邪竜は、公爵子息の正体を晒す。
「もう……何ネタバレしてるんですか」
「うふふっ、ごめんなさい。楽しくなっちゃって」
自室に戻ったミスティは金髪碧眼の幻覚を解き、漆黒のドレスに一瞬で着替える。
そして、ゆったりとした動きでソファに座り……肘掛けに凭れかかった。
「さて……先ほど手に入れた情報によりますと。隠蔽のためにミスティお嬢様を生贄にするつもりらしいです」
「ふぅん……?そうなの」
「はい。では、手筈通りに」
「えぇ。特等席で観覧してるわ」
クスクスクスクス。
ミスティは楽しそうに笑う。
そして………運命の時が、訪れた────。
◇◇◇◇◇
夜深く──。
彼女の部屋に執事長が侵入する。
穏やかな寝息。一定のリズムで上下する胸元。どうやら安眠しているらしい。
執事長は彼女が眠るベッドに歩み寄り……喋れないように口元に布を押し付けた。
「んぐっ!?」
「お静かに、お願いしますよ」
執事長は布団ごと彼女の身体を包み、荷物担ぎをする。
暴れる彼女の腹に拳を撃ち、ぐったりしたところで静かにその部屋を後にした。
向かったのはこの屋敷の地下。
月明かりが差し込まず、蝋燭の火がゆらゆらと揺らめく。
重い鉄の扉を開けると……そこは、血生臭い部屋だった。
立ち並ぶ拷問器具、拘束具。
中央の椅子に座る青年──スレイスターの皮を被った〝何か〟はゆっくりと目を開き……執事長を見つめた。
『よぅ、執事長。今日の生贄はそれか?』
「はい。貴方様のお好きなように」
『あぁ、勿論』
執事長はいつものように、血に染まったベッドの上に彼女を寝かせる。
それを確認した〝何か〟はニヤリと笑って首を傾げた。
『では、願いを』
「王国騎士達から、ドラグーン公爵家の悪事を秘匿して下さいませ」
『あぁ、心得た』
執事長は頭を下げて、その場から去る。
そして……残された〝何か〟は。
ドラグーン公爵家嫡男スレイスターに宿る、《願望と代償の悪魔》は──。
彼女を、願いの代償として蹂躙することにした。
『起きろ、娘』
「ひっ!?」
顔面に水をかけられて、彼女は目を覚ます。
そこにいたのは、自分に馬乗りになるスレイスター。
彼女は目を見開き、固まる。
「スレイ、スター……?」
『お前は我への生贄になった。よって今から貴様を犯し殺す』
「…………………え?」
『今回の代償は命が伴うほどの願いだったからな』
「…………ま、待って……?何、を……言って……」
悪魔は彼女のネグリジェを引き裂き始める。
悲鳴をあげても、彼は止まらない。
いや、それどころか……悲鳴をあげるほど、悪魔はケラケラと笑う。
その悲鳴こそ、彼の愉悦を煽る。
「いや、いやぁっ!助けて!助けてよぉっ!」
それからはまさに地獄だった。
彼女は犯されて。
腕を喰らわれて、足を引き千切られて。
暴れることすらできずに。
何度も何度も、奪われて。
悲鳴すらあげられない。
悪魔が囁く『家族が生贄にした』という言葉に、心が折れてしまって。
何分も、何十分も、何時間も。
何度も、何度も……女性としての尊厳を踏み躪られて。
そして…………。
「か、はっ……!」
ギリギリと首を絞められる。
彼はクスクスと笑う。
悪魔は徐々に顔面蒼白になっていく、彼女にキスをして笑う。
『知ってるか?物語の中での首吊りは直ぐに死ぬ表現が多いんだが……実際は十分ほど時間がかかるらしいんだ。首を絞めるのも同じだろうな』
息ができなくて。呼吸がままならなくて。
朦朧とする意識の中で、彼女は思う。
どうしてこうなっているのだろうと。
どうしてこんな目に遭っているんだろうと。
そして……そのまま死にそうになった瞬間──。
「もう、飽きたわ」
彼女の声が聞こえた──。
『──────え?』
バキッ!
『うがぁっ!?』
悪魔の身体がエグいほどに曲がり、壁に叩きつけられる。
頭を強く打ち、ぐわんぐわんと視界が揺れる。
だが、しっかりとその目は彼女を見据えていた。
艶やかな黒髪に、爛々とした金の瞳。
漆黒のドレスを着た彼女は、夜の女神という言葉が似合いそうなほどに美しく。
そして、異常なほどの威圧を放っていた。
『な、ぁ……!?』
「うふふっ、初めまして。悪魔さん」
『お、お前、は──』
「安心なさい。殺しはしないわ。でも……」
瞬きの間に夜の女神──ミスティは、悪魔の懐に入り込んでいた。
「晒してあげるわ」
ゴォッッッ!
