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復讐劇の終演ーそして、真実が暴かれるー(2)

 




 《竜と愛と、乙女のラプソディー》──。


 それは、主人公カロリーナが竜姫候補として見目麗しい青年達と交流しあい……世界を滅ぼす悪しき竜の依り代、悪役令嬢ミスティを倒す物語──。





 セルクラースは、どうして目の前にいる青年がそれを知っているのか驚愕する。

 しかし、ハッと何かに気づいたように、大きな声で叫んだ。


「まさかっ!お前も転生──」

「そんな訳ないでしょう。僕は生まれも育ち……は、ラグナ様の箱庭かもしれませんけど。この世界出身ですよ」


 呆れたようなマキナの物言いに、セルクラースは困惑を隠せない。

 ならば、何故、乙女ゲームのことを……。


「マキナ?オトメゲームって……」


 ミスティはキョトンとしながら、質問する。

 彼は顎に手を添えてから……ゆっくりと語り出した。


「簡単に言えば、恋愛小説や恋愛シミュレーションのようなものです。ゲームというだけあって、プレイヤーが主人公として行動を選択し、その選択肢によって物語が分岐し、攻略対象と呼ばれる青年達と疑似恋愛をする。最後は悪者を倒して、自身が選んだ青年とハッピーエンドを迎えることがゴールだったとか?」

「……………無駄に詳しいわね?」

「かつて味方にいた転生者だった者に教えてもらいました。ラグナ様は攻略対象だし、その花嫁様は悪役令嬢だったんですよ。で、ラグナ様の寵愛を受けようとした愚かな転生者(偽聖女)が何度も時間を繰り返し……まさに、こいつらのように復讐されて、死にました」


 かつて、《邪竜の花嫁》はミスティと同じように何度も殺された。

 それが原因で、《破滅の邪竜》は攻略対象とヒロインに復讐したのだ。


「基本、乙女ゲームなるものは女性がプレイするものらしいのですが……彼──光竜セルクラースは妹の手伝いをしていて、そのゲームの中にいた竜姫候補ヒロインに熱を上げていたみたいです」

「……………それが……」


 ミスティとマキナの視線が、ゆっくりと地に這う竜の隣に寄り添う少女に向けられる。



 竜姫候補カロリーナ・ディスン。



 ミスティは冷めた目で、二人を見つめた。


「転生者というのは、世界を管理する神のミスで死んでしまった者のこと。異なる世界でやり直しのチャンスを与えられている者。しかし、転生する時間軸は誤差が生じる。ですから、乙女ゲームというのは……こちらの世界にいた者がズレた時間軸の異世界へ転生し、実際にあった内容をモデルにして作っていることがあるそうです」

「…………つまり、彼がこの世界のことを知っていたのは……実際に今回のことを知っていた者が、彼よりも前の時代に転生し、そのオトメゲームなるものを作ったってこと?」

「その通りです、お嬢様。加えて、この世界にはいくつもの平行世界が存在するとされています。彼が知っていた内容シナリオは、その異なる世界の結末だったのでしょう」


 ミスティはそれを聞いて黙り込む。

 その説明だと、確かに……その転生者がこの事件をモデルにしたと納得する。

 だが、ミスティが殺された回数は四回。

 転生者がどうやって、四回もの結末を知ったのか?


「…………なんか、色々と矛盾している気がするのだけど?」

「そこらへんは詳しいことは分かりませんよ。所詮、神のみぞ知るってヤツですから」


 肩を竦めるマキナはこれ以上、難しい話は無しだと言わんばかりに歩き出す。

 そして……セルクラース達の前に立った。



「無知で馬鹿で屑で自己中心的で人の迷惑を考えず自分の欲望のままに罪なき者を殺してきたまだ年端もいかぬ若造竜君に教えてあげましょう」



 マキナはにっこりと笑う。

 だが、その笑みはとても不気味な笑みで。

 セルクラースと、カロリーナはゾワリッと肌を粟立たせる。


「お前はこの世界に転生し、自分が乙女ゲームに出てくる攻略対象──……いつかは竜姫候補ヒロインと結ばれる光竜セルクラースに生まれ変わったことを知った。だが、一回目……いや、繰り返しを始める前。竜姫候補は攻略対象と関わり合いもなく、そのゲーム期間を終わらせようとした。ゆえに、お前はこの国を支配下に起き、箱庭化して……時間を戻した。四人の攻略対象をクリアして、隠しキャラの自分の物語をオープンさせるために」

「っ!」

「まず、そこから間違いだったんですよ!」

「がはっ!?」


 バキッ!

 マキナはセルクラースの髪を掴み、地面に叩きつける。


「セルクラースっっっ!」

「邪魔しないでくれるかしら?」


 駆け寄ろうとしたカロリーナは、いつの間にか彼女の背後に立ってその首に鋭い爪を添えていたミスティに動きを止められる。

 マキナはそれを確認してから……セルクラースの顔を、勢いよく持ち上げた。


「この世界はゲームじゃない。そして、僕達は()()()()()。例え、酷くゲームに酷似していても、最初に竜姫候補が攻略対象となる青年達と縁がなかったように……この世界は、君が思っている世界じゃないんです」

「そ、ん……」

「お前はこの世界はゲームだと思って、ミスティお嬢様を倒して、自分と竜姫候補が結ばれるエンディングを渇望していたみたいですけど……お前がしてきたのはただの殺人です。無意味な殺人なんです。関係なかったはずのお嬢様を、悪役令嬢──ゲームの世界における悪役だからと、巻き込んだ」


