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第7話 靴探し②

 戌井(いぬい)雉真(きじま)は校内中を探し回った。


 各教室の掃除用具入れやゴミ箱の中、各階の男子トイレ、理科室に美術室、音楽室、食堂、校庭の端から端まで、物を隠せそうな場所は全て探した。


 体育館の倉庫を調べようとすると、ガラの悪い生徒たちがだらだらと駄弁(だべ)っていた。戌井(いぬい)雉真(きじま)が探し物をしているので見回りたいと言うと、「目障(めざわ)りだ」と一蹴(いっしゅう)してくる。体育館では真面目な生徒たちがバスケに励んでいるが、ここにいる者たちはどうせサボっているのだろう。


 戌井(いぬい)は無視して倉庫内を探し始めた。不良生徒たちが背中にガンを飛ばしてくる。


「おい……こいつ生意気だな」

「シメてやるか」


 3人の不良に囲まれる戌井(いぬい)を見て、雉真(きじま)はそっと倉庫の扉を閉めた。しばらくして扉を開けると、3人とも壁際で気絶している。


「終わった?」

「ここにはなかった」

「そっかー。じゃあここから一刻も早く離れようぜ」


 廊下を歩きながら雉真(きじま)が言った。


「あと探してないのは女子トイレとか女子更衣室だよな。たぶん、日和(ひより)さんに嫌がらせしているのは女子だろうし。英語の授業でお前の次に立ち上がったのが気に喰わなかったのかもな」

「何が気に入らないんだ?」

「男に(こび)を売ってると思われたんだろ。イケメンは男女問わず高評価を受けるけど、美女は女性からの評価が厳しくなりがちだ」

「よくわからん」

「とにかく女子しか入れない場所は要チェックってことだ。よし、あそこの女子たちにお願いしてみよう」


 雉真(きじま)は今しがた廊下ですれ違った2人組の女子に声をかけにいった。


「すみません。友達の女の子が靴を隠されたので探しているんですけど、女子トイレと女子更衣室はさすがに入れません。代わりに探すのを手伝ってくれませんか?」

「は……? キモ」

「そういうのやめてください」


 2人の女子はそう言うと足早に去っていった。雉真(きじま)は心臓が痛むのかぎゅっと胸元のシャツをつかんでいる。


「大丈夫か?」

「俺……明日から不登校になる。人類なんて滅べばいい」

「相手が悪かったんだ。別の女子なら聞いてくれるかもしれない」

「もう無理……俺のライフはゼロよ。かはっ」

「俺がやろう」


 戌井(いぬい)は別の2人組に声をかけた。彼は大きな(くま)もあいまってやや不気味な威圧感があるため、女子たちは手を握り合って後退(あとずさ)りをしてしまう。


「な、何でしょうか……?」

「靴を隠されて困っている子がいる。校内中を探しているが見つからない。残りは女子トイレか女子更衣室だ。代わりに探してくれるとありがたい」


 女子たちは顔を見合わせてこそこそ話をする。


「怖そうな人かと思ったけど人助けがしたいみたいだね」

「手伝ってあげるか~」


 女子の1人が言った。


「いいよー。探してくるから食堂で待ってて」

「ありがとうございます。待っている間にコンビニで何か買ってきますが、何がいいですか?」

「じゃあこの新作スイーツで」


 戌井(いぬい)は商品名をメモして雉真(きじま)のもとに戻った。


「このギャップ萌え使いがっ」

「コンビニ行くぞ。お前にも何か奢ってやる」

「俺を慰めるな! 優しくされると泣いちゃう」


   ☂


 だが、女子トイレや女子更衣室でも見つからなかった。探してくれた女子たちにお礼を言い、戌井(いぬい)雉真(きじま)はそのまま食堂で話し合った。


「これだけ探しても見つからないんじゃお手上げだな」


 戌井(いぬい)は食堂の窓辺に立ち、夕焼けに染まる校庭を眺めていた。校庭は土でできたクレイグラウンドだ。靴を埋めることもできるだろう、と考えていた。しかしこの広さの中、靴一足を探し出すのは至難の業だ。


「今日はもう帰ろう」と、戌井(いぬい)は言った。

「見つけてあげたかったが、仕方ねえな」

「GHQ部なのに、早く帰らなくてよかったのか?」

「あそこで帰ったら気分悪いだろ。やれるだけやったって思いたかったというか……要するに自分のためだ」

「俺も似たようなものだ」

日和(ひより)さん、思い詰めて変なこと考えなきゃいいけど」

「変なこととは?」

「自殺……とか」

「自ら命を絶つところまでいくのか」

「そりゃキツイだろ。俺なんかキモいって言われただけで人類呪うレベルで傷付いたんだぞ。お前がいたから笑い飛ばせるけどさ。1人だったら洒落(しゃれ)にならねえ。知ってるか? この学校、4年前もいじめがあった、なかったで()めてたらしくてさ。女子生徒が失踪して今も見つかってないんだと。人間、心を追い詰められたら自分の存在を消したくなるんだよな」


