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異母弟と異母妹は、真実を知らなくても。

 




 この国において、王国騎士団は様々な役割を持っている。


 王族の護衛から始まり、治安維持や魔物の討伐。

 事件などが起きた際の対応など。

 今回のドラグーン公爵家の事件も、彼らの管轄となった。





 食事の間に集められたドラグーン公爵家の人々。

 そして、今回の事件の事情聴取に来た王国騎士団第二小隊隊長のウィザースは、第一発見者の侍女に事情聴取を行っていた。


「…………では。普段通り、玄関を解錠するために向かったロビーに、頭部がない死体が転がっていたと」

「……………はい……」


 ウィザースはそれを聞いて手帳にメモを取る。

 そのまま、この屋敷の当主であるドラグーン公爵に視線を向けた。


「ドラグーン公爵。誰かに恨まれるなどの心当たりはありますか?」

「……………どういうことですかな」

「はっきり言って、あの死体の服装はそこらにいる平民のものでした。手の平を観察してみましたが、荒れていましたし……破落戸ゴロツキのような者だったのでしょう。つまり、完全にこの屋敷の人間ではない。そう考えると、誰かが、何かしらの手段で、ドラグーン公爵家の玄関に死体を置いたとしか思えないのです」

「なら、犯人はドラグーン公爵家に怨みを持つ者だと言うのか!」

「いえ、それはまだ分かりません。現在、魔法が使える騎士が周りの痕跡を調べていますが…………」


 激昂するドラグーン公爵と、不安げな顔をするドラグーン公爵夫人とその娘、ティアラ。

 息子のスレイスターも顔色が悪い。

 だが、そんな中でもミスティ(金髪碧眼に偽装している)だけは面倒そうな……どうでも良さそうな顔で、ボーッとしていた。


「……………ミスティ、嬢?」


 ウィザースはそんな彼女の様子に何か引っかかりを覚える。

 彼女は名前を呼ばれて、無表情で視線を返した。


「何か?」

「…………貴女は随分と……動揺してないのだと、思いまして」


 普通なら死体が自宅にあったら動揺するはずだ。

 なのに、ミスティは動揺してない。

 それどころか冷静だった。

 だが……次の言葉で、ウィザースは言葉を失くした。


「…………だって、私はあの虐殺事件の生き残りですもの。もう死体の一つ、二つぐらい驚きませんわ」

「っっっ!」


 あの事件は、生き残りの生徒達に凄まじい心的障害トラウマを残した聞いている。

 彼は、ミスティもその一人だと勘違いした。

 実のところ──……ミスティはただ、自分が犯人であるから……怯えていないだけだったのだが。

 その真実を知らないウィザースは申し訳なさそうに、深々と頭を下げた。


「すみません……辛いことを」

「いいえ。お気になさらずに」


 ウィザースは、ミスティから視線を逸らすが、そんな彼をフォローするように……金髪碧眼の少女──ティアラが声をかけた。


「騎士様、気にしないで下さいませ。あの人は、元々頭がおかしいんですわ……」

「…………え?」

「いつも不気味な笑みを浮かべていて……あの虐殺事件が起きる前から、奇行が目立つほどでした。一週間、家に篭っていたと思ったら……学園にいったその日に虐殺事件ですわよ?わたくし、あの女が何かしたんじゃないかと思ってるんです……」


 ティアラは恐怖にポロポロと涙を零しながら、母親に抱きつく。

 ミスティはそんな義妹の言葉に少し驚いたような顔をした。

 それはそうだろう。



 だって、義妹はミスティの犯行だと……知らないはずなのに、確信していたのだから。



「わたしもティアラの意見に納得です。だって、あの女が行ったら事件が起きるなんて……タイミングが合い過ぎるじゃないですか」

「で、ですが……」


 ドラグーン公爵家の嫡男スレイスターもティアラの意見に同意する。

 そして……嫌悪感を隠さない視線で、ミスティを睨んだ。


「今回の死体も……あいつが手引きしたんじゃ……」


 ミスティは、自分の義弟と義妹の疑いの目に笑みを隠せない。

 犯人だって分からないはずなのに、この二人はどこまでも彼女を排除しようとするらしい。



「ふふっ……ふふふふっ!」



 ミスティは笑う。壊れたように笑う。

 その笑顔は、とても不気味で。

 その場にいた者達が凍りつくほどの、恐怖を感じさせた。



「そう。私が犯人だと言うのね。えぇ、私が犯人だわ。さぁ、騎士様?どうぞあの二人の言い分通りに私を捕まえて下さいな。真実を拷問で吐かせて、人間としての尊厳を踏みにじって、毒を飲ませて、銃で撃ち抜いて、頭を刎ねるんでしょう?剣でズタズタに斬り裂くんでしょう?うふふふっ、あはははっ!」



