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邪竜は、漆黒のドレスを纏う。

 




 人が寝静まった闇夜の中──。


 ミスティは黒い喪服のようなドレスを身に纏い、軽やかな足取りで裏路地を進む。



 流れる黒髪が月明かりを受けて艶めき、金の瞳は妖しく光る。

 そして彼女は、異常なほど美しく。凡ゆるモノを惹きつけるような、魔性を有していた。



「よぅ、お嬢ちゃん。こんな夜更けに一人でお散歩かい?」


 そんな時──薄汚い服装の男達がミスティの前に立つ。

 男達の顔には下卑た笑みが浮かんでおり、その瞳には隠し切れない情欲が滲んでいる。

 ミスティはクスクス笑いながら、首を傾げた。


「うふふっ。なぁに?私を犯そうとしてるの?」

「おやおや、話が早いなぁ」

「まぁ、こんなところに一人でいる嬢ちゃんも悪いよなぁ?」


 人通りのない場所だ。叫んだとしても助けは来ないだろう。

 だが、ミスティの笑みは崩れない。

 それどころか、壊れた人形のようにクスクスクスクスと笑い出した。


「うふふっ、あはははっ!」


 壊れたように笑うミスティに、男達は何故か背筋が寒くなるような感じがした。

 とても美しい少女なのに、とても不気味なのだ。

 か弱い令嬢にしか見えないのに、どうしてか……嫌な予感が止まらない。



 それどころか……絶体絶命だというのに、笑い続ける彼女は、狂っているように見えて──。



「ゴミ風情が私の前に立つな」



「ガハッ!?」


 次の瞬間には、仲間の内の一人の身体が宙を舞い、その頭蓋が粉砕されていた。

 目の前には右腕を横に振ったようなポーズで止まるミスティの姿。

 あまりにも一瞬の出来事過ぎて……男達は目を見開いて固まった。


「………………え?」

「うふふふっ!私を害そうとしたんだもの!逆に始末されても仕方ないわよねぇ?」



 ゾワリッ!!



 背筋が凍りそうになるほどの寒気に、男達は慌てて逃げようとする。

 だが、それよりも先に彼らの首は全て消え去っていた。


「おっと……ちょっと目を離した隙に何人殺したんですか?お嬢様」


 後ろからゆっくりと歩いてきた黒い服装のマキナは目の前の、首無し死体が転がる惨状を見て溜息を吐く。

 そして、彼女の血に塗れた姿に視線を動かして、再度溜息を溢しながら懐からハンカチを取り、ミスティの頬を拭いた。


「殺すのは構いませんが、血が噴き出るような殺し方は止めてくださいよ。お嬢様が血で、汚れてしまうじゃないですか」

「あら……確かにそうね?ごめんなさい、マキナ。次からは気をつけるわ。なるべく」

「なるべくってことは、無理ってことですね?」


 にっこりと笑うミスティは次も気をつける気がないらしい。

 マキナは仕方ないと、諦めたように肩を竦めた。


「まぁ……血に塗れたところで全然衰えない美貌なんで。別に構わないんですけどね?それでも雑魚の血で汚れるのは勿体ないので、なるべくでもいいですから汚れないように気をつけてくださいよ、お嬢様」

「えぇ。約束はしないけど、分かったわ」


 なんて……二匹の竜は人ならば受け入れられない会話を交わす。

 だが、竜というのは、人間の考えとはかけ離れたモノで。

 その常識も、倫理観も、善悪も、全てが逸脱している。

 ゆえに竜と化したミスティは、自分に悪意を向けた人間を容赦なく殺す。

 同じ竜であるマキナも、理不尽な死を振り撒いたミスティのこと普通に受け入れ、今後も人を殺すことを許容する。死んでしまった者達には哀れみすら抱かない。それどころかミスティに絡んで、死ぬほど弱い人間達の方が悪いとすら思っているふしさえある。

