している。
それでも、カロリーナが逆境に負けずに頑張る姿が凄いと思った。
羨ましかったのかもしれない。
そうやって自分らしくいられる彼女が。
揺るがない姿が。
それは憧れを超えて、愛おしさになって。
だから、彼は。
この世界に……カロリーナと結ばれる攻略対象に転生したのが、とても嬉しかった。
煌めく彼女を、ずっと側で見ることができると。
愛しい人と結ばれるためだった。
だから、ゲームのシナリオ通りにミスティを排除しようとしたのに。
セルクラースは目尻に涙を滲ませる。
彼女に敵意を向けられるために、こんなことをしたんじゃない。
「ぅ……ぁ……あ…………!」
「死ね!死ねよ!」
ミスティは醜いその姿を見て笑う。
きっと身体は傷つかない。
しかし、その心はきっとズタボロだ。
愛しい人に向けられる殺意。
それは深く深く、彼の心を傷つける。
なんて楽しいのだろうか。
なんて、面白いのだろうか。
ミスティは笑う。
クスクスとクスクスと笑う。
「楽しいですか、お嬢様」
「えぇ、とっても楽しいわ!」
「では、最後の締めと参りましょう」
マキナはミスティの手を取り、視線を上空へ向ける。
このために、ミスティは何度も何度も彼女を殺してきたのだから。
「因果を確定しましょう。何度も繰り返した時間の咎を。許されぬ時間操作の報いを。カロリーナ・ディスンの精神が生まれ変わる度に覚醒し、何度も殺されるように。《生命の光竜》セルクラースの精神が生まれ変わる度に覚醒して、彼にとって愛しい者が必ず死ぬように」
ミスティの邪竜の力が、一筋の矢に収束される。
禍々しい漆黒が、空へ向かってその鏃を向ける。
「補助は僕が……では、お嬢様。因果律を破壊しましょう」
「行け」
ミスティの合図に合わせて矢が空へと飛び……一定距離まで飛ぶと同時にパキンッッ!と割れる音がする。
そして、パラパラと金色の光が降り注いだ。
「『あ、ぁ………あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁァァァァァァァァァァァァアアぁあっ!』」
セルクラースが絶叫する。
金の光が彼と、カロリーナの身体に収束する。
それは彼が犯した罪。
時を操る竜でないのに、不可逆の時間の流れを無視した。
──時を戻し、無理やり繰り返した。
それは世界の因果を、理を狂わせる。
そして、その原因である箱庭が壊れれば……その報いを受けるのは当然なのだ。
狂った因果の報い。
因果を狂わせたセルクラースと……彼と繋がったカロリーナが受けるのは必然で。
その報いを利用するために、ミスティは何度もカロリーナを殺した。
セルクラースの前で殺した。
何度生まれ変わろうとも殺される因果と、何度生まれ変わろうとも愛しい人が死ぬ因果を生み出すために。
そうして、それは成功した。
因果、なんて言ってもそれは呪いだ。
時を狂わせたがゆえに生じた呪いだ。
逃げることはもうできない。
未来永劫、二人は苦しみ続ける。
永遠に、この苦しみから逃れられはしないだろう。
「あはははっ……あははははははっ!」
ミスティは狂ったように笑う。
楽しそうに、壊れた笑顔で笑う。
自分を殺した人間に、復讐を。
永遠に続く復讐をすることができた喜びに、歓喜が止まらない。
ニッコリと綻ぶような笑みを浮かべながら、彼女は二人に話しかけた。
「うふふふっ、喜んで?これで貴方達は永遠ね。ずぅっと地獄ね」
「な、んで……何でこんなことをするんだよぉっっっ!」
セルクラースは叫ぶ。
だが、彼は分かっていなかった。
元人間だったミスティよりも、彼は竜というモノを理解していなかった。
「なんで?それは貴方達が私を殺したからよ?永遠に苦しむなんて罰が重すぎると思っているかもしれないけれどね?私は、竜になったのよ」
「ボクだって竜だっっっ!」
「この世界の竜はね?どこかしら壊れているのよ?」
「…………っっっ!?」
ミスティは両手を広げ、笑う。
その瞳は、仄暗い光がゆらゆらと宿っていた。
「理不尽であろうと。重すぎる罰であろうと。私が望んだのは貴方達の絶望。貴方達の破滅。そのために、何をしようと構わない。この手が血に染まろうと。数多の命を刈り取ろうと。所詮、有象無象の命でしかないもの。いくら減ろうが構わないわ。それに、人間の倫理観は私には関係ないもの。私は竜。災厄の権化。私が望むままに、貴方達を苦しめる。沢山犠牲を出しても、貴方達への復讐を優先する。それが私という竜──……《憎悪の邪竜》ミスティ・ドラグーンなのよ」
前世の知識の所為で、彼は自分が竜だという自覚が足りなかったのだろう。
もし、ミスティと同じ思考を持っていれば。
彼女がどんな手段を使ってでも、自分達に復讐しようとしていることが……分かったかもしれないのに。
「じゃあね?昏き、苦しき、地獄の旅へ。いってらっしゃい」
ザシュッッッ!
カロリーナとセルクラースの首が同時に刎ねられ、血と共に命が散る。
返り血を浴びたミスティは、軽やかに笑いながら舞う。
数多の屍が転がるその光景は、地獄だった。
でも、その中で踊るミスティの姿はとても美しかった。
「お嬢様」
柔らかな声が彼女を呼ぶ。
ミスティは、ずっと自分のために尽くしてくれた従者に……微笑んだ。
「マキナ。約束を果たしましょう」
彼女の声にマキナは微笑む。
それは、この終演が終わる前に交わした約束。
彼に与える褒美。
「よろしいんですね、お嬢様」
「えぇ。私が与えられるものなら、なんでもあげるわ。この命さえも与えましょう」
逆を返せば、ミスティはマキナに殺されてもいいと思っていた。
彼はそれだけ働いてくれた。
たった独りだったミスティの側で、味方でいてくれた。
もう、それだけで……復讐を終えたミスティの未練はなくなった。
「では……」
マキナは……ゆっくりとミスティに手を伸ばす。
そして ──……。




