復讐劇の終演ーそして、真実が暴かれるー(3)
自分を守るはずの騎士達が、自分の命を狙ってくる。
鬼気迫る顔で。
切羽詰まった様子で。
恐怖で身体が動かなかった。
そして、動かない身体を騎士達が剣で貫いていく。
嬲るように。
蹂躙するように。
痛みに泣き叫ぼうとも、救いを乞おうとも、自分が生きることしか考えていない彼らには届かない。
痛い、痛い…………痛い……。
怖い……怖い、恐いんだ。
このままだと──わたしは──……。
──味方だった者達の手で、殺される。
◇◇◇◇◇
「何をしているのですか、竜様!」
大神官カリオスの言葉に、マキナはゆっくりも振り返る。
しかし、その顔はとても蕩けるような笑顔になっていて。
カリオスはこんな場違いな笑顔に、恐怖を抱いて息を飲んだ。
「ちょっと待ってくれますか?今、お嬢様の理性をほんの少し戻しますから」
そう告げた彼はミスティに再び《精神干渉》を発動する。
何故、こんな手間がかかることをしたのか。
それは、この現状を生み出すため。
この地獄絵図を生み出すため。
ミスティの狂気に、殺意に、憎悪に当てられた者達は正常でいられない。
だから、今、一種の暴徒と化した騎士達に王太子イオンは襲われている。
竜姫候補カロリーナは、血の匂いに、残酷な光景に吐いている。
光竜セルクラースは、自分が人を殺したことに愕然として……ガクガクと震えている。
「狂気に染まってたら、何も見れませんからね」
ミスティの思考が黒く染まり、狂気に任せて暴れようとした瞬間──マキナの力により、彼女は僅かに理性を取り戻した。
つまりそれは、再びマキナが《精神干渉・安定化》を発動させたからで。
ミスティはギロリッと彼を睨んだ。
『マキナ』
「すみません。ですが、憎悪に染まった殺気じゃないと……ほら。この現状は生み出せなかったですし?そのままだと彼の最後が見れませんよ?」
マキナの言葉に、視線を動かせば……そこには血に染まり愕然とするカロリーナとセルクラース。
そして……。
騎士達に剣を突き立てられ……あらゆる体液を垂れ流しにしながら、悲鳴を漏らす王太子イオンがいた。
『あら?ちょっと理性を失くした隙に?』
「えぇ。ちょっと僕が誘導しました。竜姫候補達は恐怖で暫く動けませんから……ゆるりと王太子の最後をお楽しみ下さいませ」
「嫌だ!助けてっ!いたい、痛い、イタイ痛いいたい痛いイタイ痛いぃぃぃいっ!」
イオンは泣き叫ぶ。
それでも騎士達の手は止まらない。
守ってくれるはずだった者達に、殺意を向けられるのは。
自身の命を刈り取る武器を、剣を向けられるのは。
とても恐い。
その痛みに、自分が死を迎えようとしているのだと分かってしまうから、イオンの恐怖は増す。
「やめてくれぇぇっ!助けてぇぇぇっ!」
叫び声を聞いて、ミスティはニヤリと笑う。
あぁ、なんでいい気味だと。
「ご満足頂けましたか?」
『えぇ』
ミスティは人の姿に戻り、笑う。
クスクスクスクスと笑う。
「…………何故……。何故……このようなことを……」
ふと呟いたのは大神官カリオス。
ミスティとマキナは、ゆっくりと彼の方を振り向いた。
「何故?それはどういうことかしら?」
「どう、して……このような……地獄を……」
「どうして?貴方には私の目的を話したと思っていたのだけど」
大神官カリオスには、彼らに罰を与えると告げていた。
だから、彼はこうなることが分かっていたはずなのだ。
「私の目的はあの子達に罰を与えること。復讐すること。だから、苦しませる。嘆かせる。どうしてこうなるんだって、後悔させる……それだけよ?」
そう告げたミスティは、とても綺麗で。
とても狂っていて。
カリオスは息を飲む。
そして、本能で悟る。
彼女には話が通じない。
ならば、伝わる可能性が高い……彼に。
「マキナ様っっ!」
「なんですか?」
「ミスティ様をお止め──」
「止めませんよ」
マキナも笑う。
その笑顔は、ミスティと同じように……とても綺麗で。
……………とても不気味で。
カリオスはその圧に、尻餅をつく。
「僕の喜びは主人に尽くすこと。使われて、ボロボロになるほどに利用されること。例え、それで捨てられても構わない。お嬢様の望むことを叶えることが、僕の至福です」
カリオスは目を見開き固まる。
自分が信じていたモノは、敬う存在だと思っていたモノは。
こんなにも狂っていて。
こんなにも壊れている。
「…………あぁ……あぁぁぁっ!これが……これが竜なのか……っ!」
「えぇ。僕達は災害、理不尽な存在。自分のために、他者を犠牲にする」
カリオスは自分が信じてきたものが、壊れたのを理解した。
