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邪竜と幻竜は、竜姫候補と対面する。

 





 学園に向かうため──……護衛が迎えにくるのを神殿内の自室で待っていたカロリーナは、困惑しきった様子で考え込んでいた。



 今までだったら、最初の一週間で竜の声が指示した青年たちに接触し、悪役令嬢が絡んでくるはずだった。

 しかし、ミスティは学園が始まってから一度も来ていない。

 もう既に、今までと違うシナリオになっている。


 体調不良という名のズル休みをしているのだと、ミスティの義弟と義妹が吹聴していたから……今のミスティ・ドラグーンの評価は凄まじいことになっていた。

 〝いらない令嬢が、調子に乗っている〟……〝王太子の婚約者だから優遇されている〟や、〝身の程知らず〟など。

 全てが全て、彼女への悪意に満ち溢れていて。



『一体、何が……?』



 頭に響く竜の声も困惑しているようで。

 カロリーナは更に不安になる。

 だが、ミスティがいないという以外は今までと変わらなかった。

 四人の青年達と親密になり、今のところ王太子イオンと公爵家嫡男のスレイスターと一緒に食事をするところまできた。


(このままいけば、ミスティを殺さずに……)


 だが、カロリーナの考えは、扉のノック音で途切れる。

 待たせる訳にはいかないと慌てて立ち上がり、鞄を手にソファから立ち上がる。

 そして、扉を開けて護衛騎士に挨拶をしようとして──……。

 カロリーナは、絶句せずにはいられなかった。



 何故なら……迎えにきたタイラーの姿が……。

 病的なほどに、やつれていたからだった。



「タ、タイラー……様……?」

「……………おはよう、ございます……。カロリーナ様……」


 日に日に、疲労が溜まっている様子だったのは知っている。

 しかし、何故、こんなに一気に窶れたのか?

 カロリーナは慌てて彼に回復魔法をかける。


「だ、大丈夫ですか!?凄く顔色が悪いですよ!?」

「………………えぇ……ご心配をおかけして、申し訳、ありません……。少し、寝れてないだけです、ので……」

「…………寝れて…ない?」


 眠れないだけでこうなるだろうか?

 痩けた頬。落ち窪んだ目元。まるで、死人のような雰囲気。

 どうしてこうなるまで気づかなかったのだろうか?

 カロリーナは、毎日会っていたはずなのに彼の異常に気づかなかったことに動揺を隠せない。


「……あの、今日は……休んだ方が……」

「………いえ。国から直接任務を与えられている身です…………。休むにも……手続きが必要ですから」

「でしたら、明日はっ……!」

「…………………えぇ……。明日は……休ませて、いただきます………」


 タイラーの声が徐々に小さくなっていく。

 カロリーナは回復魔法を再度発動させるが、彼の元気はどんどん無くなっていて。

 本当に、一体何が起きているのだと……彼女は背筋がぞっとする。


「……………ひとまず……学園へ……」

「…………は、はい……」


 タイラーのエスコートで移動し、馬車に乗って学園へと向かう。




 カロリーナは、その時触れ合った酷く冷たいタイラーの手に……ブルリと身体を震わせた。





 ◇◇◇◇◇





 学園の校舎へ向かう生徒達は、彼女が馬車から降り立った瞬間──息を詰まらせた。



 金色の髪に碧眼。目立たぬ容姿。

 至って平凡な少女でしかなく、〝いらない令嬢〟であるはずだった。



 しかし、どうしてなのか?



 変わらないはずなのに……。

 その身が纏う空気が、何故か目を惹く。

 目を伏せたその表情に、男子生徒達のゴクリッと喉がなってしまう。

 女子生徒達も、彼らほどではないが……彼女から目が離せなくて。



 ミスティは、なんとも言えない空気の中……周りを気にせずに、真っ直ぐと校舎に向かっていた。



『あ〜……邪竜の美貌……というか、雰囲気?は流石に残りましたか』


 幻覚で隠れたマキナが、ミスティの隣に立つクスクスと笑う。

 彼女はこてんっと首を傾げながら、彼に問うた。


(邪竜の雰囲気?)