 マキナはそう言うと、再びセルクラースを地面に叩きつける。

 バコンッッ!と地面が割れ、凄まじいクレーターが出来上がるが、マキナはそれを無視して手を離した。


「さて、問題です。先ほど……僕は金の瞳を持つのは竜だけだと告げました。この場にいる竜は、何体でしょう?」


 セルクラースは虚ろな瞳で、マキナを見上げる。

 そして……カロリーナの背後に立つミスティの瞳を見る。


「………………ぁ……」

「ついでに教えてあげましょう。〝悪しき竜〟なんて言ってましたけど……竜には善も悪もない」

「…………え?」

「竜は等しく〝災害〟であり〝災厄〟だ」


 マキナは自身の胸元に手を添えて、微笑む。



「我らは自分の欲望を第一にする。誰かの望みなんて叶えない。絶望的なほどの自己主義です。そして、竜は巨大な力を有するがゆえに──〝狂っている(壊れている)〟」



 ぶわりっ……!


 凄まじいほどの力の流れ。

 それは目の前にいる青年からじゃない。

 それは、竜姫候補の背後にいる……。


「あぁ、一つだけ……例外の竜がいました。それは聖竜と邪竜。世界の再生と、世界の破滅を役割として持つ。ほら、行き過ぎた文明は結局滅んでしまったりするでしょう?世界を道連れにして。そうなる前に、邪竜が世界を滅ぼすんです。そうすれば、聖竜が再生することができる。そんな世界の仕組みになっているらしいです」

「あっ……ガッ……』

「ゆえに、聖竜と邪竜の力は我ら竜とは一線を画している」


 ミスティが胸元を押さえて、呻き声をあげる。

 カロリーナはその場に尻餅をついて……彼女を、化物を見上げた。


「本来なら……竜として目覚めることもなかったんでしょうけど……。まぁ、このお嬢様を作り上げたのはお前ですから」


 セルクラースはガクガクと異常なほどに震える。

 ミスティの皮膚は漆黒の鱗を纏い、巨大化していく。


「いっ、一体っ!何をっっっ!」

「今、お嬢様にかけていた《精神干渉・安定化》を解きました。まぁ、つまり?」



『グガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァア!』



 咆哮。

 それだけでセルクラースは、カロリーナは、イオンは、その場に生き残った騎士達は悟る。



 ──自分達は今日、ここで死ぬのだと──……。



「憎しみに染まった《憎悪の邪竜》が、全てを殺しにかかるでしょう」



 血の涙を流しながら。

 ミスティは真っ黒に染まった思考の中で、ただ復讐することだけを考える。

 ただ殺すことだけを考える。



『殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!何もしてないのに、殺したお前達をっ!理不尽に殺したお前達をっ!殺す!死にたいと乞うほどに苦しませて殺してやる!』



 振り撒かれる殺意。

 殺意に当てられた人々は恐慌状態に陥ってしまう。

 泣き叫び、逃げようとして、失禁する者だっていて。

 その光景は、阿鼻叫喚という言葉がぴったりだった。


「騎士の皆さん。お嬢様が怨んでるのは王太子、竜姫候補、光竜の三人です。きっと、彼らがこの場から逃げないようにしたら……いや、惨たらしく、残酷な死を迎えたら。復讐の対象はいなくなる訳ですから……皆さんは助かりますよ?」


 だが、そんな中で悪魔の囁きが響く。

 耳の奥に響くマキナの声。


「でも、直ぐに殺してはいけません。それではお嬢様は満足されない。殺さず、生かさず、ゆっくりと……ね?」


 《精神干渉》を波のように薄く広げ、自分が助かることしか考えられないように……誘導したのだ。

 そして、それは……成功する。



「王太子と竜姫候補を殺せ!その命を捧げろっっっ!」



 誰かの叫んだ声に従って、その二人の側にいた者達が鬼気迫る顔で駆ける。

 彼らは自分達が生き残ることしか考えられない。

 例え、自分達が仕える王族であろうと。

 敬うべき竜姫候補であろうとも。



 人間は結局……自分が一番、大切なのだから。



「ひぃっ!?」

「やぁっ!?」


 イオンとカロリーナは悲鳴をあげる。

 カロリーナの方は側にいたセルクラースが、その腕を竜化して薙ぎ払う。

 だが、セルクラースも……ミスティの殺意に当てられ、冷静でいられるはずもなく。



 力加減を間違えて、薙ぎ払った騎士達を……殺してしまったのだ。



「……………………ぁ……あぁ……」


 血の暖かさが。鉄臭い臭いが。セルクラースの腕に纏わりつく。

 前世の世界は、戦争なんてない平和な世界だった。

 今世でも……カロリーナを導いていただけで、直接人を殺したことなどなかった。

 …………さっきの暴れている時は……不快感に気づいていなかった。

 つまり、セルクラースは……彼は今、初めて自分の意思で。



 ──人を殺したことを認識した。



「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっ!」


 王太子イオンの悲鳴。

 逃げれないように、自分達が生き残るための生贄になるように。

 王太子イオンに剣を突き立てる。


 ゆっくりと、嬲るように。


 じっとりと、命を刈り取るように。



 まるで地獄のようだった。


 いや、地獄だった。



「何、これぇ……」





 カロリーナは愕然とするセルクラースの腕の中で……ガクガクと震えながら、呟いた。





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