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邪竜は、公爵家の本性を晒す。

 




 灰銀の竜が空を舞う。


 その神々しさに、人々は涙を零し地に膝をつき祈りを捧げた。



 そして、カロリーナもまた、その竜の姿を見つけていた。

 竜はグングンとこの神殿に近づいており……彼女は我慢できず、思わず駆け出す。

 そして……神殿の外に出た時──竜は神殿前の広場に降り立つところだった。


「はぁ、はぁ……。もしかして……」


 ずっと、自分に話しかけてきた竜じゃないだろうか?

 やっと、自分を救いにきてくれたんじゃないだろうか?

 カロリーナはそんな期待を抱いて、竜を見つめる。


 煌めく灰銀。

 金色の瞳をゆっくりと動かして……竜はその人へと視線を向け──……。


『大神官』

「はっ!」

『悪魔が現れた。来てくれ』

「なっ!?直ぐに準備致します!」


 彼が呼んだのはカロリーナではなく、大神官だった。


(……………なん、で……?)


 カロリーナは困惑を隠せない。

 だって、救いに来てくれたのではないのか。

 このどうしようもできない環境から……。


「精鋭を呼び揃えました!竜様!」

『背に乗れ。連れて行く』


 竜はそう告げると、神官達を魔法で持ち上げ自身の背に乗せる。

 しかし、そんな彼の前にカロリーナは飛び出した。


「待って!」

『……………………む?』


 竜は怪訝な顔をしてカロリーナを見つめる。

 だが、彼女は大声で叫んだ。


「貴方は私に話しかけてきていた竜じゃないの!?」

『……………違うに決まってるだろう、血濡れの竜姫候補よ』

「っっっ!?」

『我は貴様の敵だ』


 竜……マキナはそう告げて、翼を羽ばたかせる。

 そして、凄まじい風を巻き上げながらその場から飛び去った。



 残された神官達は、呆然と立ち尽くすカロリーナを見つめる。


 竜の敵と言われた竜姫候補。



 カロリーナが、完全に神殿の者達の敵になった瞬間だった────。





 ◇◇◇◇◇





「あぁ、来た」



 ミスティは満面の笑みを浮かべて漆黒の魔法陣を出現させる。

 そこから放たれるのは凄まじい力の波動。

 屋敷の二階と屋根を全て搔き消したその力に、人々は震える。

 悪魔は叫んだ。

 ここにいる美しい娘は、竜だと。人の姿を被った化物だと。


 だが、それでも彼女は美しい。


 そして……星が輝く夜空から、灰銀色の竜が降り立った。


『ヒィッ!?二匹目の竜っっっ!?』


 悪魔はその竜の姿を見て、再び震え始める。

 目の前にいるミスティより、大きな力。

 どれだけ永い時を生きたのか?

 それほどまでに、目の前にいる竜達──ミスティとマキナは恐ろしい存在だった。


「遅いぞ、マキナ」

『すみません、お嬢様。口調が荒くなってますよ』

「…………。ごほんっ。……ちょっと興奮しちゃってたわ」


 ミスティはクスクスと笑いながら彼に両手を伸ばす。

 マキナは自身の背から神官達を魔法で降ろし、人の姿へと変化した。


「マキナ。ぎゅーってして?」

「おやおや?どうしたんですか?」

「このままマキナの温もりがなかったら、皆殺しにしちゃいそうなの。ね?殺したら駄目でしょう?お願い」

「…………うーん……可愛いこと言いますね……。勿論、構いませんよ」


 ミスティはマキナに抱きつく。

 そして、スリスリと彼の胸元に頬を寄せた。


「悪魔は?」

「あそこ。鎖で吊るしてる」


 視線を動かせば、そこには空間に黒鎖で宙吊り状態の悪魔。

 マキナは酷く冷めた顔で、彼を見つめた。


「うわぁ……なんか面白いですね」

「そう言いつつ無表情よ」

「あははは。ついでなんで狂わせ(壊し)ておきますか」


 マキナは右手を持ち上げて、力を圧縮させる。

 そして……ナイフほどの大きさの狂気を、悪魔の頭に打ち込んだ。



『「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッッッ!?」』



 眼球がグルグルと回り、涎や涙、鼻水などを垂れ流す。

 そして、ハッと我に返ったように真顔になると……再び大きな声で叫んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ!殺した!僕が!殺してた!なんで!?なんで殺してた!?沢山犯して、沢山殺してっ………!」