『邪竜は《終わり》に属すると言ったでしょう?そのため副次的にと言いますか……周りに《終わり》の要素──小さな災厄を振り撒くんですよね。具体的に、かつ分かりやすく言うなら……周りにいる者達が破滅し易くなる感じでしょうか?ですけど、その破滅も色々種類がありまして。物理的な破滅、社会的な破滅……美貌による破滅、ってね?だから、魅了を司る竜ほどではないですけど、ミスティお嬢様も傾国の美女状態なんですよ。他の竜よりは』

(あぁ……つまり、容姿はマキナの幻覚でなんとかなってるけど、雰囲気はどうしようもなかったってことね)

『そうです。まぁ、近づいてこようとする奴は僕が始末しますので、ご安心を』

(えぇ)


 マキナは変に思えない程度にミスティの手に触れて、周りを見る。

 そして、ふっと鼻で笑った。


(マキナ?)

『いえ。どうやら、洗脳に染まりまくってる訳じゃなそうですね。ただ、この学園の生徒達は馬鹿なだけだ』


 貴族特有、というものなのだろう。

 公爵が邪険にしているから、他の者も追従しているに過ぎなかった。

 つまり、ミスティに後ろ盾ができたら……周りの奴らは簡単に手の平を返すだろう。

 マキナはニヤリと笑う。

 手駒が足りなくて大変かと思っていたが、予想よりも問題はなさそうだった。


(マキナ、悪い顔だわ)

