護衛騎士の結末
その後、ミスティ達はなんとか逃げ切ったフリをして校舎から出た。
タイラーの身体は、マキナが修復したが……失った血や痛みは治さなかった。
校舎内に残ったのは数十人単位の死体と、倒れたタイラーだけ。
魔法による検査でも、彼は正常、何かに取り憑かれたこともなく。
無罪放免とはならなかった。
竜姫候補の護衛騎士による大量虐殺事件──。
彼は沢山の命を奪い過ぎたのだ。
王太子や竜姫候補への傷害、貴族の子息令嬢達への傷害及び殺傷の罪で、彼は三ヶ月の拷問の末に処刑されることとなった──。
沢山の者達に、深い傷を残して────。
◇◇◇◇◇
「………………残酷な話ですが」
カロリーナはわざわざ神殿の自室まで来てくれた医師に言われた言葉に、耳を疑った。
外傷は全てなんとか治ったけれど、子宮がズタボロになってしまった。
ゆえに、もう子供は望めないだろう。
そう告げられたカロリーナは、言葉を失くす。
女性としての幸せを夢見ていたカロリーナは、絶望する。
「…………な、ん……で……」
どうしてこうなったのか。
今までと同じ道筋を辿れば良いだけじゃなかったのか。
カロリーナは一人になった部屋でボロボロと涙を流す。
『カロン……』
カロリーナの愛称を呼ぶ竜の声。
そこで彼女はハッとした。
「そう、よ……!ねぇっ……ねぇ!また、時間を戻してよ!もうミスティ様を殺したくないなんて思わないから!ちゃんと、従うから!」
『…………無理だ。言っただろう?これが、最後だと』
「っっっ!」
そう、カロリーナはこの人生が始まった初めに聞かされていた。これが本当の最後。最後の人生だと。
もう時間は繰り返さない。繰り返せない。
だから、導きに従って、役目を果たしてくれ──と。
カロリーナは歯を噛み締めて、叫ぶ。
「なんでっ……なんでなんでなんでっ……!なんでなのよぉっ!」
『カロンっ……』
「なんで私がこんな目にっ……!あ、ぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっっ!」
カロリーナの慟哭は、いつまでも響いていた。
◇◇◇◇◇
王太子イオンもまた、その心に深い恐怖を刻んでいた。
狂気に染まったタイラーが襲ってくる恐怖。
助かったと思った安堵感と、その後容赦なく振り下ろされた二度目の斬撃。
助かったと思ったのに、こんなところで死ぬのかと絶望した。
一応、なんとか助かったが……外傷は治っても、傷跡が残る。
身体に大きく刻まれた傷跡。
凹んだ皮膚は今だにピリピリと痛み、あの時の痛みが。
死が迫る冷たい恐怖が。
イオンの身体を、精神を、心を蝕む。
寝ても覚めてもの、あの時の記憶が消え去らない。
イオンは……あの一件で、深い心的外傷を、植え付けられていた。
「ふっ……ぅ……ぅっ…………」
国を守るはずだった騎士が、国の象徴とも言える王族を斬る。
誰もそうなるとは思っていなかったからこそ、現実に起きてしまった今、その傷はとても大きい。
王城の自室。ベッドの上で布団に包まって震えるイオンの顔は……抑えきれぬ恐怖に歪んでいた──。
◇◇◇◇◇
どうして、こうなったのか──?
彼はそう思わずにいられない。
上手くいっていたのに。
シナリオ通りにしていたのに。
どうしてこうなったのか?