 ミスティの笑みはとても綺麗なのに。

 その場にいた者達は、彼女の圧にジリジリと後退する。


「何故、引き下がるの?どうして、逃げるの?私が犯人なのでしょう?ねぇ、ねぇ、ねぇっっっ!」

「はいはい、お嬢様。落ち着いて下さいね」


 興奮状態になってきたミスティをマキナが慌てて抱き締める。

 今の今まで部屋の隅で存在感を消していたマキナだが、ほんの少しだけ存在を露わにして……彼女の目を閉じた。


「あら?マキナ?」

「もう……目を逸らすと直ぐに壊れちゃうんですから……」

「…………うふふふっ……」


 ミスティはさっきまでの歪な笑顔ではなく、気の抜けた柔らかな笑みを浮かべる。

 落ち着いた彼女を抱きながら、マキナはウィザースに視線を向けた。


「あの……お嬢様は……」


 悲しげに伏せられた視線。

 それを見て勝手に察したウィザースは、沈痛な面持ちで頷いた。


「大丈夫です。分かっています」


 ウィザースは思う。

 やはり、あの虐殺事件がミスティの心に深い傷を残しているのだろうと。


 彼女の狂った姿を見て、さっきまでミスティが犯人だと言っていたスレイスターとティアラも流石に黙り込む。

 心の中で異母弟達と同じように思っていたドラグーン公爵家の者達、ウィザースと同じ勘違いをした騎士達。

 誰も彼もが全員、黙り込むしか……なかった。


 それほどまでに、ミスティは狂っているように見えたから。


 それほどまでに、彼女の異常さに恐怖を覚えたから。


 そんな気まずい空気の中──……暫くして、慌てた様子で、騎士が駆けてくる。

 騎士はその場の変な空気に若干、狼狽しつつも……ウィザースに声をかけた。


「ご報告します、ウィザース隊長!」

「どうした?」

「そのっ……王宮魔術師団を召集するべきかと」

「何……?」

「…………残留魔力波長が……〝純血種〟です」

「なっ!?」


 その言葉に、その場にいる人々は目を見開いた。

 純血種とはその名の通り……この様々な血筋が入り混じった世界で純血の血を引く者を指し示す。

 その力は混血種よりも巨大で。そこらにいる魔法を使える者達では敵わないと言われている。

 そんな純血種が死体をこの屋敷に放置したとなれば──何かが起こる可能性が高い。


「種族は!?」

「分かりません!なので、王宮魔術師をっ……」

「至急手配を!ドラグーン公爵!」

「な、なんだ!」

「この屋敷に騎士を常駐させます。よろしいですね!?」

「っっ……あぁ……」


 ウィザースは、「スレイスター様、ティアラ様」と二人に声をかける。


「ミスティ様が犯人だと言う可能性は……」

「…………えぇ。分かってます、わ」

「…………あぁ」


 自分達が純血種ではないと分かっているから、納得したのだろう。

 自分達が混血なのだから、ミスティだって混血であると──。


「すみません。少しばかり手配がありますので……」


 ウィザースは慌てて、王国騎士団の上司に連絡を取るためにその場から辞す。




 慌てているウィザースは気づかなかった。

 ドラグーン公爵が、顔を歪めて動揺していることに──。



 それを見て、ミスティとマキナが薄ら笑いを浮かべていたことに──。





 ◇◇◇◇◇





(まずいマズい拙い!どうすればっ……!どうすればいいっ!?)



 ニックスはギリっと歯を噛み締めながら、心の中で声を荒げる。

 王国騎士がドラグーン公爵家に在住するようにするようになってしまった。



 そうなったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



(!そ、そうだ……!隠さねば……!隠すためにも、早く生贄を用意しなくてはっ……!)


 運が良いことに数刻前──ニックスは執事長に、あの商人に速やかに連絡をし、至急商品を入手することを指示している。

 後は、商品が届くのを待てばいいだけなのだが……この待つ時間が、ニックスにとって苦痛だった。


「だ、旦那様!」


 やっと戻ってきた執事長は、慌ててニックスの元へやってくる。

 彼はほっと安堵の息を吐いたが……執事長の顔色が悪いことに、嫌な予感がした。


「た、大変です……」

「…………なんだ」

()()()が、一斉検挙されたようです」

「なっ!?」


 執事長は、奴隷商の店前に騎士が待機しているのを見て、彼らが検挙されたと判断したらしい。

 ニックスはどうしてこんなことになっているのだと、唇を噛む。


「何故っ……なんでだっ!」

「分かりません……。ですが、風の噂では黒衣の、異常なほどに美しい娘がやったなど……的を得ない話ばかりで……」


 ニックスはその得体の知れない娘に殺意を抱きながら……ガンッ!と強くテーブルを叩く。

 そして……とうとう諦めたように、息を吐いた。



「…………仕方、ない。…………奴を……ミスティを、使おう」



「っっっ!」


 執事長は息を飲む。

 だが、次の瞬間にはその顔を醜く歪めて微笑んだ。


 先ほどのミスティの姿は、完全に狂って、壊れていた。

 それに、王太子の婚約者は既にティアラだ。

 ミスティの価値は何もない。



 なら、生贄にしても問題ない。



「畏まりました、旦那様」

「あぁ。夜に奴に与えてやれ」

「はい」


 ニヤニヤと笑うニックスと、恭しく頭を下げる執事長。

 二人は知らない。



 その部屋の隅に………冷たい顔をしながら、見つめている者がいたことを──。





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