公爵子息の結末、或いは公爵家の者達の結末
ニックス・ドラグーンは両手を錠で封じられた状態で、王城の地下牢に投獄されていた。
そうなったのは、当然の流れだった。
彼は悪魔の力を使って、沢山の女性達を殺め、その代わりに自身の願いを叶えてきたのだから。
「くそっ……くそっ!」
ニックスは怒りに任せて、ガンガンと床を叩きつける。
彼はこの状況が受け入れられなかった。受け入れたくなかった。
あんなにも上手く、全てが順調に進んでいたのに。
だというのに……前妻との子の所為で。ドラグーン公爵家は取り潰しとなり、妻となったティアも。使用人達も。半狂乱になりながら、投獄されてしまった。
これから、詳しく調査をされ……処分が決まることになるのだろう。
──〝処刑〟という名の、処分が。
「どうしてこんなことにっ……!」
ニックスは叫ぶ。
まさか、自分が虐げてきた娘が竜になるなんて思いもしなかった。
いらないと疎んできた娘が、実の父親の悪事を暴くなんて思わなかった。
「アイツのっ……アイツの所為だっ……!」
そんな風に娘への怨嗟を募らせるニックスであるが。
だが、それもこれも彼がミスティに親としての愛を与えなかったのが原因だった。
血が繋がっているというのに、政略結婚をさせられた相手の娘だから。自分が愛した女の子供ではないから。そんなちっぽけな理由で疎み、嫌い、放置した。
自分が愛した女と、彼女の子供達を愛している様を見せつけて。
そして、ミスティが危機的な状況に陥ろうと助けることもなく、ただ見捨てた。
そうやって……絶望に何度も叩き落とされたから。何度も殺されたから。
だからミスティは、邪竜の力に目覚めたのだ。
つまりは全ては……ニックスの自業自得、という訳なのだ。
しかし、本人はそう思わない。全てが全て、ミスティが悪いのだと思い続ける。
怨み、続ける。
「……くそぉぉぉぉ!くそがぁぁぁぁぁ!死ねぇぇぇえっ、ミスティィィィィィィィ!」
薄暗い牢屋の中に……ガンガンと何かを打ち付ける音と、怨嗟の声が響き渡る。
彼、ニックス・ドラグーンは……処刑されるその日まで。
自身の娘に向けて延々と、呪詛の言葉を吐き続けた。
◇◇◇◇◇
「うぁぁぁ……あぁぁぁぁっ……!」
真っ白な部屋の中。窓も、扉も、何もない白い空間──別名・聖牢。
聖別された鎖で拘束されたスレイスターは、その聖牢の床に這いつくばっていた。
呻き声を漏らす彼の頭の中に流れるのは、奴隷として連れて来られた女性達を無残な目に遭わせて、自分が殺した記憶。
助けて。
許して。
許さない。
殺さないで。
死にたくない。
地獄に堕ちろ。
四肢が捥がれた女性が。首のない女性が。内臓を溢れさせた女性が。女性が。女性が。女性が。女性達が、言葉を紡ぐ。
怒りの言葉を。憎しみの言葉を。苦しみの言葉を。怨みの言葉を。彼女達にかけられた呪いの言葉が、どんどん思い出される。
かと思えば、狂った悪魔が大笑いする。
『クケケケケケケケケッ!』
「あぁぁぁぁぁあっ……!」
だが、笑ったと思えば正気に戻る。
そうやって悪魔と入れ替わるたびに……スレイスターには、悪魔の記憶も流れ込んでいた。
元々は父、ニックスに取り憑いていた悪魔。
その力は代償を払えば、願いを叶えるというもの。
父は、沢山の女性達の屍を築きながら、あの地位に辿り着いた。
ドラグーン公爵家の令嬢と、結婚することができた。
だが、ミスティの母が死んだのも。
スレイスター達の母を後妻としてなんの問題もなく娶れたのも。
周りが自分達を助けてくれていたのも。大切にしてくれていたのもの。
全部が全部、悪魔の力だった訳で。
あと少し……というところで、全てを暴かれた。
だが、それは……スレイスターにとっては救いだったのかもしれない。
自分が寝ている間に、知らない間に。自分の身が、自分の手が、沢山の命を刈り取っていたこと。奪っていたこと。
そんな知らぬ間に積み重ねていた罪を……もうこれ以上、犯さなくていいことに安堵していた。
そして、この悪魔と狂気と隣り合った日々は、自分が奪ってしまった女性達への、贖罪だと思うようになっていた。
だが、きっと……そう思っていられるのも今のうちだけだろう。
徐々に自我が狂っていく感覚。
曜日感覚が曖昧になり、自分が悪魔なのかスレイスターなのかが分からなくなり始めていたのだから。
境界が曖昧になった先に待つのは、きっとただ生きているだけの狂った人間だ。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい………」
『クキャキャギャギャギャギ!』
その贖罪の言葉は……もう誰にも、届かない。
◇◇◇◇◇
柔らかな日差しが差し込む神殿の一室。
椅子に座らせられた手足がない少女の前に、ミスティは漆黒のドレスを身に纏い、冷たい笑みを浮かべながら立った。
「廃人になってしまったわね、ティアラ」
身体欠損が原因で、普通の日常生活が送れない人達が暮らす専門の神殿に向かうことになったティアラ。
今日はミスティとティアラが顔を合わせる最後の日。
だが、ティアラは返事をしない。
手足がなくなり、息はしているが生きてはいない。
虚ろな瞳がどこか遠くを見つめている。
そんな彼女に、ミスティは優しく囁いた。
「もし貴方がまだマトモだったなら……なんて理不尽な世界なのだと。どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのだと、叫んだのでしょうね。そうして、私の所為だと八つ当たりしたんでしょうけど……でも、世界は残酷なの。諦めてね。私の異母妹だった子」
「ミスティ様」
神官の一人が声をかける。
ミスティは「連れて行って構わないわ」と告げると、神官はティアラの身体に響かぬように優しく抱き上げて……静かに彼女を連れて、部屋を後にした。
「お嬢様」
「マキナ」
するりと現れたマキナは、ミスティの身体を抱き締め微笑む。
そして、静かに告げた。
「悪魔を捕まえた時の記憶が、良い印象になるように細工をしてきました」
「うふふっ、ありがとう」
あの日のミスティは、はっきり言って正義の味方らしくは見えなかっただろう。
どちらかと言えば、我儘な悪い人のようだった。
しかし、幻覚と精神干渉を得意とするマキナが小細工をすることで……あの日、あの場所にいた者達は、ミスティが良いことをしたと錯覚するようにしたのだ。
「さて……これで、神殿は完全にこちらの味方です。後は王太子と竜姫候補──……そして、黒幕君を始末するだけですね」
「そうねぇ……あぁ、そういえば」
ミスティはワザとらしく、今頃思い出したかのように彼に問う。
「元々ここにいた竜姫候補は、どうなったのかしら?」
そう……今、この神殿にいるのは竜姫ミスティであり、竜姫候補カロリーナはいない。
マキナはクスクス笑いながら、答えた。
「僅かばかりの金銭をもらって、追放されたようですよ?僕が竜姿の時に言った、血濡れの竜姫候補という言葉がよく効いたみたいです」
「うふふふっ。彼女にも細工をしたんでしょう?」
「勿論ですよ」
ミスティは窓の外から見える……王城へと視線を向ける。
そして、ニンマリと口角を持ち上げて、獰猛に笑った。
「王太子殿下、竜姫候補。ついに貴方達の番がきたわよ?どうぞ楽しみに、していて頂戴ね」




