表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人狼は静かに暮らしたい  作者: 古月
第1部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/64

第20話 ブラスター登場

 部屋を出て鉄扉(てっぴ)を閉めた。ぶあつい扉なので、こちらの話し声は中に聞こえないだろう。怪我をしている雉真(きじま)のために椅子も持ってきた。雉真(きじま)は椅子に座って、日和(ひより)に電話をかけた。戌井(いぬい)にも聞こえるようスピーカーモードにしてくれる。


「もしもし日和(ひより)さん? 俺、極道に誘拐されてさあ」


 意味がわからなかったのか日和(ひより)は一瞬沈黙した。


「ええっ!? だ、大丈夫なんですか?」

戌井(いぬい)が助けてくれた。悪い奴はみんな拘束して、今、生殺与奪(せいさつよだつ)の権利を戌井(いぬい)が握っている」

「せいさつよだ……? (さつ)はだめですよ? えっと、警察を呼んだ方が……」

「警察じゃ解決できない。相手は極道だからだ」と、戌井(いぬい)が口を出した。「殺すか殺されるかだ」

「今の聞いた? 他の方法で丸く収めないと、戌井(いぬい)が人殺しになっちまう」

「俺が殺るわけじゃない。牛永(うしなが)が――」

「そういうのいいから。それで日和(ひより)さんに頼みがあるんだけど」

「私にできることなら何でもします」

日和(ひより)さん、霊媒師ブラスターと連絡取れる?」

「ブラスターさんですか? 私の尊敬する先輩で、一緒にお仕事することも多いですよ」

「ほんと? 俺達に手を出したらタダでは済まないってことを、極道達に教えてやってほしいんだ。ブラスターさんの言うことなら、奴らも信じると思う」

「確かにブラスターさんなら……少々お待ちください。必ず連絡取りますので!」


 一度電話を切って、2人は待った。しばらくするとチャットアプリに、霊媒師ブラスターを含むグループが作られていた。電話がかかってくる。


「面倒なことに巻き込まれましたねえ」と、機械を通した(いびつ)な音声が聞こえてくる。


 テレビや動画で何度も聞いた、霊媒師ブラスターの声だ。忘れっぽくても、忘れられない声だった。


「ま、サニー君のお友達ということなら人肌脱(ひとはだぬ)いで差し上げましょう」

「ありがとうございます!」雉真(きじま)が言った。

「なんならそっちに直接出向いてあげてもいいですよ?」

「いえ、そこまでは」戌井(いぬい)が言った。「今からそいつらのところに行くので、電話越しに話してください」

「カメラをオンにしていただければ、たっぷり脅してあげますよ。そっちの方がアガりますねえ」


 戌井(いぬい)雉真(きじま)は再び部屋の中に戻った。辰巳(たつみ)牛永(うしなが)木虎(きとら)は大人しく待っていたようだ。その場から少しも動いていない。戌井(いぬい)に余計な刺激を与えれば、事態を悪化させるとわかっているからだ。


 雉真(きじま)がカメラをオンにして、床に転がっている3人にスマホの画面を向けた。そこに映っていたのは、液晶パネルを顔面にくっつけたような、フェイスマスクをした奇妙な男だった。パネルには絵文字のようなニコニコ顔が映し出されている。


 霊媒師ブラスターだ。鼻やおでこのような出っ張りのある部位はパネルの中に収まっており、表情筋の動きを検知して画面に対応する感情のエフェクトを映し出しているようだ。無駄に高度な技術が使われている。


「どうもーーーー、悪党の皆さん! わたくし、霊媒師ブラスターと申します。ご存知だと思いますが念のため」


 パネルの絵文字が、悲しげな表情に変わる。


「極道というのは、まっとうな人間を食い物にする……まるで人狼のような存在。人狼には人権がありませんが、あなた方にはある。それって不公平ですよねえ」


 ブラスターが画面にぐっと近付いた。耳まで裂けるような笑顔がパネルに映し出される。


「でも私にはそんなの関係ありませえええん。あなた方を撃ち殺しても、極道に非があったとみんな信じる。私はお咎めなしです」


 ショットガンをスライドする音が響いた。


「私の友人とその近しい人物に危害を加えた場合、私があなた方に制裁(せいさい)を加えます。よいですね? わかったらお返事!」

「「「は、はい!」」」

「ああ……悪党の恐怖に歪む顔を見るのは実に良いものです。では挨拶代わりの一発を」


 ブラスターは高笑いしながら、なぜかショットガンをぶっ放し、通話がぷつんと切れた。自分のスマホを撃ち抜いたようだ。意味がわからない。


「相変わらずエンターテイナーだなあ」雉真(きじま)が呆れ顔で言う。


 戌井(いぬい)は持っていた拳銃から弾丸(たま)を全て抜き出し、ポケットに入れた。拳銃は指紋を拭いてから床に置いた。


「帰ろう」

 牛永(うしなが)が言った。「お、俺達をこのままにしていくのか?」


 戌井(いぬい)がひと睨みすると、彼は「いや何でもない」と目を逸らした。2人の高校生はビルを出た。


   ☂


「いやあ、ブラスターさんがいて良かった~。あと日和(ひより)さんにも礼を言っておかないとな」


 戌井(いぬい)雉真(きじま)は人気のない路地を大通りに向かって歩いていく。空気は冷たく澄んでいて、おそらく大通りの居酒屋から焼き鳥の香ばしい匂いが漂ってくる。その匂いを辿れば道に迷う心配はなさそうだ。