破壊音と共に、悪魔の身体が天井に叩きつけられ天井が砕ける。
そのまま地上へと姿を晒した悪魔は、ガクガクと震えながら……地下から這い出るミスティを見て叫んだ。
『な、なんでなんでなんでなんでっっっ!なんで竜がここにいるんだっっっ!』
真の姿を晒していなくても、その魔力は誤魔化せない。
魔力の扱いに長けた悪魔だから、その力の巨大さがよく分かってしまう。
目の前にいるのは、人の姿をした化物だと。
世界を滅ぼせる存在だと、分かってしまう──。
「うふふっ、あははははっ!なんで?なんでって聞くの?」
ミスティはその皮膚に漆黒の鱗を出現させながら、悪魔の頭蓋を掴む。
そして、地面に叩きつけた。
『ガハッ!?』
「全てを晒すためよ。全てを明らかにするためよ。このドラグーン公爵家が何をしてきたかを、ね」
ミスティは笑いながら告げる。
そんな時、屋敷に残っていた騎士達が破壊音を聞きつけて、その場に駆けつけていた。
「な、何事ですかっ!?」
隊長であるウィザースを始めとする騎士達とこの屋敷の主人……ニックスや執事長、使用人達は、その光景を見て息を飲む。
異常なほどに美しい少女。
彼女が公爵家の嫡男の頭蓋を掴んでいたのだから。
「な、何者だっ!」
「黙れ、人間。私の邪魔をしないで」
ギロリと睨まれたウィザース達は、ぶるりっと身体を震わせて息を飲む。
だが……ミスティはとろりと視線を緩めて微笑んだ。
「あぁ、良い機会ね。貴方達は法の下に動いているんだもの。この家の悪事を暴きなさいな」
「………………え?」
「《姿を現せ、悪魔》」
ミスティの地獄の底から響くような低い声に、スレイスターの姿が変わっていく。
灰色を帯びた黄色の捻れた角に、蝙蝠のような羽根。
そして……しゅるりと伸びた黒い尻尾。
ウィザース達は本性を晒した悪魔を見て、絶句した。
『な、なんでっ!竜がオレの邪魔をするんだ!』
「なんで?なんでって……ふふっ、そんなの決まってるじゃない」
ミスティは悪魔だけに聞こえるように小さな声で「復讐のためよ?」と答える。
そして、大きな声で叫んだ。
「聞け、人間達よ!この男、スレイスターの身に宿るのは《願望と代償の悪魔》!願いを叶える代わりに代償を必要とする悪魔だ!当代ニックス・ドラグーンは奴隷商から奴隷を買い、こいつへの生贄とすることで莫大な金を!王家との縁を!様々な悪行をしてきた!」
騎士達の視線がニックス・ドラグーン公爵に集まる。
彼は顔面蒼白で首を振った。
「ち、違う!そんなことはっ……!」
「嘘をつけ。今回だって、王国騎士団にこの家の悪行を隠すことを願っただろうが」
「なっっっ!?」
「それも、自らの娘を生贄に捧げてな」
『っっっ!?』
ミスティは指先を下に向ける。
魔法が使える騎士が慌てて、ミスティ達が出てきた地下に飛び降りると……手足がなくなった少女を血まみれの布に抱えて、戻ってきた。
『なっっっ!?』
柔らかな金髪に、美しい碧眼。
ドラグーン公爵家の娘で、王太子の婚約者。
──ティアラ・ドラグーン。
ニックスは虚ろな顔になった娘を見て悲鳴をあげる。
そして……鬼気迫る様子で、執事長に詰め寄った。
「ど、どういうことだっっ!執事長!どうしてっ!どうしてっ!!ミスティではなく、ティアラが生贄になっているんだっ!!」
「そっ……そんなっ!?ちゃんとミスティを生贄に捧げたはずじゃっ……!」
『っっっ!』
騎士達は、自ら暴露した彼らの言葉に震える。
自分達の娘を悪魔に捧げてまで、悪事を隠そうとしたその醜悪さに、怒りを抱く。
「うふふふっ、あはははははっ!」
ミスティはそんな彼らを嘲笑いながら、悪魔の身体を漆黒の鎖で拘束していった。
悪魔はガクガクと震えながら、ニックスに向かって叫ぶ。
『おいっ……おいっ、そこの人間!お前はっ……お前はなんて馬鹿なことをしたんだ!』
「なっ!?」
『お前らの目にはこいつが人の姿に見えてるだろうがな!?その真の姿は違う!世界を滅ぼせるような巨大な力を持つ竜だ!そんな竜の怨みを買うなんてっっっ!お前らは一体、何をしたんだよっっっ!』
竜──。
その単語に、その場にいた者達は固まる。
信仰の象徴、敬うべき尊き存在。
悪魔は目の前にいる少女を、竜だと叫ぶ。
「黙れよ、悪魔風情が」
『ガハッ!?』
ミスティの拳が腹に撃ち込まれて、悪魔は血を吐く。
返り血を浴びながら……彼女は微笑んだ。
「さて……煩い虫が黙ったところで、最後の締めといこうか」




