黒幕は、満を持して顕現する。
王太子イオンは、泣きながら王城に現れた竜姫候補カロリーナに困惑を隠せなかった。
それに彼女は「助けて下さい……。貴方しか……もう貴方しか、いないんです……」と繰り返すばかり。
流石に、周りの目が気になったイオンは、彼女を応接室へと案内した。
「どうしたんだ?カロリーナ嬢」
「全てを……貴方に話します……。だから……だから、助けてください……」
そこから彼女が語ったのは、嘘のようなことばかりだった。
竜の導きで何度も人生を繰り返したこと。
その度に、竜の声に従いミスティ・ドラグーンを倒してきたこと。
そして、今回……そのミスティは竜姫として神殿に招かれ、竜姫候補であったカロリーナは神殿から追い出されたのだと──。
聞かされた内容はあまりにも衝撃的で……イオンは、言葉を失わずにはいられなかった。
「ずっと……ミスティ様を倒すことが、正しいことなのだと……竜の声で導かれてきて……。でも、今回は何故か途中から彼の声が聞こえなくなって……。そしたら、ミスティ様が竜姫になって……私が追い出されて……」
要領を得ない話し方だったが、イオンは一つの考えに辿り着く。
つまり……カロリーナを導いてきた竜は、ミスティが竜姫だと欺いて本当の竜姫カロリーナを排することを恐れて、彼女を倒してきたのではないかと。
だが、そう考えたとしても……ミスティにそんな度胸があるようには思えない。
彼女はいつだって、自分の後ろにいるだけの……平凡な──……。
「今回は……今までの人生で、私に協力してくれてた人ばかりが……捕まったり、行方不明になったりしてて……。きっと……こうなるのが分かってたから、彼はミスティ様を倒せって……!」
「その通りだ、カロン」
「「っっっ!?」」
唐突に響いた凜とした声に、二人はギョッとしながら振り返る。
そこにいたのは、長い金色の髪に金の瞳を持つ魔性の美貌を誇る青年。
白い衣を翻しながら、彼はカロリーナの前に立ち……微笑んだ。
「少しの間……一人にして悪かった。カロン」
「……………ぁ……」
その声にカロリーナは目を見開く。
この声を彼女はよく知っている。
ずっとずっと、共にいたのだ。
「貴方は──………」
カロリーナはポロポロと涙を零し始める。
あの灰銀の竜に会った時、竜の姿だったからずっと導いてくれていた人だと思っていた。
しかし、この人とアレは違う人で。
どうしてこの人がここにいないのだと。どうして導いてくれないのだと、嘆いた。
だけど……ちゃんと会いにきてくれた。姿を見せてくれた。
それだけで……カロリーナは安心してしまう。
「すまない。あの殺戮事件で君が怪我をして、ボクの力で回復させたんだ。その時に少し力を使い過ぎたみたいでね……休眠状態になってしまっていたんだ。その所為で君を、不安にさせてしまったようだね」
「そう、だったの……そうだったのね……」
カロリーナはそれを聞いて安心する。
竜の声が聞こえなくなったのには、理由があったのだと。
竜姫候補としての資格を失くしたのかと、思っていたが……大丈夫だったのだ。
「あの……失礼ですが……。もしや貴方様は……」
イオンは、彼が自分達と一線を画した存在であることを本能的に理解していた。
しかし、それでも問わずいられない。
彼はそんなイオンの心境に気づいたのか、柔らかく微笑みながらも……威圧するような鋭い視線を向けた。
「ボクの名前は光竜セルクラース。ずっとカロリーナを導いてきた竜だ」
「っっっ!?」
イオンは慌てて跪き頭を下げる。
セルクラースはそれを見てから……カロリーナの方へと視線を向け、その頬を両手で包み微笑んだ。
「カロン、ボクが寝ていた間のことを教えてくれるかい?」
「…………えぇ」
カロリーナは先ほど、王太子に話した通りに話す。
セルクラースは若干困惑──内心では叫ぶレベルで動揺しつつも、彼女を慰めるように笑いかけた。
「大丈夫だ。この世界は君のためにある。ボクが守るよ」
「セルクラース……」
「君が、竜姫だ」
優しくカロリーナを抱き締めながらも、セルクラースは内心、今までないくらいに慌てていた。
目が醒めるなり、カロリーナが号泣しながら王太子に助けを求めていて。
こんなシナリオ、見たことがなかったから……仕方なく顕現した。
本当はもっと後に顕現する予定だったのに。そういうシナリオだったのに。
なのに、カロリーナから語られたのは……セルクラースが知ってたシナリオとは、完全に逸脱したモノで。
どうしてタイラーが大量殺戮なんて起こしているのか。
どうしてエルムが行方不明になっているのか。
どうしてスレイスターが聖牢に封じられているのか。
(こんなの、ボクが知ってるシナリオじゃない)
セルクラースは何がどうなっているのか、理解できなかった。
加えて……自分の支配下にあるこの箱庭で、セルクラースが干渉できないエリアが発生しているのも、自分以外の竜の存在も気にせずにはいられない。
(ボク以外の……竜……?そんなの……シナリオには出てこなかったのに……?)
