護衛騎士の情報
(………まぁ、なんか格好いい風に転移しましたけど、折角ここまできたんです。ちょっと情報収集させてもらいますかね)
マキナが転移したのは王城の裏手。つまりは、城に努める使用人がいるエリア。
人がいないことを確認して転移したが、流石にミスティを抱いたままでは少し支障がある。
マキナはミスティを片手に抱き、ポケットの中から小さな四角い茶色の箱を取り出すと、ポイっと軽く宙に投げた。
「《簡易箱庭・展開》」
パリッと箱に金色の光が走り、淡く輝き始める。
これは、その名の通り竜が作れる箱庭を持ち運びできるように簡易式にしたもので。
小さな一部屋分の空間しかないが、いつでも使える便利なものだった。
(少し、簡易箱庭の中で寝ていて下さいね)
マキナの簡易箱庭は、小綺麗な部屋をモチーフにした内装になっており……ベッドやテーブル、ソファなど一通り家具が揃っている。
マキナはミスティを簡易箱庭のベッドに寝かせると、そこから出て、ポケットの中に箱をしまった。
(…………さて。情報が集まるとすれば……)
マキナは認識阻害を発動しながら、目を閉じる。
薄く、波のように魔力を放ちその反動で王城内のマッピングを正確に行い……生体反応がある場所を発見した。
音もなく向かったのは、使用人達がいるらしい休憩室。
マキナは自身の姿を侍女に変えて、スルリと休憩室の中に入って行った。
「あら?貴女、見ない顔ね?」
休憩していた侍女の一人がマキナに気づき、首を傾げる。
マキナはにっこりと微笑みながら、精神干渉を発動した。
「あら、何おっしゃってるの?元々私はいたでしょう?」
ぐらりと身体が傾きかける侍女達。
だが、次の瞬間には彼女達はにっこりと笑った。
「あぁ、そうだったわ」
「ねぇねぇ、学園に竜姫候補様が通い始めたのでしょう?何か知らない?」
本来、竜姫候補の扱いは神殿が担当する。
竜神信仰をしている以上、それは当たり前だろう。
しかし、神殿は非武装集団であるため、護衛には王国騎士が派遣されることになっている。
竜姫とは、竜の力を使える存在と言われている。
そんな彼女達の力を使って、良からぬことを考える者も少なからずいるため、護衛が必要となるのだ。
「あぁ、護衛騎士にはタイラー様がなったのよねぇ」
「どれくらいで竜姫候補様と関係を持つのかしらね?」
クスクス、クスクス侍女達は笑う。
マキナは怪訝な顔をしながら、首を傾げた。
「…………関係?」
「あら。貴女、知らないの?タイラー様は女癖が悪いのよ」
マキナはそれを聞き、目を見開く。
そして、ニヤリと皆にバレないように笑った。
「ねぇねぇ、その話。詳しく聞かせて下さらない?」
◇◇◇◇◇
目を覚ましたミスティは、何度か瞬きを繰り返す。
どうやら、自室のベッドに寝かされているようだ。
ミスティはゆっくりと起き上がり、痛む頭を押さえた。
「大丈夫ですか?」
緩慢な動作で視線を動かせば、マキナは心配そうな顔で彼女のベッドの縁に腰掛けていて。
彼は優しく、彼女の頬を撫でた。
「…………私……」
意識を失くす前の記憶を思い出そうとするが、思い出せない。
黒く、憎悪に染まったことしか……分からない。
マキナはそんな彼女に気づいて、優しく微笑んだ。
「ちょっと竜の力に呑まれかけただけですよ。問題ありません」
「…………そう?」
「えぇ」
マキナは優しい笑顔のまま、彼女の頬を撫でる。
ミスティはその手に擦り寄り、目を閉じた。
「マキナは、私に触れるのが好きなの?」
「おや、どうしてですか?」
「私に触ることが多いから」
「………………………………え?マジですか?」
マキナの驚いたような声に、ミスティは目を開けてキョトンとする。
そこには顔を真っ赤にして狼狽する彼の姿。
