人々の心に、鋭い棘を刺して。
数多の血の匂い。
悍ましい邪の気配。
悲鳴をあげる木々の声。
それらを敏感に感じ取った《魔物の森》を治める小さき妖精……妖精達の女主人── 妖精の女王は、〝他の仲間を生かすため、自分はここで死のう〟と、決死の覚悟を決めていた。
『女王陛下!』
慌てた様子でフェアリー達が彼女の元に訪れる。
きっと彼らもこの森を訪れたモノに気づいたのだろう。
ティターニアは真剣な顔で、彼らに告げる。
『他のモノは直ちに避難を。わたくしが時間を稼ぐわ』
『そんな!女王様に時間稼ぎを任せるなどっ……』
『相手はわたくし達よりも格上。貴方達じゃ務まりません。ここで皆殺しになるより、一人でも生きるのです』
ティターニアの言葉にフェアリー達は涙を飲んで、飛び出して行く。
そして……彼女は時間稼ぎのためにその元凶の元へと向かい…………。
なんか、こう、釈然としない気持ちになるのだった。
◇◇◇◇◇
『…………………えーっと……わたくしは今、何を見せられているのかしら……?』
困惑した顔をしているのは緑色の淡い燐光を放つ羽根を持つ女性。
妖精達の女王──ティターニアの言葉に、マキナはくるっと振り返った。
「あ、もしかしなくても妖精の女王ですか?」
『えっ!?えぇ……そ、そうだけど……。……貴方達は?』
「うん?邪竜と幻竜ですよ?」
『っっっ!?』
ティターニアは彼の言葉に、ビクッと身体を震わせる。
竜──。
その存在は魔物と比べたら天と地の差がある。
規格外、理不尽の象徴。天災とも言えるだろう。
だが、今、目の前にいる二人はそのような恐怖を感じさせない。
血で染まっているのに。
数多の魔物の血を纏いながら、二人からはなんの威圧も感じない。
ティターニアは、それが逆に恐ろしい。
『一体……何故、この森に……』
「君達と取引をしに来ただけです。だけど、森に入るなり魔物達が殺意を向けてくるものだから……」
「私が殺してあげたわ。だって、殺そうとしてきたんだもの。殺し返しても問題ないわよねぇ?」
ミスティは彼に抱かれたままクスクスと笑う。
その綺麗で、不気味で、背筋が凍りそうな笑顔を見て、ティターニアは鳥肌が立つ。
彼女は、危険だと──本能が理解する。
『…………その……取引、とは』
「君達の種族を、救ってあげます」
『!?!?』
ティターニアは動揺を隠せずに後ずさる。
どうやら交渉ごとには弱いと判断したマキナは、ミスティの記憶から得た今までの過去を思い出しながら……笑う。
「今、君達の種族は絶滅寸前ですよね?」
『────それ、は──』
「もし、君が僕達に協力してくれるなら……僕がその窮地を救う手助けをして差し上げましょう。……さぁ、どうしますか?妖精達の未来は、貴女次第ですよ?」
ティターニアはその甘い誘惑に言葉を紡げない。
確かに……現在、フェアリーは絶滅寸前まで追い込まれている。
それは、彼女達の羽根から取れる《妖精の燐光》と呼ばれる鱗粉が原因だ。
現在、人間達の間で《妖精の鱗粉》は途轍もない需要がある。
美容品や化粧品だけでなく、魔物避けの素材にも使われている所為だ。
ゆえに、フェアリーは冒険者達に乱獲されており……女王本人がこうして出てきたのは、少しでも生き残るフェアリーを増やすためだった。
『何を、させる気なの』
「簡単です。ちょっと一人の青年を誑かして欲しいんですよ」
『────え?』
マキナは語る。
その、作戦を────。
◇◇◇◇◇
「なんで、そんな回りくどいことをするの?」
ミスティは、《魔物の森》から帰りながら先ほど、ティターニアが了承した作戦に首を傾げた。
マキナはクスクスと笑いながら、答えた。
「あはは、だってね?裏切られるなら、傷つけるなら最高の状態で傷ついた方が深く、深く絶望するじゃないですか」
「……………あぁ、そういうこと」
ミスティは笑う。
彼はティターニアに神官エルムを誑かすように告げた。
どんな手段を使ってでも親しくなれ、と告げた。
それは、親しい人に裏切られる絶望を与えるためらしい。
「はい。それに、どうやら竜姫候補の治癒に力を使ったから休眠状態になったみたいなんですよね。だから、動ける内に大胆に動かないと、ね?」
「え?そうなの?」
「はい。お嬢様も後で探知系の魔法の練習しましょうね」
マキナがミスティの手を取り、「神殿に転移を」と告げる。