『あはは、悪い竜なので』


 校舎に入ったミスティは、周りの目を惹きながら教室に向かう。

 だが……教室に入る前に、彼女に声をかける者がいた。



「ミスティ……?」



 ピクリッと彼女の動きが止まる。

 ゆっくりと振り返る先。

 そこにいるのは水色の柔らかな髪を持つ青年と、金色の髪に琥珀の瞳を持つ美少女。



 王太子イオンと、彼にエスコートされる竜姫候補カロリーナ。



 ミスティはその姿を見た瞬間、激昂しそうにな────。



「落ち着いて下さい、お嬢様」



 ふわりっ……。

 背後から抱き締められる。暖かな手がミスティの視界を塞ぐ。

 それだけで彼女の精神が落ち着く。真っ黒に染まりそうだった思考が、はっきりとする。

 彼女は力を抜いて背後に立つマキナに凭れかかった。


「…………はぁ……駄目ね。あの顔を見ると、殺したくなっちゃう」


 マキナにしか聞こえない小さな声。

 彼はクスクス笑いながら、彼女の頬を撫でた。


「あはは、仕方ないですよ」


 四回も、無残に殺されたのだ。

 顔を見たら激昂しそうになるのは当たり前だろう。

 だが、今はまだ駄目だ。

 先に潰してしまったら、復讐にならない。苦しませなければ、復讐と言えない。


 だから、マキナは止める。


 目の前にいる……男に見せつけるためにも。



「お前っ……人の婚約者に何をっ……!」



 イオンは叫びながら、マキナの肩を掴もうとする。

 しかし、彼の金色の瞳に見つめられると……イオンは動けなくなってしまった。


「おや?僕はミスティお嬢様の侍従です。お嬢様の具合が悪そうだったので……支えてさしあげただけですよ?」

「………なっ!?お前のような侍従、見たことないぞっ!?」

「それはそうです。僕は貴方が嫌いですから、会わないようにしてきました」

「っっっ!?」


 こんな堂々と嫌いだと言われたことがないイオンは、それに言葉を失う。

 マキナはそれを見て、ニヤリと笑った。


「それに、貴方だってそちらの令嬢をエスコートしていたじゃないですか」

「なっ……!彼女は竜姫候補だ!それに、お前のように令嬢を抱き締めていないだろうっ!?お前らと一緒にするなっ!」


 ほんの瞬きの間に、マキナは考えを巡らす。

 そして、この場に相応しい対応を幾通りも考え……その結果──ワザとらしく怒りと嘲りを混ぜた視線を、イオンに向けた。


「嘆かわしいことです。婚約者でありながら、お嬢様にそんなことを言うなんて……」

「…………何が言いたい」


 マキナの煽るような言動に、イオンは顔を歪める。

 そんな素直過ぎる王太子を見て……彼はクスクスと笑った。



「だって、貴方はスレイスター様と仲が良いと聞いています。なら、彼から聞いているでしょう?お嬢様が公爵家内でもいらない扱いされて、世話すらもしてもらえず、食事すらもマトモでなく、公爵令嬢でありながら相応しい扱いをしてもらえず、罵詈雑言を吐き捨てられて。いつかは彼らに暗殺される定めなのだと。だから、こうして体調が悪く倒れかけられたというのに……まさか、そんなことを仰るなんて。なんて、酷い人なんでしょうね。貴方様は」



『なっ!?』


 この場にいるのは王太子とカロリーナだけじゃない。

 他の貴族の子息令嬢達もいる訳で。

 マキナが暴露した真実は、そんな彼らにも衝撃を与えるのに充分だった。

 けれど──……、


「あら?そうなの?私、暗殺される予定なの?」


 当の本人は。ミスティは彼の手を目元から退けて、呑気にそんな言葉を口にする。

 周りの驚愕の視線をモノともせずに。マキナは肩を竦めながら、頷いた。


「はい。そうらしいですよ?知りませんでした?」

「知らなかったわ。よく知ってるわね?」

「情報収集は得意なので。ちなみに、暗殺して義妹のティアラ様を婚約者に据える予定だったらしいですよ?」

「そうなのね」


 ミスティはそれを聞いて、薄ら笑いを浮かべる。

 例え、カロリーナとその取り巻き達に殺されなくても……暗殺される予定だったとは。

 どれだけ救われないのだと、ミスティは笑ってしまった。


「まぁ、いいわ。殺そうとするなら、殺し返されたって仕方ないわよね」

「そうですね」


 サラッと言ってミスティに、イオンはギョッとして……カロリーナはビクッと身体を震わせ、顔面蒼白になる。

 彼女の怯え方は尋常ではなくて。



 …………まるで、自分が殺されそうになっているような絶望した顔をしていて。



 マキナは、その表情でカロリーナがタイムリープの関係者だと確信した。


「それに、イオン殿下の婚約者だなんて所詮お飾りだし。ティアラ様がイオン殿下の婚約者になるなら、それで構わないわ」

「ですよねぇ〜。殺されそうになったら、駆け落ちしましょうか?」

「…………マキナと?」

「えぇ。()()()様のところは誰も来れませんから、平和ですよ?ここ最近は、花嫁様のお陰で天気も良いですし。あの場にいるのは我が道を往くゴーイング・マイウェイなマイペースばかりですから。好き勝手できます」


 ミスティはそれを聞いて目を見開く。

 面倒くさいしがらみを全て捨て去って、好き勝手できる世界へ旅立つ。

 それはとんでもなく魅力的で。

 でも、それと同時に彼女は思う。



「…………マキナと一緒なら、どこでも楽しいと思うわよ?」



 そう……例え、嫌なことがあっても。ミスティはマキナがいれば、大丈夫な気がした。

 それがどうしてなのから分からない。

 確信のない気持ちだが、それだけは揺るぎない気がした。



「そうね。全部終わったら、マキナが私を連れて行って」



 ふわりと微笑むミスティは、とんでもなく美しく。それでいて、蕩けそうなほどに可愛らしくて。

 その笑顔を向けられたマキナはブワッと顔を赤くして、唇をむにゃむにゃと動かしながら返事を返した。


「…………あー……はい。畏まりました……。お任せ、ください」

「マキナ?どうしたの?様子が変よ?」

「いや、なんか……お嬢様の笑顔が眩し過ぎて、死にそうなんですけど。なんですかね、これ」

「知らないわよ」


 手で顔を覆うマキナと、キョトンとするミスティ。

 無駄に初々しい雰囲気を醸し出している二人に、置いてけぼりを喰らうイオン達。





 その場には、とんでもなく混沌な空間が出来上がっていた………。





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