第64話 焼き肉パーティ
中間テスト最終日が終わった。雉真と答え合わせをした限り、赤点は回避していそうだ。
戌井は軽い昼食を摂ってから『リトリト』でバイトをしにいく。メモ帳を眺めながら、注文されたリトリト・ラテを慎重に作る。受け渡しカウンターにマグカップを持っていき、ニコニコしている草鹿総一郎に手渡した。
戌井は何も言わなかったが、清水野動物園は廃園の危機を乗り越えたのだろうと予想できた。
いつも「笑顔、笑顔」と注意してくる先輩の女の子が、戌井の表情を見てぐっと親指を立てている。
夜になって焼肉屋に行くと、既に日和と猫屋敷、雉真が到着していた。日和と猫屋敷は隣同士、雉真は向かいの席に1人で座っている。後で鳩貝ウツロとカモメちゃんが来ることを考えると、3人ずつ座るのがよいだろう。戌井は日和の隣に腰を下ろした。
「ねえねえ、テスト終わったけど『ユイシロ・マスター』の使い心地はどうだった?」
「かなり良かった」戌井は言った。
「おいおい、そんなのあるなら教えてほしかったぜ。猫屋敷さんが良ければ、次は俺も使わせてくれ」
「もちろんいいよ。ひよりんはこんなアプリなくても勉強できるから、微妙だったかな」
「そんなことありません。ただ私が欲しいのは……読み上げ機能ですね。『児のそら寝』はもう二度と音読したくありません」
「ちょっと、戌井くん。ひよりんに何したの?」
「音読してもらっただけだ。俺が傷を縫っている間に」
「想像したらシュールすぎる」雉真が言った。「日和さんにトラウマ植え付けんな」
そこへ鳩貝ウツロとカモメちゃんがやって来た。ウツロは雉真の隣に、カモメちゃんは戌井の膝の上に乗ってくる。
「どもども。鳩貝ウツロ、探偵です。どうぞご贔屓に」
ウツロは雉真に名刺を手渡している。雉真はウツロを怪訝そうに見つめた。
「あのう……戌井のそっくりさんと一緒にいませんでした? 車を運転していて俺を助けてくれた……」
「あー、たぶん他人の空似じゃないかな」
「戌井のそっくりさんと一緒にいた人のそっくりさん……ってこと?」
「そゆこと」
もう雉真に全て話してもいいのではないか、という気もするが、話せば日和のように戌井を手助けしようとして悪事に加担させてしまうかもしれない。雉真は暴力や血生臭いことには耐性がないので、巻き込みたくはなかった。
「ところで君の名前は? 息子のお友達なんだろ? よく見たら可愛い顔してるね」
「雉真っす。ええっと……」
「おい」
戌井はウツロをたしなめた。
「こいつに手を出すなよ」
「ボクを何だと思っているんだ? 未成年には手を出さないよ。そういや猫屋敷ちゃん、人工肉の研究しているんだって? ボク、その手の研究に熱心な大学教授と寝て……懇ろだから、話し合いの約束とか取り付けられるかも」
「本当ですか!? 詳しく教えてほしいにゃ」
「あ、じゃあ席替えします?」雉真が言った。「向かい合った方が話しやすいですし」
雉真とウツロが席を入れ替わり、ウツロと猫屋敷は2人だけの話を始めた。
「お肉まだ~?」
カモメちゃんが言うと、ようやくホルモンと牛タンが運ばれてくる。
「色々突っ込みてえが」雉真が言った。「俺は肉を食うことに集中するぞ」
「それでいい。肉を焼くから、膝から下りてくれないか」
戌井がカモメちゃんに向かって言うと、彼女は「やだ」と首を振る。
「お肉なら私と雉真くんが焼きますので、カモメちゃんはそのままでいいですよ」
「そうだぞ。戌井に肉を任せたら、ボーッとして焦がすに決まってる」
戌井が不服そうに唸ると、日和と雉真はその様子を面白がって笑う。
「あっれえ~? 戌井くんじゃあないか。進路決まってる~?」
見覚えのある赤いポニーテールが視界に入ったかと思えば、赤熊隊長が肩に手を回してきた。彼女からはいつもイチゴの匂いがするが、今は酒のにおいが混じっている。
「まさかこんなところで出会うとは。これは運命だね。君はSTに入るべきだ」
「赤熊隊長、どうしてここに?」日和が言った。
「ブラスターが『白狼被害者の会』を開いたんだ。私と馬庭を誘ってな。馬庭ヤヨイって知ってるかい?」
戌井はよく知っているが、首を振った。
「バイクの運転が上手い、すごいやつだよ。逃げる白狼に追いついたのは彼女だけだ。でもレインコートの男にやられたらしい。私がやられたのと同じ奴だな。つまり、レインコートの男は白狼だったってわけだ」
「赤熊。学生たちに恥ずかしい失態を語らないでちょうだい。品性の欠片もないのね」
馬庭ヤヨイが腕を組みながら言った。彼女はバイクを運転するので酒は飲んでいない。
「肉が来たわよ。どっちが多く食べるか勝負しましょ」
「なんでいちいち私に張り合うんだ? まあいいだろう。肉を食べながら白狼を倒す作戦を練ろうじゃないか。私と馬庭が力を合わせれば、白狼を追い詰められるかもしれない。今度バイクの後ろに乗せてくれ」
「あ、あんたなんか誰が乗せるもんですか!」
「ブラスターさんがこの会を開いたということは」日和が言った。「彼もここへ来るんですか?」
「いや、あいつは来ない。『私は白狼の被害者じゃないんでね』とか言ってな」
「ふんっ。ショットガンの弾、受け止められたくせに」
赤熊と馬庭が自分の席に戻っていくと、人狼組――戌井、猫屋敷、カモメちゃんはホッと息をついた。ウツロはテーブルの下に隠れていたので這い出てくる。
「みんなどうした? 肉焼けたぞ」
何も知らない雉真だけが能天気に肉を食っていた。
<第2部 完>
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