絶望したような顔で、黙り込む。
「マキナ」
愕然とするカリオスを無視して、ミスティは自分の僕に声をかける。
マキナは「なんでしょうか?」と首を傾げた。
「一度、騎士を止められる?」
「…………何故ですか?」
「聞いてみたいのよ。ほら……今の現状は……剣を突き立てられているその姿は、王太子に殺された時と一緒だから」
四度目の人生。
ミスティは、王太子イオンに心臓を剣で貫かれた。
止めてくれと懇願しても、容赦なく。
今の彼は心臓に剣を突き立てられた訳ではないが、同じ剣を向けられて。
そして、〝止めてくれ〟と〝助けてくれ〟と懇願していた。
だから、彼女は聞いてみたくなったのだ。
時間が戻っているから、今の彼は知らないだろうけれど。
ただ、理不尽に嬲られていると思っているだろうけれど。
剣を向けられる恐怖はどうかと、聞いてみたくなったのだ。
マキナは少し息を吐いて、頭を下げた。
「畏まりました。という訳で……煩い人間は黙っていて下さい。《精神干渉》」
マキナの力で大神官カリオスの瞳が、騎士達の瞳が虚ろになり、動かなくなる。
呆然と立つその姿はまるで幽鬼のようで。
さっきまで殺意を振り撒いていた騎士達が、一切動かなくなる姿は……不気味だった。
「助けて、痛い、恐い、助けて、助けて助けて助けて………」
身体を丸めて、頭を抱えて、ぶつぶつと呟き続けるイオン。
ミスティ達はそんな彼に歩み寄った。
「ねぇ、どうだった?剣に貫かれる気持ちは。楽しかったかしら?苦しかった?恐かった?悲しかった?どう思ったのかしら?ねぇ、私に教えて?」
「助けて助けて助けて助けて……」
ミスティの言葉に彼は反応しない。
ずっと同じ言葉を呟き続ける。
彼女はそんな反応に苛つき、その身体を勢いよく蹴った。
「ぐふっ!?」
「ねぇ!私が聞いてるのよっ!答えろっっっ!」
「う、ぁ……あ……」
地面を転がり、イオンはガクガクと震えたまま顔を歪める。
そして………。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあんっ!おかぁさまぁぁぁぁぁぁぁあっっ!」
赤子のように、号泣しだした。
「…………おや?」
マキナはキョトンとしながら、泣くイオンの精神を視る。
そして……困ったような顔になった。
「お嬢様。王子はどうやら……国騎士のあの虐殺事件の件もあって、今回ので完全に心が壊れちゃったみたいです」
ミスティはそれを聞いて怪訝な顔をする。
しかし……思い出したかのように、頷いた。
「あぁ、そういえば……アイツも、騎士だったわね」
「えぇ。そして今回も彼を襲ったのは、彼を守る存在である騎士達。加えて、剣を向けられる恐怖やら痛みやら何やらで、そんな現実を受け入れたくなくて……幼児退行化してしまったようです」
「何それ……ふっ……ふふっ!あはははっ!」
ミスティはそれを聞いて笑い出す。
目尻に涙を浮かべ、お腹を抱えて笑う。
「変なのっ!あぁ、とってもおかしいわ!こんないい年した男の人が子供になっちゃうなんてっ……!あははは!あははっ!」
だが、次の瞬間にはその顔は凍りついていた。
「──本当、つまらない」
ミスティはそう言って、彼をどこかに転移させる。
その顔は、無表情のままだった。
「お嬢様?」
「だって……幼児退行化したということは、現実から逃げたということなんでしょう?そんな子供、私が復讐したかった王太子殿下じゃないわ。だから、邪魔だったからどこかに転移させてやったの。運が良ければ生き残れるんじゃないかしら?」
現実逃避をして。自分の理性を放り投げて。そうして子供に戻ってしまったなんて。なんて、つまらないのだろう。
ミスティが復讐したかったのは、自らの意思で彼女を殺した王太子イオンになのだ。
その意思を失くしたも同然ならば、復讐しても意味がない。
何も分からない子供を虐めるだけに過ぎない。
無駄でしかない。
ゆえに、ミスティは自身でも分からない場所へと、目障りな彼を転移させた。
……ミスティの胸の中に、フツフツと黒い感情が湧き立つ。
それは、怒りなのか、それとも不満なのか。
言葉にできない感情が、燃え盛る。
「不完全燃焼って……こういうことを言うのかしら……?あぁ、でも ──……」
ニタァ……。
ミスティは口元に弧を描きながら、目を三日月のように細めながら笑う。
その視線は……呆然としていた、カロリーナ達を捉えていた。
「この鬱憤をアイツらにぶつければ……少しはすっきりするわよね?」
この行き場のない黒い感情は……彼女達を使えば解消できる──……それだけは、間違いなさそうだった。