セルクラースは考え込む。
そんな彼に、イオンは困惑した顔で問うた。
「あの……やはり、ミスティ嬢は竜姫ではないのですか?」
「…………あぁ、そうだよ。竜姫はここにいるカロリーナだ」
イオンはそれを聞いて考え込む。
竜神信仰をしているこの国の者達にとって竜の言葉は絶対。
つまり、彼の言葉に嘘はない。
「では、ミスティ嬢を倒すことを目標としていたのは……彼女がカロリーナの地位を奪うと分かっていたからなのですか?」
「…………ミスティ・ドラグーンは、〝悪しき竜〟の依り代になる。彼女が依り代になれば……世界の危機なんだ」
「「なっ!?」」
カロリーナとイオンはそれを聞いて、目を見開いた。
セルクラースは、ずっとカロリーナを介して世界を守ろうとしてきたのだ。
彼女は、何故、ミスティを倒さなくちゃいけないのかという疑問が解消して安堵すると同時に……世界の危機という事態に、冷や汗を流した。
イオンも、カロリーナと同じ心境のようで。
………イオンは、覚悟を決めたような顔で進言した。
「でしたら、今からでもミスティ嬢──いえ、依代ミスティを倒しましょう」
「……………つまり?」
「ミスティは偽物の竜姫だったということ……竜姫だと詐称し、本物の竜姫を陥れたのは竜神を信仰する者として、背徳行為に当たります。そして、世界を滅ぼす存在だと知った今、このままにしてはおけません。こちらには竜姫カロリーナと光竜様がいるのです。官軍はこちらだ」
イオンの言葉に、セルクラースは思う。
……シナリオとはだいぶ乖離しているが。ミスティを倒せるなら多少過程が違っていても、結末はきっと同じになるはず。
「あぁ、そうしよう。王太子イオン」
「っっっ!わたしの名をご存知でっ……!?」
「君の力を借りたい」
「はいっ……勿論です!お任せください、光竜様!」
こうして……カロリーナ達は動き出す。
偽りの竜姫──ミスティ・ドラグーンを倒すために。
◇◇◇◇◇
「あぁ……やっと、黒幕君が顕現したようですよ」
神殿から与えられた竜姫のための部屋。
ソファの肘掛けに頭を置いて、横たわっていたミスティは……マキナの言葉を聞き、ゆっくりと目を開ける。
そして、口元に指を添えながら、クスクスと薄ら笑いを浮かべた。
「そう。よく分かったわね」
「えぇ。あの竜姫候補には、僕の分身をつけていますから」
かつて邪竜ラグナが自身の力の一部を切り離し、分身として、花嫁の護衛をさせていたことがある。
マキナはそれを応用して、自身の分身を情報収集のために使ったのだった。
「小さくても僕ですからね。彼──光竜セルクラースには見つかりませんよ」
「知ってる竜?」
「いいえ。聞いたことすらないですし、あだ名すらないようですから……やはり若造でしょう。竜として不完全でありながらよくもまぁこんな大掛かりなことをしたな、と賞賛すべき気持ちもほんの塩粒程度にはありますが。それでも本音を言うと……我々の敵ですらありませんね」
カロリーナ達は知らない。
カロリーナ、セルクラース、イオンの会話が全て筒抜けになっていることを。
彼女達が本物の竜姫カロリーナと光竜セルクラースを掲げ、ミスティを倒さんと画策していることが……ミスティ達にバレているということを。
「さて……これからどうなりますかね」
「さぁ?でも、楽しみだわ。やっと、やっと奴らに復讐ができるんだものっ……!」
ミスティは仄暗い笑みを浮かべながら、叫ぶ。
やっと、やっと、全てを終わらせられる。
あの女と全ての元凶である竜に、復讐することができる。
「マキナ」
「はい」
ミスティは自分よりもずっと強く、ずっと歳上の竜を呼び……その頬に爪を立てた。
暗い暗い瞳で、真っ直ぐに。同じ金色の瞳を覗き込む。
「貴方は私の僕。生きていようが、死んでいようが、地獄に堕ちようが貴方は私のモノ。例え、死んでも……永遠に、付き合ってもらうわよ?」
それはただの事実確認でしかない。
だが、どんなことになろうと自分を使うと言ってくれることに……マキナは胸が甘く疼いてしまう。
地獄に堕ちようとも、ミスティに仕え続けられることが嬉しくて仕方ない。
「勿論です、お嬢様。貴女の進む血の道に……どうぞ連れて行って下さい。例え、世界の全部が敵になったとしても……永遠に貴女のお側に──……」
ミスティはその言葉を聞き、その笑みを更に深くする。
マキナだけが……自分の味方が、側にいてくれる。
それはなんて幸福なのだろう。
ずっと独りだった。
ずっと、どうすることもできなかった。
でも、マキナに出会い……マキナに関係ない復讐なのに、彼はミスティのために沢山、動いてくれて。
この復讐の中、彼はずっと自分のために尽力してくれた。
尊重して、大切にしてくれて。
ミスティはそこまで自分に尽くしてくれるマキナへの想いに。
胸に満ちる甘い感情に、甘い疼きに我慢できない。
「いい子ね、マキナ……うふふっ」
爪を立てた所為で血が流れる彼の頬に優しくキスをして、ミスティは艶やかな笑み浮かべる。
そして、彼の耳元で囁いた。
「全てが終わったら……貴方が望む褒美をあげるわ。私が差し出せるモノならなんでも構わない」
「……………本当、ですか?」
「えぇ」
熱い吐息が漏れる。欲望が瞳に馴染む。
互いに恍惚とした笑みを浮かべながら、次の瞬間には……二人は本能に任せてキスをしていた。
貪るような、深い深いキスを。
角度を変え、何度も何度も、互いを確認するように触れ合う。
数秒にも数十分にも思える時間の後──……マキナは、色気が溢れる笑みを浮かべながら、彼女の耳元に唇を寄せた。
「…………なら、どうか。叶えてください。俺が望むのは──……」
その願いは……ミスティだけにそっと、囁かれた。