 その話を聞いて、昇降口でスマホの画面を見ながら、顔面蒼白(がんめんそうはく)になった日和(ひより)の姿を思い出した。声をかけても気付かぬほどショックを受けていたに違いない。占い宣言をしてくるくらいだ。日和(ひより)は弱い女の子ではない。そんな彼女でも取り乱すということは、よほど深刻なことが起こっているのだ。


 戌井(いぬい)は正直、靴を隠されただけだと思っていた。探し始めたのも軽い気持ちからだ。しかし重要なのは何をされたかではない。誰かに悪意を向けられているという事実そのものが十分脅威(きょうい)なのだ。


 日和(ひより)が預言者かどうかなど関係なかった。クラスメイトが(おびや)かされていることを知りながら、平穏な高校生活など望めない。こんなことで日和(ひより)が消えてくれたとしても胸糞(むなくそ)悪いだけだ。さっさと解決してしまいたい。どんな手を使っても。


「明日、日和(ひより)さんと話してみよう」

「慎重にやれよ。男が下手に手助けすると、それはそれで女子は嫉妬するからな」

「何に嫉妬するんだ?」


 雉真(きじま)は顎に手をやって、戌井(いぬい)をじーっと見つめた。


「……異世界にも恋愛の概念はあるはず、だよな? ってことは宇宙人? 宇宙から来て人間の感情を学んでいるやつだ」

「意味のわからない話をするな」

「うるせーバカ。帰るぞ」


 雉真(きじま)は立ち上がって、カバンを肩にかけた。


「先に帰れ。俺はもう少し残る」

「まだ探すのか?」

「いや、絵を描くんだ」


   ☂


 1つの絵を完成させるのに、毎日8時間作業をしても1ヶ月はかかる。


 ぶっ通しでやれるほど集中力はないので、食堂から教室、教室から図書室、図書室から食堂へとこまめに移動を繰り返した。集中力を維持するためには同じ環境で作業をせず、場所を変えてみるというのはかなり効果があると知っていた。


 ぎりぎりまで学校に居座った後、外へ出て、駅のトイレで制服から私服に着替えた。帽子を(かぶ)り、駅前のカフェ『リバーブ・リトリート』で夕食を()る。このカフェは22:00まで開いているので、そこで絵を描いたり、今日の授業の復習をしたり、予習をしたりして閉店まで過ごした。


 外はすっかり暗くなっていた。戌井(いぬい)は学校へ向かった。


 校長の話では、校舎の扉を開けると無音の警報装置が作動するということだった。他の話は聞いてないが、警備の話になるとつい記憶に刻み込まねばと集中してしまう。癖になっているのだろう。


 だが、校舎に入る必要はない。戌井(いぬい)は校門を躊躇(ためら)いなく乗り越えた。まっすぐグラウンドへ向かう。


 グラウンドにはヒマラヤスギの樹林があり、その木陰(こかげ)戌井(いぬい)は服を脱いだ。獣化(けものか)の際に服が破れぬようにとはいえ、外で全裸になるのは面白いことではない。本当はやりたくないが仕方あるまい。だが雉真(きじま)と一緒に校舎内に靴がある可能性をくまなく(つぶ)したおかげで、グラウンドの土の中を探してみる価値は十分あると思っていた。


 戌井(いぬい)は白狼になった。


 獣化(けものか)している間、人狼の嗅覚は犬と同じくらい鋭い。そして犬はあらゆる化学物質と時間経過の記録を嗅ぐことができる。しかも『吸って吐く』を同時に行う鼻の構造になっている。片方の鼻孔(びこう)で吸うと同時に、もう片方で常に新しい空気の流れを作り出し、においに慣れることを防いでいる。つまり、自分のにおいだって嗅ぎ分けられるのだ。


 日和(ひより)のにおいのサンプルはあらかじめ採取しておいた。コンビニでジッパーバッグを買い、日和(ひより)の下駄箱の中にあった塵埃(ちりぼこり)などをこの中に詰めている。爪でビニールを(やぶ)くと溢れ出たにおいを念入りに嗅いだ。


 制限時間は150秒。犯人は昇降口から歩いて、おそらくグラウンドへ向かい、日和(ひより)の靴をどこかに埋めたはずだ。


 白狼は駆け足で昇降口の前へ行き、そこからにおいを辿った。日和(ひより)そのものではなく、日和(ひより)の靴のにおい。素材は革。足から出る汗や皮脂(ひし)、それを消すための消臭スプレーのにおい。時間は今日の朝から放課後までに絞ると、昼の時間帯からグラウンドへ向かっている。


 においをひたすら辿っていくと、ヒマラヤスギの樹林まで戻ってきた。どうやらここに埋められているようだ。見た目にはわからないが、長い鉤爪(かぎづめ)で土を掘り返すと、あった。靴を取り出して、木陰(こかげ)の下で獣化(けものか)が解けるのをじっと待つ。


 人間に戻るとすばやく服を着て、日和(ひより)の靴をエコバッグに入れた。そして家に帰った。

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