ミスティはそれを見て、首を傾げた。
「なんでそんなに狼狽してるの?」
「いや、あのですね……まさか、そんなに触れてるとは……ね?」
「無自覚だったの?」
「……………………」
彼は顔を真っ赤にして、目を逸らし……ベッドに倒れ込み、撃沈する。
どうやら、本気で無自覚だったらしい。
無自覚であんなにもスキンシップをしていたらしい。
ミスティは撃沈したマキナを見て頬を膨らませる。
ぷるぷると震え出す身体。
我慢しようとして失敗し……爆発した。
「あははっ!あはははははははっ!」
お腹を抱えて、目尻に涙を浮かべて笑うミスティ。
マキナは若干涙目になりながら叫んだ。
「ちょっと!笑わないで下さいよ!」
「あははははっ!無理よ!」
ミスティは笑う。
こんなに馬鹿みたいに笑ったのは、いつぶりだろうと。
こんな風に何も気にせずに笑ったのは、何年振りだろうと。
楽しさと、ちょっとなんとも言えない複雑さを抱きながら笑う。
「あぁぁっ、もう!笑ってないで!取り敢えず、手に入れた情報をご報告しますよ!」
マキナは無理やり話の方向を変えようとするが、ミスティは笑ったままで。
とうとう彼は我慢できなくなり、ミスティを押し倒した。
「ほら、笑わないで下さい!怒りますよ!?」
「もう怒ってるわよ?」
「…………うぅーっ、あーあーあー……!拗ねてやる。拗ねてやりますよぉー。折角、お嬢様が寝てる間に情報収集頑張ったのにー。お嬢様はそんな僕を労うどころか笑うんですねぇー」
ぽふんっと、ベッドで添い寝するように向かい合う。
マキナは頬をぷくっと膨らませて、そっぽを向くような仕草をした。
「うふふふふっ、ごめんなさい。拗ねないでよ」
マキナの頬を撫でてやりながら、ミスティは微笑む。
だが、彼はムスッとしたままそっぽを向いた。
「別に拗ねてません」
「そういうのを拗ねてるって言うんでしょう?」
「あーあー、きーこーえーなーいー」
もう数百年単位で生きてきたマキナは、自身なこんなに子供っぽい態度を取ってしまうことに驚きを隠せない。
だからこそ、一度子供っぽい態度を取ってしまったことに動揺して……上手く冷静になれない。
(いい歳こいた僕が何してるんだか……恥ずかしいですね)
マキナはスッと感情を切り替え、起き上がる。
彼の雰囲気が変わったのが分かったからか、ミスティも真剣な顔で起き上がった。
「では、僕が入手してきた情報を元に話します。手に入れてきた対象は、王国騎士、竜姫候補の護衛騎士タイラーです」
ミスティはそう言われて、タイラー・セイブのことを思い出す。
紫の髪と瞳、女性好みの整った顔立ち。色気溢れる雰囲気を纏い、いつも女性を口説いているイメージがある。
「まぁ、一言で言えば……彼は女性関係が爛れています」
「…………でしょうね」
「王城内にも何人か肉体関係者がいましたし、娼館通いは暗黙の了解となっているようです」
「………………あぁ……」
それを聞き、ミスティは嫌そうに顔を歪める。
確かに彼には女性と親しくしているイメージがあったが……だとしても王国騎士の娼館通いが他者に知られているのは駄目だろう。他の騎士達の品位すらも、疑われてしまう。
ミスティはその騎士は……周りへの迷惑を考えないのかと、呆れずにはいられなかった。
「で……中には、彼の甘い言葉に騙されて、それが嘘だと知り、自殺してしまった人もいるみたいなんです」
「っっっ!」
彼女は目を見開く。
その後……ゆっくりと、歪んだ笑みを浮かべる。
その顔は、ある企みを思いついた顔で。
ミスティは嗤う。
その金色の瞳の奥に仄暗い闇を宿しながら、狂気的に嗤った。
「会いに行きましょう、彼女に」
「畏まりました、我が主人」
そうして二人は、その場から転移した。