 戌井(いぬい)は言った。「お前の言うとおり、あれが一番丸く収まるやり方だった」


 証拠を残さず全員を始末することもできたが、殺さずに済むならそれ以上のことはない。霊媒師ブラスターを頼るなんて、戌井(いぬい)なら絶対に思いつかなかった。人狼としては人生で最も関わりたくない男である。


「俺、普段からブラスターさんの動画見てるからさ。あの人、人狼ゲームの実況してるんだぜ。知ってるか?」

「いや」

「今度面白かった回を見せてやる。昼休みの時にでも」


 雉真(きじま)は明日もいつも通りに接してくれる。そう考えると、どこか胸のつかえがおりたような気分になった。しばらく無言で歩いていると、雉真(きじま)がちらちらと何か言いたげにこちらを見てくる。


「言いたいことがあるなら言え」

「お前さ……人殺したことあんの?」

「……」

「堅気は人の親指を靴紐で結ばねえし」

「……」

「あとなんで髪黒く染めてんの?」

「……」

「まあ、いいんだけどさ」

「……いいのか?」


 どう答えようかと思案を巡らせていたのだが、そう言われて拍子抜(ひょうしぬ)けしてしまった。


「正体バレる危険を犯してまで俺を助けに来てくれたんだ。その正体が何であれ。単に警察を呼ぶんじゃなくて、後々のことまでちゃんと考えてさ。超いい奴じゃん」

「お前が出会った中で、一番の悪人かもしれないぞ」

「確かに滲み出ているなあ。犯罪者感が。でも俺にとってはいい奴だ。過去に何があったにせよ、きっと事情があるんだろうし。話したくなったら聞いてやるよ」


 別に話したいとは思わなかった。友人だからといって全てを共有する必要はないし、何一つ相手のことを知らなくても、いい奴だとわかっていれば付き合いは続けられる。余計な葛藤(かっとう)を与えるくらいなら何も話さない方が良いだろう。


 その一方で戌井(いぬい)は、雉真(きじま)に正体を知られることを恐れていた。彼と仲良くなればなるほど、その気持ちは(ふく)らんでいくように思われた。いったい自分の心境に何が起きたのか……。


 極道の車に乗って移動していた時、戌井(いぬい)鰐淵(わにぶち)恭也(きょうや)との思い出に想いを()せた。思い出すことができたのは命の危険に(さら)されたからだ。火事場の馬鹿力のように脳が活性化し、記憶力と集中力が飛躍的に向上する。危険に直面しなければこの効果は得られない。


 戌井(いぬい)鰐淵(わにぶち)恭也(きょうや)のことを忘れたくなかった。すでに顔も声も忘れてしまっている。今となっては彼から教わった殺しの技術、裏社会で生き抜く(すべ)こそが戌井(いぬい)の中に残った唯一の思い出なのだ。静かに暮らしたいと願いつつも、恩人から貰ったスキルを()びつかせたくはなかった。


 だから、たまには厄介事に首を突っ込むのも悪くないと考え始めている。以前の戌井(いぬい)は友人を持つことでまさに今日みたいな状況に巻き込まれることを忌避(きひ)していたが、逆に考えれば、過去の経験を活かす機会に恵まれたと(とら)えることもできる。友人がいるからこそ、スキルが()びないのだ。


 元々、戌井(いぬい)が友人を持つことに積極的になったのは占いのタイムリミットがあったからだ。短期間なら大してリスクにはならないと考えたからだ。ところが長期的に見ても、友人を持つことは戌井(いぬい)にとってかなりメリットがあると気付いてしまった。


 それが彼の心境に変化をもたらした。人狼だとバレなければ、雉真(きじま)日和(ひより)ともっと一緒にいられるのに。


 夜空に目を向けると、ゾッとする色の半月が、(やみ)に開いた一つの目のようにこちらを見つめている。


「逆に俺の正体は気にならねえのか?」


 雉真(きじま)の声に戌井(いぬい)はハッとした。平静を(よそお)いながら聞き返す。


「お前の正体?」

「そ。なんで早く帰りたがるのか、気になるだろ?」

「いや、全く気にならない」

「はーーーーーー()(わる)。もう教えてやらないもんね」


 戌井(いぬい)はふっと少し寂しげな笑みを浮かべた。


「お前が話したくなったら、聞いてやろう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