幕間・妖精女王は恐怖する。
部屋の扉から出ると、その場所は違う部屋へと繋がっていた。
ベッド、ソファ、テーブルとクローゼット、ドレッサー……。一通りの家具は揃っていても、何故か物寂しく感じる部屋。
ミスティの自室に入ったティターニアは、ソファに座ってお茶を飲む二人に視線を向けた。
「お帰り。どうでしたか?」
マキナの言葉にティターニアは険しい顔をする。
そして、ゆっくりと頷いた。
『…………言われた通りに動きましたわ。でも……本当にこれで彼が、還りますの?』
「えぇ、勿論。僕を疑いますか?」
クスクスクスクス。
マキナは美しくも、不気味な笑みを浮かべる。
ティターニアは冷や汗を掻きながら、首を横に振った。
『いいえ、いいえ。失礼致しました。幻竜様を疑うようなこと……』
「気にしなくていいですよ?子供の間違いくらい許してあげませんとねぇ?」
はっきり言って、ティターニアは五百年は確実に生きている。
だが、それでもマキナは彼女を子供扱いする訳で。
ティターニアは、彼がどれだけの永い時を生きて。その膨大な力を隠しているのかが分からなくて、身体が震えてしまう。
いや、まだマキナはマシなのかもしれない。
それよりも質が悪いのは……。
「…………なぁに?ティターニア」
ゾワリッ……!
静かな威圧にティターニアの身体が震える。
微笑んでいるのに、笑っていない。
細められた金の瞳の奥が、笑っていない。
ミスティはゆっくりと威圧を強めながら、首を傾げた。
「私に言いたいことがあるみたいね?文句でもあるのかしら」
『っっっ!そのようなことっ……滅相もございません!』
ミスティの質問にティターニアは慌てて跪き、頭を下げる。
マキナはそんな彼女を見てクスクスと笑った。
「お嬢様。そんな小物、気にするだけ無駄ですよ?」
「……なーんか、嫌なモノを感じた気がしたのだけど、ねぇ……?」
「あははっ、お嬢様は自分に向けられるよくない感情に敏感ですね」
きっと、凡ゆる悪意に晒されてきたからなのだろう。
ミスティは例え、敵意や殺意でなくても……自身に向けられる負の感情、恐怖に敏感だ。
マキナはちょっと不機嫌になったミスティの頬を撫でながら、ティターニアに告げた。
「まぁ、とにかく。一時的に君には僕の簡易箱庭へ入る権利を与えておきます。簡易箱庭の時間の流れは限界まで遅くしておきましたので。そうですね……こちらの一時間で簡易箱庭の一日換算になりますから、ちゃんと仕込むんですよ?」
『……えぇ。畏まりました』
現在、エルムがいるのはマキナの簡易箱庭の中だ。
黒幕のように時間を戻すのは、尋常じゃない力を消費するが……時間を戻す訳ではなく、速くしたり遅くするなら力の消費は少なくて済む。
黒幕があんなにも力を消費していたのは、可逆的な時間の流れを無理やり変えたからなのだ。
「まぁ、とにかく。僕達は高みの見物をしてますから、お嬢様を楽しませて下さいね?」
「…………そうね。是非、私を楽しませてね?ティターニア」
ティターニアは、思わずにいられない。
なんて、恐い存在と関わりになってしまったのだと。
こんな方達に復讐されるような彼は……一体何をしたのだと。
だが、問いかける勇気も逆らう力もないティターニアはただ恭しく、大人しく。
嗤う竜達に頭を下げるしか、できなかった…………。