彼女が頷き、神殿に転移する。
転移した先──大聖堂には、この前と違い沢山の神官達と貴族がいる。
どうやら祈祷の最中らしいと気づき、ミスティ達は〝どうしようか〟と互いに顔を見合わせた。
そして、急に現れた二人に人々も困惑していた。いや……彼らはミスティ達に目を奪われていた。
……それはそうだろう。
普段の変装をしていないミスティ達──……竜の美しさを露わにした男女が祈祷の最中に現れれば。
驚くのも目を離せなくなるのも当然の話、なのだから。
「ミスティ様!マキナ様!」
大神官カリオスは慌てて駆け寄ってくる。
彼には本来の姿を見せていたから、直ぐに分かったらしい。
大神官が膝をつき頭を下げる。
その姿は参加者達が騒つく。
マキナは厳かな雰囲気を演じながら、告げた。
「どうやら、我らは邪魔をしたらしいな」
「そんなっ……お二人を邪魔などっ……!」
マキナはこんなに人目があるなら、とニヤリと笑い……幻覚を発動させて、自身の姿は徐々に竜へと変わっていくように変化させる。
実際は場所が狭くて人の姿のままなのだが。
「なっ!?」
「竜っ……!?」
だが、幻覚が発動している人々には既にマキナの姿は竜に見えていて。
その場にいる者達は、全員が膝をついて頭を下げた。
中には泣き出している貴族だっている。
マキナは、〝やはり信仰が厚いヤツは操りやすそうだ〟と笑った。
「神官エルムを一人で《魔物の森》へ行かせよ。これは禊ぎの試練である」
『……………っ!』
人々が息を飲む。
だが、マキナは続ける。
「かの者は罪深き者なり。前世の咎はその身を血で染めておる。ゆえに、かの者は道を違えれば再び罪を犯すだろう。罪なき者を火炙りに処すだろう」
「っ!?」
「本来ならば咎をその命を持って禊ぐべきなのだが……救いの機会があっても良いだろう?」
それを聞いた大神官はボロボロと涙を零して、両手を握り締め祈りを捧げる。
「なんと慈悲深いっ……!」
「だが、あくまで試練である。救われるか、地獄に堕ちるか。それは神官エルム次第だろう」
ふわりと風が吹く。
次の瞬間にはマキナは、幻覚を解いていて。
ミスティは真顔でジーッと、彼を見つめた。
「…………どうした?」
「マキナ、その喋り方気持ち悪いわ」
「………………」
「いつものマキナの方が良い」
「…………ちょっと威厳あった方がいい場合もあるんだぞ?」
ミスティはスッと目を細めて、彼の頬に手を添える。
そして、ガリッと彼の頬を引っ掻いた。
「私に逆らうの?」
──ゾクッ……!
肌が粟立つのを感じたマキナは、頬を緩めて蕩けるような笑みを浮かべる。
自身の主人の言葉は、マキナにとっては絶対だ。
彼は、自身の頬を引っ掻いた指先にキスを落として、心底嬉しそうに微笑んだ。
「勿論、逆らいません。我が主人。僕は貴女の下僕。貴女が望まれるなら、いくらでも従いましょう。貴女の望みを叶えるのは、僕の至福です」
「……うん、いい子ね。マキナ」
「あははっ、ありがとうございます。お嬢様」
ミスティもクスクス笑って彼の頬を撫でる。
そして、彼の手を取った。
「帰りましょう?マキナ」
「はい、お嬢様」
転移をしようとする二人。
しかし、その前に一人の貴族が叫んだ。
「恐れながらご質問をお許し頂けますか、竜神様!」
「何をしようとしている!」
大神官が遮ろうとするが、彼は勝手に叫んだ。
「その娘が、竜姫だというのですか!?竜姫候補であるカロリーナ嬢はっ……!」
その貴族はただの庶民でしかなかったカロリーナの後見人となっている貴族だった。
竜姫はとても重要な存在、敬う存在。聖女のような、人々の希望となる者。
ゆえに、竜姫候補の後見人という立場も、それなりの地位がある。
だが……その竜姫候補自体に問題があったら、それはまた違う話になる訳で。
「カロなんちゃらなんて僕は知りませんよ。僕の主人はこちらにいるお嬢様だけです。というか、あんな血塗れな女に力なんか貸してあげたくありませんし」
「……………………は?」
「神官エルムと同じです。あいつは血に塗れてる。汚らしい」
マキナはそれだけ言うと、にっこりと笑った。
これで、カロリーナに対する意識、待遇が変わるだろうと確信して。
「では、皆さん。失礼します」
そうして、ミスティとマキナは……人々の心に棘を刺して、その場から転移した。




