第19話 極道を倒せ③
ハゲ頭はすぐに状況を把握した。中に入って、ゆっくりと扉を閉める。ハゲ頭に向かって、戌井が言った。
「お前、名前は?」
「ああん……?」
銃口を辰巳に向けた。
「聞かれたことに答えろ。次はない」
「牛永だ」
「そっちの縦縞スーツは?」
「木虎」
「牛と虎か。よし、牛永。木虎の靴を脱がせて、靴紐を取るんだ」
牛永は「すんません」と謝りつつ木虎の靴を脱がせた。
「靴紐をどうすりゃいい?」
「やったことないのか? 親指同士を結ぶんだ。両手両足ともにな」
「手慣れすぎている。ガキのくせに。いったい何者だ?」
「黙って作業しろ。妙な真似をすれば撃つ。よく見ているぞ。もっときつく結べ。もっとだ。よし、辰巳も同じようにしろ」
辰巳の方は足の小指を負傷しているため、靴を脱がせる時に情けない悲鳴を上げた。しかし牛永は黙って作業し、靴紐で両手両足の親指同士を結んだ。
戌井は白い布を取り出し、拳銃から自分の指紋を拭き取った。それから牛永の横に歩み寄り、白い布で銃身をつかんでグリップの方を差し出す。
「……?」
「受け取れ。俺に向けてもいいが、その瞬間、お前は死ぬ」
牛永には断る理由などなかった。拳銃を持たせると、戌井は彼の手首をつかんで辰巳に銃口が向くようにした。
「撃て」
「なんだと……?」
「辰巳と木虎を撃ち抜けば、お前は生き残れる」
「ふざけんじゃ――」
戌井は相手の手首を強く握りしめた。彼の方が牛永よりも一回り背が高く、威圧感がある。極道でも実際に人を殺したことのある人間は少ない。牛永は戌井の暗い瞳を見て、相手が高校生だということも忘れ、完全に気圧された。
辰巳が死の恐怖を感じて、わめき始める。
「ゆ、許してくれ! あんたのことはよくわかった! もうしないから許してっ! 死にたくない……死にたくないよお」
「チャンスはすでに与えた」
「ぼくが死んだら葵が悲しむぞ!」
「関係ない」
がたりと音がした。雉真が目を覚ましたのだ。牛永はそちらに視線を向けたが、戌井は見なかった。雉真は数十秒ほどたっぷりかけて、状況を把握したようだった。
「戌井……な、なにをしているんだ……? 撃ったりしないよな……?」
「目を閉じていろ。すぐに終わる」
「だめだ! 人殺しになっちまう!」
「撃つのは俺じゃない」
「そういうことじゃねえ」
「こいつらは極道だ。情けをかければ必ず報復される。必ずだ。理屈なんか通じない」
「頼む。人が死ぬところなんて見たくない。なあ、あんた達だって生き残りたいだろ! みんなで丸く収める方法を考えよう」
雉真がガタガタと椅子を動かす。本当に嫌がっているようだ。
戌井には理解できなかった。こんな酷い目に遭わされたというのに、なぜ加害者を庇うようなまねをするのだろう?