 そんな人間の常識ではあり得ない、狂った竜達が血溜まりの中で微笑むその姿は……とても恐ろしい。

 けれど、その反面──……。


 ──彼女達の姿はとても美しくて……とても狂気的だった。



「……って。いけない、いけない。いつまでもこんなところで道草を食ってる場合じゃありませんでした。ほら、行きましょう?これから、制圧しなくちゃいけないんですから」

「うふふっ、そうねぇ」


 二人は互いに手を取って歩き出す。

 だが、その前に……マキナは思い出したように呟いた。


「あぁ、そうでした。あの死体、あのまま放置したら騒ぎになってしまいますね。どこかに転移させておきませんと」

「なら、我が家の玄関に送っておいてあげましょう?嫌がらせになるわ」

「ですね」


 ミスティがパチンッと指を鳴らすと、首無し死体達は、ドラグーン公爵家の玄関に転移する。

 翌朝には絶叫モノだろう。

 だが、それでいい。



 次の獲物は……彼女の異母弟と、あの家にいる者達なのだから。





 ◇◇◇◇◇





 この国において、奴隷制度は違法である。



 ゆえに奴隷商が仕事をすることは、許されていない。

 だが、どんなに光で照らそうとしても闇は生まれるもので。

 この王都でもコソコソと這いずり回る虫がいた。



 だが……。



「ねぇ、素直に答えるだけでいいのよ?なんで答えないの?」


 ミスティの笑顔に、男は震えていた。

 唐突に現れた黒い少女。異常なほどに美しい淑女。

 だが、彼女は護衛を一瞬で殺すと奴隷商人を地面に膝つかせ、こう聞いたのだ──。



 〝ドラグーン公爵家に奴隷を売っていないか〟──と。



「そ、それは……」


 奴隷商は違法なのだ。

 ゆえに取引に応じる者達は、身分を偽っている可能性がある。

 だからこそ商人は答えられないのだが……。


「……………答えられないの?なら、死んで」

「ひぃっ!?」

「おっと決断が早い。駄目ですよ、お嬢様」


 ミスティの動きを、マキナが後ろから抱き締めて止める。

 彼女は冷たい目を、彼に向けた。


「なんで?」

「彼は貴女に敵意を向けてないでしょう?それに……こいつは違法者です。殺してしまってはただ楽にしてやるだけですよ」

「……………………」

「死より辛い罰があるのだと、教えたばかりですよね?」


 ミスティはつまらなそうな顔をする。けれど、マキナに逆らうつもりはないらしい。

 彼女は渋々といった様子で奴隷商人から手を離し、男から興味を失ったかのように目を逸らした。


「マキナ」

「はい」


 主人から許しを得たマキナが、魔法で外にいた者達に声をかけると、慌てた様子で王国騎士団が入ってくる。

 そして……付き添いで来ていた神官長のタリオがゆっくりと頭を下げた。


「事前に話していた通り、奴隷商人は王国騎士団に。奴隷だった者達は、ひとまず神殿預かりとして下さい。もしかしたらもう身内がいない者がいるかもしれないので。その後、それなりの身分の娘がいたら王国騎士団の方へ連絡を。身寄りがない子達の方は、本人達の意思を確認して……各々に合った支援をしてあげてください」

「畏まりました、竜様」


 マキナは事前に神殿に連絡をして、王国騎士団への要請並びに奴隷商人の引き渡しを申し出ていた。

 奴隷商は違法であるためなのか、神殿の者達は直ぐに行動に移してくれて……こうして、作戦は実行されたのである。

 まぁ、マキナとミスティが先行して制圧した後に後始末を押し付けているだけだが。


「ですが、あくまで秘密裏に行って下さい。この件にはくだんの黒幕が噛んでる可能性があるので」

「……………はい」


 タリオは真剣な顔で頷き、その場から去る。

 マキナは隣でつまらなそうな顔をするミスティを見つめた。


(………やっぱり……先祖返りという特殊例ですけど。他の竜と変わらない。〝どこか〟がぶっ壊れちゃってますね)


 かつての彼女なら、簡単に命を奪おうとしなかっただろう。

 しかし、今のミスティは違う。

 面倒だからといってその命を刈り取ってしまう。

 自分に敵意を向けられると、敵意を返してしまう。



 完全に、思考回路が人間じゃない(壊れている)



(まぁ、この程度の異常性は竜としては普通ですし?それどころか他の竜と比べたらこの程度なんですから……随分と可愛いものです)


 だが、マキナは壊れていることくらいどうでもいい。

 竜は壊れているのが当たり前だし、ミスティがその手を血に染めるのだって、彼女が楽しんでいるならそれでいい。

 たかが人間が一人や二人、数百人単位で死んだって変わりはないのだ。

 国が滅びたって構わない。

 問題なのは、ミスティが()()()()()()()()()()()()()()()


(お嬢様が汚くなるのはちょっと許せないので、ちゃんと付いてましょうっと)


 先程の奴隷商人を殺すのも止めたのもそれが原因だった。

 ミスティは既にあのゴロツキどもを殺して、護衛達も殺したため、血で汚れているのだ。

 血が目立たないように黒いドレスにしたが、もう袖が血が乾いてカピカピになっている。

 王国騎士団の者達も普通ならミスティの姿に気づくはずだが……竜の美貌を隠さずにいるため、そちらに気を取られて気づいていない。

 竜の使者としか伝えていないため、彼らはミスティ達の正体に気づかないだろう。


「お嬢様」

「なぁに」

「次の制圧に向かいましょう」

「えぇ、分かったわ。次は、もっと骨があると良いのだけど……」


 二人はその場を騎士団に任せて、次の奴隷商人の元へと向かう。



 そして……王都に蔓延る奴隷商は、たった一夜にして静かに壊滅させられたのだった──。





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