(あぁ……クソ……。もう……意識、が……)
元々、王国を箱庭化して時間を繰り返していた時点でかなりの負担だった。時間を繰り返すことに、ほとんどの力を使ってしまっていた。
だというのに、今回の凶行の所為で、カロリーナに回復をさせなくてはいけなくなった。
その所為で、彼の余力はほぼ無いと言っても過言ではなくなってしまった。もうほんの一欠片分しか残っていないほどに、力が削られてしまった。
不確定要素がある今、できれば眠りたくないが……少しでも力を回復させるためには、寝なくてはならない。
理性では寝てはいけないと思うのに。本能による睡魔が、容赦なく彼を襲う。
結局、強烈過ぎる睡魔に……彼は勝てることができなくて。
そうして……全ての元凶は、眠りについた──。
運命を決定的にしたと言っても過言ではない、致命的な……眠りに──……。
◇◇◇◇◇
共同墓地にある墓石の前で、一人の老人が顔を歪めていた。
「ターニャ……」
貴族子息令嬢の大虐殺が起きたあの日──。
あの時の青年が、ターニャの父親ダイクの元に訪れた。
そして、事の顛末を語った。
ターニャは、護衛騎士への怨みを暴走させて、怨霊になってしまい……彼に取り憑き、沢山の命を奪ったのだと。
完全にミスティ達の配下から脱してしまい、命を奪った怨霊になったためどうすることもできず……殺すことになったと、彼は語った。
──〝僕達を怨みますか?〟
そう言われて、ダイクは言葉に詰まざるを得なかった。
だって、出会えてしまったのだ。死んだはずの娘に。
死霊となってしまったがゆえに、触れ合うことはできなくても。大切な一人娘が帰ってきたのは、確かだった。
だから、上手くいけばまた娘と。ターニャと暮らせるんじゃないかと、思ってしまったのだ。
死んだ娘との再会──それは、希望を抱くには充分過ぎた。
──〝怨んでくれて構いません。結局、僕達は貴方に娘を二度失わせたんですから。怒鳴って、罵倒して、憎んでくれて構いません。それで貴方の生きる糧になるなら。強く僕らを怨んでください〟
それは、一度抱いた希望を打ち砕かれたダイクが、自暴自棄にならないようにするための言葉だったのだろう。
怨みは時に、生きる力になる。
憎まれてでも自分を生かそうとする彼らの姿にダイクは前向きになりかけたが……。
──そう思ったのは、そこまでの、話だった。
──〝けれど、忘れないでくださいね。怨むのは許します。だが、実害を加えようとしてくるのなら、許さない。絶対に、許しません。勿論、僕に対しては傷つけようとしてきても構いませんよ。でも、お嬢様を傷つけられたら……僕は冷静ではいられないんです。必ず貴方に報復をするでしょう。生きてることを後悔するような苦しみを与えてしまうでしょう。だから、どうか……僕に貴方を、殺させないでくださいね〟
微笑む笑顔は優しかった。けれど、その……人外の証であは金の瞳は、一切笑っていなかった。
ここまできてやっと、ダイクは気づく。
目に見える狂気を纏うミスティよりも。目に見えぬ狂気を宿す彼の方が。本当は彼女より遥かに恐ろしい存在だったのだと。
──〝ご理解、いただけましたよね?〟
結局、ダイクは首を縦に振るしかできなかった。
復讐に付き合わせるためとはいえ、ターニャは死霊として……確かにこの場所に再び帰ってくることを許されていたのだ。ミスティ達の力で、この世に戻ったのだ。
あり得ない奇跡を起こしておいてもらいながら、それでも彼女達を怨むのは……お門違いだと思った。怨んでもいいと言われても、ミスティ達を怨むのは違うのだろうと考えた。
いや……本心は違う。
本当は……怨みの感情を向けてまで、彼らのことを覚えている方が……恐ろしくて堪らなかったのだ。
可能のならば……今すぐに、彼らとの縁を断ち切って、しまいたかった。
──〝ご安心を。僕らの目的は果たしました。余程のことがなければ、もう二度と、貴方にお会いすることはありませんよ。では……お元気で。健やかに、寿命を全うしてくださいね。貴方の、娘さんの分までね〟
彼が去っていった後──独り残されたダイクは、考えた。
もしかしたら、あの二人が……ターニャを怨霊という悪いモノに堕としたのかもしれないと。
けれど、彼も困惑した面持ちであったし。ターニャを呼び出す前にはあの少女も、『用が済んだから好きにしていい』と言っていたことから考えるに……多分本当に、彼らにとってもターニャが怨霊と化したのは想定外だった可能性の方が高い。
「………………でも……あのヒトらに目を付けられた時点で……こうなる運命だったのかもな……」
人を殺さなければ。
怨みを暴走させなければ。
勝手に行動しなければ。
そうすれば、ターニャは死霊であれど自身の父親と共に暮らせたのだろう。
でも、逆に考えれば。
自分と共に暮らせることなんてどうでも良くなるくらいに。
それほどまでに娘は、あの騎士の男を怨んでいたということで──……。
(…………護衛騎士が、おれの娘を弄んだことが、全ての始まりなんだ。あの男の所為で、娘は悲しい終わりを迎えた。だからおれは……あの竜達じゃなく……。護衛騎士を永遠に、怨み続けよう。娘の代わりに……な)
ダイクはそう心の中で呟き……妻と娘の墓石に、そっと献花を添えた。