だが、雉真の言葉を軽んじるわけにはいかない。彼のことを理解できれば良いのだが。
戌井は人の死に慣れすぎているのだろう。彼は殺した相手の顔をすぐに忘れる。忘れっぽいことにも利点があった。陰鬱な気分を引きずることがないので、殺しに抵抗感がなくなるのだ。まともな精神状態ではないとわかっているが、まともじゃない仕事をこなすにはちょうど良かった。
しかし雉真はそうではない。悪人の死に際しても心の中で受け止めるのに、たぶん何年もかかるのだろう。
でも、それが何だというのか? 辰巳達を生かしたことで、後々のっぴきならない事態に陥る可能性の方が高い。心の傷を負うとか感情的なことを考える以前に、まずは自分の安全を確保するのが先ではないか。雉真は頭が良いから、自分がおかしなことを言っていることに気付いているはずだ。もしかしたら、戌井には想像もできないような考えを持っているのかもしれない。
本人に直接聞くのが早いだろう。
「他に丸く収める方法があるのか?」
「……たぶん」
「考えろ。思いつかないなら、俺のやり方でやる」
「わ、わかった。ちょっと待ってくれ」
雉真はしばらく考えた。
「要は、報復ができないようにすればいいんだろ? 俺達に手を出したくても出せなくなる。そういう状況にすればいいわけだ」
「どうやって?」
「霊媒師ブラスターって、知ってるか?」
牛永の手が震えた。
「お前ら、ブラスターと知り合いなのか?」
「連絡を取れる」と、雉真は言った。「いつもショットガンを持ち歩いている、極道よりやべえやつだ」
戌井ももちろん知っていた。預言者や霊媒師は貴重な役職であるため、身を守るために銃の携行を許可されている。人狼でなくても、明らかに敵対する相手には発砲することもできる。世の中には人間のくせに人狼を信奉する狂信者もいるからだ。日和は未成年なのでちゃちな拳銃しか支給されていないが、実績を積めば火力の高い武器も持てるだろう。
霊媒師ブラスターはショットガンを愛用している。ということは、それだけ活躍しているということだ。人狼に狙われる立場だというのに、メディアにもよく露出している。狂った男としても有名で『殺して霊媒すれば良くないですかあ~?』と言いながら、疑わしい相手を躊躇なく撃ったという噂もある。噂はあくまで噂だが。それでも、彼の異常性を物語っている。
それについては色々と批判を浴びているが、今のところ取り返しのつかないミスはしてないし、ブラスターのおかげで解決した事件は数知れない。その中には反社会的組織を潰したことも含まれている。確かに、霊媒師ブラスターなら抑止力になるだろう。
牛永が震え声で言った。「ブラスターには手を出すなってのが、この業界の暗黙の了解だ」
戌井は牛永から拳銃を奪い取り、足をかけて転ばせた。
「手を後ろに回して、親指を祈るように合わせろ」
牛永の靴を脱がせ、靴紐で両手両足の親指を縛る。全ての荒くれ者達を拘束すると雉真の方に歩いて行き、彼を縛っている縄を解いてやった。
「ブラスターに連絡して、こいつらに声を聞かせてやれ。そうでないと信じられない」
「わかった。手が痛えからちょっと待ってくれ」
「ゆっくりでいい。念のため目を見せろ」
戌井は雉真の顔に手を当て、両目を開かせ、スマホで光を当てた。しこたま殴られたようだが、脳に異常はなさそうだ。懐から止血用の鼻栓を取り出した。指定された場所へ行く前に薬局に寄って色々買っておいたのだ。
「鼻血が出てる。これを鼻に詰めて、小鼻をつまんでいろ。あとウェットティッシュで顔を拭け。その後にこの傷薬を塗るんだ。絆創膏もある」
「うう……配慮が行き届きすぎて怖い……でもありがとう」
雉真はひらひらと手を振った。長く縛られたせいか、手首には紫色の痣ができていた。
「俺のスマホは辰巳が持っている」
戌井が振り返ると、辰巳が「ひっ」と悲鳴を上げた。辰巳の懐を探り、スマホ2台と財布を取り出した。
「お前のは、緑のカバーが付いてる方だったか」
「覚えていてくれたか」
「眼鏡はどうした?」
「あー……殴られた時に割れちまった」
「ふむ、財布の中に5万円くらい入っている。これで修理してもらえ」
「助けてくれてありがとな」
「礼なんか言うな」
「お前と友達で良かったわ」
戌井は、少し意外そうな顔をした。
「友達でなければ、巻き込まれずに済んだのに?」
「お前のせいじゃねえよ。悪いのはこいつらだ。気にしなくていいからな」
「それならどうして庇うんだ?」
「人の死に関わりたくないだけだ。そのためにできるだけのことをする。それが堅気ってもんだ」
「なるほど」
雉真が手招きをしてきたので、戌井は顔を近付けた。雉真がささやき声で言う。
「ブラスターと知り合いなのは日和さんだ。そう聞いたわけじゃねえけど、彼女は預言者だから連絡先を知っていてもおかしくない」
戌井は眉間にシワを寄せた。
「連絡を取れるって、憶測で言ってたのか?」
「大丈夫だって。まずは彼女に電話してみる」
「ならこの部屋を出て、外で話そう」