『キャハハハハキャハハハハ!』

「何!?なんなんだ!?僕の中になんかいる!?ヒィッ……!?気持ち悪い!助け──」

『グヒヒヒヒヒヒヒッッッ!』


 スレイスターは泣き叫んだり、気持ち悪く笑ったり。正常に戻ったり、顔を歪めたり。

 表情がコロコロと変わる。

 人々はその壊れた彼の姿に後ずさるが……ミスティとマキナだけはクスクスと笑っていた。



「すみません。悪魔だけを壊すつもりが、彼の中に悪魔がいる所為で……狂った悪魔と彼の人格がコロコロ変わるようになってしまったみたいです」



 なんて言いながら、悪びれた様子のないマキナの声。

 それに加えるように、ミスティは笑った。


「うふふっ。でも、悪魔が宿っていたとはいえ、スレイスター様は沢山の女奴隷達を犯して、拷問して、殺してきたんだから……罰だとしたら、優し過ぎるぐらいじゃない?」

「……確かに、それはそうですね?どうやら実妹も犯して殺そうとして、心を壊してしまったみたいですし……。これぐらい、軽い罰ですよね」


 クスクスクスクス。

 ミスティとマキナは抱き合いながら笑う。

 そして、ミスティは騎士達に。

 マキナは神官達に告げた。



「さぁ、ほら。騎士さん達?早くそのドラグーン公爵達を捕まえなさい。違法である奴隷を買っただけでなく、悪魔への生贄としてきたんだから」

「神官達も祝詞で拘束するといい。彼は人に害なす悪魔だ。聖牢に閉じ込めておいた方が世のためですよ?」



 言霊、という単語があるようにそう言われた彼らは、言葉通りに動き出す。

 騎士達はドラグーン公爵や、執事長。ひとまずドラグーン公爵家の関連者達全てを。

 神官達は信仰心によって放たれる聖なる鎖で、悪魔が逃げられないように黒鎖の上から更に拘束する。

 そんな中、ニックスはミスティ達に向かって叫んだ。


「な、んなんだ!なんなんだ、貴様らは!どうして、わたし達の邪魔をっっっ……!」

「……………」

「全てが上手くいっていたのに!このままいけば、我が家の血筋が王家に──!我が家の地位が盤石になったのに──っ!」

「うふふふっ、それは仕方ないわよ。()()()

「………………………え?」


 ニックスは動きを止める。

 いや、それどころかその場にいた人々の動きが止まる。

 彼女はマキナに抱き締められたまま、クスクスクスクスと笑って。

 ニックスに微笑みかけた。


「どうなさったの?お父様」

「……………お父、様?」


 ニックスは呆然としながら呟く。

 ミスティは自身の黒髪を手に取りながら、苦笑した。


「あぁ、分からないのね?私が誰なのか。うふふふっ、まぁ色が違えば気づかないものなのかしら」

「…………まさか……まさかまさかまさかっっっ!」

「えぇ。私は貴方のいらない娘。本来ならティアラ様の代わりに生贄にされるはずだった……ミスティ・ドラグーンよ?」

『っっっ!?』


 正体を知っていた大神官以外の者達は絶句する。

 そして、ニックスは激高した。

 自分の娘が、自分を貶めるために……こんなことをしたのだから。


「貴様ぁぁぁっ!父親であるわたしをぉぉぉぉぉおっ!」

「あはははっ、凄い凄い!まだ私が貴方の娘だと思ってるのかしら!?」

「っっっ!?」

「えぇ、確かに私は貴方とお母様から産まれたわ!でも、私は貴方の娘じゃないと言ったのはドラグーン公爵本人でしょう!?それに、私はもう人間じゃないの!マキナと同じ竜なのよ!」


 ミスティの姿が徐々に変わり始める。

 漆黒の鱗が、皮膚を覆い……皮膜の張った翼が生えて、鋭い角が彼女の額を飾る。


 夜空を思わせる竜の姿。


 ミスティは邪竜の姿で、ニックスを睨んだ。


『だから、私は家族愛なんてもう持っていない。いや、人間だった時だって持っていない。だって、それだけ私は酷い目にあったから。家族から疎まれて、使用人からも下に見られて。ずっとずっとずっと独りぼっちで。だから、私にとって大事なのは同じ竜であるマキナだけになったのよ』


 そう告げると……彼女の身体は漆黒の粒子となりながら、人の姿へと戻る。

 そして、再びマキナに抱きついた。



「私の大切なモノの中にお前達はいらない。私は、お前達を排する。だって、悪いことをしてるのはお前達だもの。罪には罰を。罰として苦しみを。今まで死んできた奴隷の少女達が少しでも救われるように。報いを受けろ」



 そう告げた瞬間、ニックスは言葉なくうな垂れる。

 抵抗する気力も何もかも失くなったらしい彼らは、大人しく騎士達に連行されていく……。


 彼らの後ろ姿を見送ったミスティは……心の底から満足そうに、微笑んだ。





 こうして、ドラグーン公爵家は……違法奴隷の売買、悪魔との契約による悪行。

 加えて……奴隷の少女達の殺害などで、取り潰しになるのだった──。





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