表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人狼は静かに暮らしたい  作者: 古月
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

43/64

第43話 トライカラーの獣

「その前に怪我の手当てをします。戌井(いぬい)くんも素足じゃ危ないので、隣に座ってください」


 日和(ひより)はクローゼットの中の狭いスペースをぽんと叩いた。


「俺はいい。それよりウォールナットの話だ。どこで俺のにおいを嗅いだんだ?」


 日和(ひより)はむうと頬を膨らませた。


「怪我はちゃんと治さないとだめだって、以前私に言いましたよね? 戌井(いぬい)くんもそうしないとだめです」

「そんなこと言ってない」

「言いましたよ。私と記憶力で勝負するつもりですか?」


 日和(ひより)はおっとりしているように見えて、意外に押しが強い。相手のことを想っている故だとわかっているので悪い気はしなかったが。


「……わかった。手当てしながら話してくれ」


 2人は狭いクローゼットに並んで腰掛けた。日和(ひより)がストッキングを脱いで裂き、肩に巻いて止血してくれる。ほとんど密着しているので、彼女の胸元が呼吸に合わせて微かに上下するのが感じられた。そのぬくもりに安心感を覚えると共に、胸の奥がややざわつく。


「動物園の現場の手がかりから戌井(いぬい)くん=白狼だと特定するのは難しいかと思います」


 日和(ひより)が何事もなく話し始めるので戌井(いぬい)はその内容に集中した。


「いくらSNSでバズっているからといって、いきなり家に侵入してくるほどの確信を持てるとも考えられません」

「ウォールナットは動物園で俺のにおいを嗅いでいる。白狼の時のにおいだが。そのにおいと俺を結びつければいいわけだ」

「ここ数日の間に戌井(いぬい)くんに接触した人は誰ですか?」


 戌井(いぬい)は1日に起きたことをスマホに逐一ちくいちメモしていた。日記というほど整然としておらず、乱雑なメモだ。それを動物園事件からさかのぼって見ようとしたが、集中力が持たなかった。


「頭に入ってこない。君が見てくれないか?」

「お任せください。ふむふむ……草鹿(くさか)総一郎。スマトラトラの飼育員。動物園事件の翌日に会ってますね」

「そいつがウォールナットか?」

「いいえ、もしそうなら今頃襲ってくるのは変です。あれから1週間以上は経ってますし」

「なら最近会った奴だな」

黒鶴(くろづる)ナギ君が怪しいです」

「誰だっけ?」

「昨日ジャージを貸したでしょう? 不登校だったのにG(ゴールデン)W(ウィーク)明けにいきなり登校して、わざわざ面識のない戌井(いぬい)くんにジャージを要求しました」

「改めて口にするとかなり奇妙だな。他に候補は?」

戌井(いぬい)くんは不用意に人を近付けませんから、他ににおいを嗅げそうな人は見当たりませんね。やはり黒鶴(くろづる)くんがウォールナットに繋がっている、と考えてよさそうです」

「奴自身がウォールナットだとは考えないのか?」

戌井(いぬい)くんのにおいを嗅ぐだけなら、直接会って少し顔を近付ければよいだけです。偶然を装って廊下でぶつかり合うだけでも。でも彼はわざわざジャージを借りに来ました。ジャージについている戌井(いぬい)くんのにおいを他の誰か……ウォールナットに嗅いでもらうために」

「その翌日、ウォールナットは俺の住所を特定して襲撃してきた」

「ええ。もう一つ不可解なのが――」


 その時、専用アプリの通信から男性隊員の声が響いた。


「警官から通報あり。オトハ公園のトイレ内にて2名の男を発見。1人は怪我をしており、もう1人を人狼と告発。もう1人の男は獣化して東南方面へ逃亡しました」


 オトハ公園はこのマンションの近くにある小さな公園だ。あそこの遊具は汚れていて、トイレも汚いので基本的に人がいない、と戌井(いぬい)が地図に記したメモには書いてある。


「毛並みはトライカラー。ウォールナットではありません」


 トライカラーとは黒、白、茶などの3色で構成された模様のことだ。三毛猫の犬版みたいなものである。


「別の人狼でもかまわん」と、赤熊隊長が返事をした。「手の空いている者はオトハから東南、150秒圏内のポイントを捜索せよ」


 戌井(いぬい)はその通信内容を聞きながら、自分の最近のメモをぼんやり眺めた。黒鶴(くろづる)ナギはウォールナットと繋がっている。トライカラーの獣は何者なのか……


 突然、あることに思い当たり彼はクローゼットを漁り始めた。


戌井(いぬい)くん?」

「レインコートがあったはずだ。帽子もほしい。探してくれないか?」

「いいですけど……」


 戌井(いぬい)はガラスの破片に気を付けながらトイレの洗面所に向かった。こちらは壊されておらず、鏡も問題なく使えた。鏡の裏にある戸棚から黒のヘアカラーワックスを取り出すと、手早く髪を染める。前髪を掻き上げながら洗面所を出ると、日和(ひより)が黒いレインコートとキャップを手にしていた。


「雨は降ってませんよ。どうして黒髪に?」

「説明は後だ。君のスマホを借りたい。ちょっと外に出てくる」

「私も行きます」

「危険だ。赤熊隊長が来るまでここにいろ」

「嫌です。理由を説明してください」


 押し問答をしている暇はない。


「仕方ない。玄関まで運ぶから抱えてもいいか?」

「へ? あ、はい、お願いします……」


 少しかがみ込むと日和(ひより)はまるで抵抗なく首に両腕を回してくる。戌井(いぬい)は彼女の背中と足に手を回して軽々と横抱きにした。


 瓦礫に気を配りながら進み、玄関で日和(ひより)を下ろす。2人は靴を履いてマンションの外廊下を進み、エレベーターに乗った。戌井(いぬい)はその中でレインコートを羽織り、フードを被った。


「帽子はそのまま持っててくれ」

「そろそろ理由を説明してほしいのですが……」

「トライカラーの人狼を探しに行く。この近くにいるはずだ」


 エレベーターが1階についた時、日和(ひより)のスマホから赤熊隊長の声が響いた。


『捜索中の隊員は全員、私の車の位置情報に集合しろ。路地裏に入るトライカラーを発見。おそらく着替え中だ。あの地図のおかげだな。戌井(いぬい)くんサンキュー!』


「赤熊隊長の車の位置情報はわかるか?」戌井(いぬい)が訊いた。

「ええ、わかりますけど……」

「急いで教えてくれ。頼む」


 日和(ひより)は戸惑いつつも手を動かしてくれる。預言者とSTは密に連携を取っていて、日和(ひより)ならSTのサーバーにアクセスできる。赤熊隊長の車は戌井(いぬい)のマンション付近、走って1分ほどの場所で止まっていた。こちらへ向かっている途中でトライカラーの隠れそうな場所を探し回り、首尾しゅびよく見つけてしまったようだ。


「よりにもよって赤熊隊長か。走るぞ」

「え、ちょっと戌井(いぬい)くん!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