幕間・《精神干渉・安定化》
マキナは、ミスティにバレぬようにゆっくりと息を吐いた。
確かに、マキナはミスティの邪竜の力をワザと暴走させた。
だが、力の安定化も目的ではあったが……どれくらいの沸点で、その力を暴走させるかを知るためでもあった。
そして、その暴走点が予想より低くてマキナは内心冷や汗が止まらなかった。
産まれたばかり同然の子竜でも、邪竜は邪竜。
あと少し、《精神干渉・安定化》が間に合わなかったら……きっと力が暴走して、この国も、世界も、再生という概念すらも破壊しかねなかったのだ。
そうなると永遠にこの世界は滅びたままであるし……マキナも巻き込まれて、死ぬところだったのだ。
(幻竜の力の大半を使って、やっと落ち着くって……やっぱり、邪竜の血は怖いですね)
竜というのは、名前やあだ名を得ると存在が安定化し、更に力を増す。
ミスティという名前があっても、竜としてのあだ名がまだ決まっていないのに、これほどの力。
あだ名が決まることで竜の力が更に膨大になったら……それを想像したマキナは思わず冷や汗を掻いてしまう。
(…………それに……復讐という目的がなかったら。邪竜の力に呑まれていたかもしれませんし)
彼女がどう感じているかは分からないが、今のミスティは完全にその力を制御し切っている……とは言えない。
産まれた時から竜であった訳ではないのだから仕方ないのだろうが……それでもやはり制御が甘い。少し油断すれば、簡単に暴走する可能性が高い。
けれど、そうなっていないのは……復讐という目的があるからだろう。
目的があっても呑まれる時は呑まれるが、目指すモノがあるのとないのでは意識が違う。
現に、今のところは目的が良い効果を発揮している。
もし、これでなんの目的もなかったら。なんの方向性もなかったら。〝軸〟になるモノを有していなかったら。
ミスティは竜の膨大な力に翻弄され、無意味に世界を滅ぼしていたかもしれない。
…………災厄の、化身として。
最悪を想定したマキナは、その考えを振り払うように思考を切り替えた。
(色々と問題は残ったままですが……ひとまず、邪竜の力暴走問題は落ち着いたということにして……。今はお嬢様の復讐と、この狂った世界のループを終わらせることを優先しましょう。取り敢えず、定期的に《精神干渉・安定化》をかけ続けますかね。僕の力もかなり減りますから、向こう側の探知にも引っかかりにくくなるでしょうし)
このまま定期的にミスティへの精神干渉で魔力を消費し続ければ、この舞台を用意した者に見つかりにくくなるだろうとマキナは予想した。
元々、こんな大掛かりな舞台を用意しているのだ。
その予想はほぼ、当たっていると言っても過言ではない。
(…………さて……この復讐の先に、誰がなんの目的でお嬢様を殺していたのかが分かるといいんですけど)
そこに辿り着くまで、そんなに時間がかからないとは思うが……竜が関わっている以上、面倒なことこの上ないだろう。
だが、面倒であればあるほどマキナは自分の身を彼女に捧げることができる。
彼女のために、身を粉にして働くことができる。
それだけは、途轍もなく嬉しいことだし、楽しみなことだ。
それに、自分の主人となったミスティが復讐を楽しみにしているなら、マキナだって楽しみになるに決まっている。
自分の主人が復讐を楽しみにしているから、自分も楽しみにしているというのは、人間からしたらおかしいことだろう。
だが、マキナは竜で。
人間の考えには、当て嵌まらない存在なのだ。
竜というのはそれほどまでに、壊れている。
それほどまでに狂っている。
マキナだって、ミスティだって────竜は異常なのだ。
(…………お嬢様を無意味に殺してきたんだ……お嬢様を楽しませるぐらいはして下さいよ?創造主さん)
マキナは復讐の道に進むことを選んだミスティを見つめながら……柔らかく、仄暗い笑みを浮かべた。